夢の国
・・・・・・・。
「昼間からお前を付け回した後、どこかに消えていたんだ。」
和彦は、息を整えながら、そう俺に告げていた。
昼間の視線は和美だったのか・・・。
しかし、何というストーキング。
もはや一流のストーカーと認定した。
しかし、そんなことを言っている場合じゃなかった。
俺をストーキングしていたとすると、その目的は俺の目的を先回りしておくこと。
いつもそうだった。
俺が何かしようとすると、必ずその先を行く。
誠と仲良くなったときだって、すでに和美は誠と仲が良くなっていたっけ・・・。
「・・・・・・。ドリームランドだ。たぶんそこにいる。」
俺は皆にそう告げて走り出していた。
「オヤジ、バイク借りるからな。」
自分のリュックを背負い、返事を待たずにキーをとり、バイクにまたがってエンジンをふかす。
何かが背後に飛び乗るも、お構いなしに走り出した。
「道おぼえてるのか?」
後ろで尋ねる声に、俺は振り向くことなく答えていた。
「大丈夫だ、和彦。」
俺は勝手知ったる山道を、アクセル全開で飛ばし続けた。
こんな時間に車など来るはずもない山道。
一応舗装されているが、うっそうとした森を走っている気分だった。
そして、俺たちは、その場所にたどり着いていた。
あたりは暗く、静かだった。
虫の声も、木々のざわめきもない。
静寂だけが、この世界を形作っていた。
「行こうか。」
そう宣言しなければ、前に進めないほどの重圧を前から感じていた。
「おまえ、用意がいいな。」
和彦が感心したように俺の手際を見ていた。
「もともと来る予定だったから、それなりのものはこのリュックに入れてある。」
フェンスをのぼり、有刺鉄線をメタルカッターで切り、人が通れる隙間をこじ開けた。
月明かりが、周囲を照らし始めていた。
「あっちから行った方がよくないか?」
和彦が指し示す方向には、フェンスが破られた跡があった。
そう言えば、先に和美が来ているんだった。
俺は、その事実を知りながら、自分の用意したことにのみ執着していた。
穴があったら入りたいとはこのことだった。
咳払いをして、和彦に告げる。
「よし、和美の通った道で行こう。」
ライトで足元を照らしながら、真新しい足跡を探していく。
俺の感が正しければ、おそらくドリームキャッスルに向かっているはずだ。
その方向をさがし、足跡を探す。
和美以外の足跡が残っている。
恐らくは誠のものだろう。
俺はそう決めつけていた。
「こっちだ。こっちに続いている。」
小さな足跡を見つけ、ドームキャッスルに向かっているのを確認して、俺は和彦に告げていた。
「和美の足跡にしては小さいような気がするが・・・・。」
和彦はその足跡を見て、疑問を持っていたが、そもそも和美の足のサイズを知ら無いようだった。
もちろん俺も知らない。
というか俺は和美のこと何にも知らなかった。
ここにきて、ますますひどくなる頭痛に、俺は文句を言いた気分と、何も考えたくない気分にさいなまれていた。
だんだんイライラしていく自分がわかっていた。
「なあ、明。あっちの方にも足跡が伸びてるぜ。」
和彦の示す方にはメリーゴーラウンドがあった。
「よし、じゃあ、二手に分かれようか。俺は、このライターでいく。和彦はこのライトで。和美を見つけたら、大声で叫んでくれ。」
和彦にライトをわたし、俺はそのまま歩こうとしていた。
「おい、明かりはいいのか?」
和彦が当然の疑問を投げかけていた。
「城にはあれがあるだろ。」
俺はそう言って片目をつぶって見せていた。
「ああ。そうだった、思い出したよ。よく覚えていたな。」
和彦が感嘆の声を上げていた。
ドリームキャッスルの外壁にはたいまつがあった。油のありかも知っている。
開園したとき何も乗れなくて、さんざん探検した場所だから、知り尽くしているつもりだった。
しかし、どうしても開けられない扉があった。
それが、拷問部屋と呼ばれている場所の奥だ。
拷問部屋。
何のことはない。ただの機械室。
時折錆びた金属音が悲鳴に聞こえるからそう名付けた俺たちの秘密基地だった。
その奥に厳重に鍵がかけられた場所があった。
そこに違いない。
俺はそう思い、外壁のたいまつを回収し、外壁の隠し扉の中にある油をしみこませ、火をつけていた。
「よし、入ろう。」
自分にそう言い聞かせて、城の中に入って行く。
10年前は大きな城だと感じていたが、今はそう感じなかった。
所詮、安普請の城のようだった。
「これ、絶対1億も使ってないな。」
壁はベニヤ。
地上2階、地下1階の構造。部屋には特に装飾もない、ペンキだけの部屋。
そんなものを見ながら、地下の機械室を目指す。
階段には埃がたまっていたが、人が降りた形跡があった。
目指す部屋の扉を前にして、ますますひどくなる頭痛をこらえて、中の様子に聞き耳を立てる。
「これ、じゃまだったな・・・。」
たいまつを廊下の松明入れに差し込み、勢いをつけて部屋になだれ込んだ。
「和美!」
ライターの明かりだけで、周囲を照らす。
そこには何もなかった。
「ちっ」
期待外れに、思わず舌打ちをしてしまった。
頭痛はますますひどくなり、意識を保つのもやっとだった。
何もないと思っていたが、以前は厳重だった奥の扉の鍵が開いていた。
慌ててそこに駆け寄り、扉を開く。
想像してない光景が、その場所には広がっていた。
ただの資料の山。
無造作に積み上げられた、その山に、横たえられた人の足があった。
「和美!」
そこに駆け寄り、俺はその目を疑った。
それは、きれいに埋葬された姿の誠だった。
しかし、本来組んでいるべきその手はなぜかなかった。
「まこと・・・?」
俺はその時誠のメールを思い出していた。
そして、その人物を確認するために、顔をあげた。
「塔子さん?」
その名を知っていても、目の前の人物は自分の知る人ではなかった。
その人は明るく、誰にでも優しい人だった。
俺がけがをした時も、優しく介抱してくれた。
俺が熱を出したときも、優しく介抱してくれた。
誠と二人でいたずらした時も、俺たちのことを守ってくれた。
何よりも、俺を認めてくれていた。
美人で、優しく。そして賢いと評判の誠の母親。
それが、俺の知る塔子さんだ。
しかし、今目の前にいるのは、白髪で、歯がかけ、涎を少したらしながら、不気味に笑う老婆だった。
ライターの炎の揺らぎで、その表情はなお一層不気味に見えた。
顔には痛々しい傷がついている。
何がこの人をこうまで変えた?
「塔子さんですよね?僕です。明です。」
改めて聞いてみた。
「明・・?」
不気味に笑うその姿は、いままで俺を見ていなかったかのようだった。
俺の名前に反応して、ようやくその焦点を俺に向けていた。
「明・・・、あの子、誠をあきらめた子。偽りの誠と私をだまし続けた子。」
いきなり包丁で襲い掛かってきた。
奇声をあげ、もはや正気を保っていない目で、俺を刺し殺そうとしていた。
やばい。
本能的にそれを避けるように意識が向いたが、資料の紙に足元を取られていた。
よろける手は、何かをつかもうとして、何かをつかんでいた。
それが何かわからないが、それを思いっきり手繰り寄せた。
その時、資料の山が崩れ落ち、俺と塔子さんの間を分けていた。
体勢を整えた俺は、俺がつかんだものを見て愕然とした。
それは、誠の手だった。
誠の体から切り離された手を、俺は握りしめていた。
「塔子さん」
俺は思わず、その存在を見失っていた。
誠の手をそっと地面におろし、周囲の気配を探ってみた。
包丁を持って、俺を狙う存在。
その姿を必死に探していた。
息を殺し、気配を探る。
冷たい汗が、背中を伝っていた。
自分の心臓の鼓動がやけに耳についていた。
暗闇の中、息を殺して周囲をうかがう。
ふと足元に何かがふれるかすかな感覚がした。
意を決して、ライターの火をつけた。
突如開けたその視界の端に血のように赤いシミがある資料が目に留まった。
ゆっくりとその場に近づいて、そのシミの先をたどって行く。
そこには、目を見開いて、横たわる塔子さんの物言わぬ体があった。
自分の包丁で、自分の胸をしっかりと刺しているその柄には、しっかりと握る大きな手があった。
「大丈夫か?」
後ろから和彦の声が聞こえてきた。
そして、俺の見ているものを見ていた。
「おい、あれ・・・・。」
和彦の言いたいことはわかっていた。
「ああ、言わなくていいよ。俺は、この両手に助けられた。ありがとう。誠。」
俺は誠の亡骸に、しゃがんで手を合わせていた。
「その様子だと、和美は無事だったんだな。よかったよ、和美。おれ、心配したんだからな。」
俺は、和彦の背中で見えない和美に俺はそう声かけていた。
「笑うよな。姉貴の奴、メリーゴーラウンドで気絶してたんだぜ。しかも、馬車のなか。お姫様かっての。」
そう言って豪快に笑う和彦は、この場の雰囲気を吹き飛ばしてくれているようだった。
「いや、たぶん・・・・。いや、なんでもない。」
言いかけて、やめた。
たぶん望んでいない気がした。
けれども俺は、誠の遺体に、もう一度感謝を告げていた。
「さあ、帰ろう。誠はもうここにはいないと思う。」
そう言って、俺はこの場所を去るように告げていた。
和彦のライトが足元を照らす。
廊下に置いた松明は、いつの間にか消えていた。
ドリームキャッスルを後にして、和彦と別れたところに来た瞬間、メリーゴーラウンドに光がともっていた。
青白い炎を2つ浮かび上がらせたそれは、中の炎と相まって、幻想的な世界を作り出していた。
やがて、2つの炎はその中に吸い込まれると、一緒になって回り始めていた。
「そうか、誠。塔子さんのそばにいるのか。最後まで、母親思いだな。」
一つの炎が揺らいでいた。
まるで俺のつぶやきにこたえるように思えていた。
あれほどまでに続いていた頭痛は、いつのまにか止まっていた。
「さあ帰ろう。」
いつまでもまわり続けるメリーゴーラウンドを背にして、俺は改めて宣言した。
「ところで和彦、マラソン得意だっけ?」
隣でクスクスと笑う和美と、何を言っているのかわからない様子の和彦を見て、俺は思わず笑っていた。
ホラー要素すこし・・・。




