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終末のヴェロシティ  作者: 三崎 剛史
8/22

alternative romance

 新宿駅、東南口の近く、ガード下でうずくまる彼女、つまりは伊吹未来だ。

 路肩にはビールとホッピーと焼酎と、あとは……何がなんだかわからない、かつては食物であったであろう物体が、ディスポーザーにかけられたような汚物として撒き散らされている。つまりは、そう。彼女の嘔吐物だ。

 「おい! とにかくこれでも飲め!」俺は彼女の肩をミネラルウォーターのボトルで、トントンと叩いた。

 「うん……、ありがと、……うっ!」そして、彼女は新たな汚物をぶちまける。

 「はあ……」俺はウンザリしながら、彼女がすべて吐き出すのを待ってやった。 

 タクシーを捕まえるのに成功したのはそれから四十五分後だった。

 彼女の自転車を運ぶ必要があったので、ワンボックスタイプのタクシーを使えるのに手間取った。

 自転車をハッチバックに押し込み、伊吹を後部座席に押し込む。

 『アダチサマ、ゴジタク、ナカノ、ケイユノ、イブキサマ、ゴジタク、コクブンジシ、デ、ヨロシイデスカ?』ドライバーロボットが尋ねてきた。

 国分寺市? 伊吹はそんな遠くから自転車で通学しているのか?

 「国分寺までだと、いくらだ?」俺はドライバーロボットに尋ねた。

 『シツレイデスガ、オフタリノ、ショジキン。アワセテモ、タリナイヨウデス』

 くそ! なんでこいつはそんな遠くから!

 「……いいよ。透……、私、帰れるから……」焦点の定まらない目で、彼女はそう言った。

 「帰れるわけねーだろ! バカ! いいよ。俺の自宅だ!」

 『ショウチシマシタ。シートベルトヲ、ゴチャクヨウクダサイ』

 東中野の俺のアパートの前まで来ると、意外にも伊吹は正気を取り戻していた。

 軋む階段を上り、扉の前で一応聞いてみる。

 「……別に、変な企みはないから……。今日は泊まっていけよ」

 「……うん。ごめんね……」

 彼女は呟いた。

 「何にも出せないけど……、まあ、どうぞ」

 なんてギクシャクとした台詞だろう。

 俺は彼女を自室に招き入れた。

 何故か、先ほどまでと打って変わって、彼女の足取りはしっかりしている。

 そして、俺の自慢のショーケースをまじまじと見ている。

 「……やっぱり。軍事オタクなんだ……」

 「うるせー! 古典的サブカルオタクに言われたくない」

 ショーケースに飾られてあるのは、旧旧ドイツ軍の戦車レオパルト1のプラモデルだ。51ミリ主砲を搭載した、俺がもっとも好きな戦車。

 「男って、どうしてこういうのが好きなのかしら?」

 男とは、俺の他に誰のことを言っているのだろう? ああ、あの男か……。

 「アザラシみたいな元彼の先輩は、何が好きだったんだ?」お互い酔っ払っているのだから、デリカシーなど無用だろう。

 「ロコモーティブ……」

 「ん? なんだ、それ?」

 「蒸気機関車よ。薪燃料を燃やして突き進む様が、男としてはロマンなんですって……」

 「なあ……」さすがの俺ですら、この質問は躊躇った。条件設定がアルコールのせいで曖昧ファジーになっているのだろう。いや、単純にデリカシーの問題か。「あの先輩とは、……ヤッたのか?」

 彼女は不機嫌になるだろう。それはシュミレーション・プログラムがなくたってわかる。

 どんな罵詈雑言を浴びせられるのだろう。その覚悟はあった。

 しかし、彼女の言葉は意外なものだった。

 「……あんたは、私とヤリたいと思う?」

 やはり。腐れ縁だ。そういう事にだけはなりたくなかったのに。

 「それが、本物の愛と言えるか?」

 「さあ……、でもそれがわからないから、私達は苦しんでいる」

 「それが証明になるか?」

 「あなたは経験したことがあるの? 本物の愛を……」

 「ない」それははっきりとした、確かな意志を伝えた。

 「じゃあ、実験をしなきゃ……」彼女はその身体を俺にもたらせた。

 「……俺は、お前が嫌いだ」そう言いながら、彼女の髪から発せられる甘い香に、気が遠くなった。

 「知ってるよ」彼女はそう言った。

 俺と彼女は、何故かこうして抱き合っている。

 なんだこれは? まるで”極めて原始的な恋愛のはじまり”ではないか?

 AIとか、代理人格ミラー・アイディに縛れることなく、”本物の愛”を証明しよう! それが、

 それが……、

 俺たちならできる。

 きっとできる……。

 だけど……。

 「もう寝ろよ。あと三ヶ月しかない」俺は言った。

 「後悔しない?」悪魔の笑みをたたえ彼女が言った。

 「しないよ。俺とお前の間にあるのは、信頼だけだ。”愛”ではない」

 「信頼なんて、同じくらい曖昧ファジーじゃない?」

 「いや。郷田教授もよく言うんだ。”信頼は時にちゃんと言葉にしなきゃ。”ってね」

 「じゃあ。その言葉を頂戴」

 その、伊吹の仕草に、俺の心はギュウっと、音を立てて絞られるような気がした。

 「俺は、お前が嫌いだ」……だが、そう言ってやった。

 「知ってる……」

 その酒臭い言葉は俺の唇のすぐ手前、約一センチのところで発せられた。

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