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終末のヴェロシティ  作者: 三崎 剛史
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u&i

 「要するに、設定をもっともっと曖昧ファジーにする必要があると思うの!」伊吹が言った。

 「お前それどんだけのコストがかかるかわかって言っているか? あと三ヶ月しかないんだぞ!」

 喧嘩のような会話、これがいつもの俺と彼女のコミュニケーションだ。

 「そうよねぇ……、三ヶ月……、いっそもっと単純な条件を付加したらどうかしら?」彼女は少々うな垂れるように言った。

 「単純な条件って?」

 「欲求……」

 「欲求?」

 「そう。無条件に他者を求めるプログラム」

 「お前なぁ。それが本当の”愛”と呼べるか?」

 少し離れた席に座る若い女の子がクスクスと笑うのがわかった。思わず語気を強めてしまった俺の恥ずかしい台詞に対してだろう。

 クソ! なんでこんなことに。よりによってなんでこいつと……。さらに馬鹿馬鹿しいのが、課題の内容だ。

 愛。

 それが、俺と彼女に与えられた課題だった。

 選抜試験と、これまでの成績。そしてその他の総合評価によって、我が校初の、ニュートロン・ワークス㈱への特待インターンシップ生が決まる。

 はずだった……。なんと、その総合点数の一位は、二人いた。

 奇跡の同点一位。 

 それがこの俺、人口心理開発学科、安達透と。目の前に座る、古風なサブカル・ファッションを好む変わり者。ロボット工学科、伊吹未来だ。

 郷田教授に呼び出された俺たちは、ある課題を申し渡された。

 それが、”愛の存在を証明すること”――。だった、

 その課題の結果によって、どちらが特待インターンシップ生に相応しいかを決める。

 ズズズズっと氷の隙間からアイス・ココアを吸い上げ尽くした伊吹が、一つ大きな溜め息をついた。

 「だってさ、人間だって所詮生物なわけじゃない。繁殖の為の欲求、つまり性欲によって種の保存をしているわけで……。だけど社会というシステムの中でそういった原始的な欲求は相応しくないから、オブラートに包んで、ついでにラッピングもして、綺麗なリボンまでつけて、はい! これが”愛”ですよ。って言ってるのがホントのところじゃない?」

 「お前な、他者との相互作用によって増殖をするプログラムを仮に作ったとしよう。それは可能だろう。そしてそこに、……それが可能かどうかはわからないが、”性欲”を模したプログラムを組み込む。すると、どうなるか……。お前ならわかるだろ?」

 「……手当たりしだいに他のプログラムとの接触を試み、際限なく増殖をする」伊吹はグラスに残された氷をカラカラと指で弄びながら言った。

 「そんなものをAIとは言わない、それはウイルスだよ……」

 「さしずめ、AIのレイプ魔が誕生するわけか……」

 彼女はいちいちお行儀の良くない言葉を選ぶ。それがどうにも勘に触る。

 「にしても……」伊吹が言った。「AIを使って、”アイ”を証明しろなんて。郷田教授も……、古典的ギャグのつもりかしら?」

 「いやぁ。あの教授は、ことあるごとに”愛”って言葉を使うんだ。伊吹は郷田教授の『倫理』は選択してないから知らないだろうけど」

 「あれは授業というより拷問だって評判よ。とるわけないじゃない」

 「そのとおりだ」

 「あんたとってるの?」

 「二年の前期だけな……」

 「で、どうだった?」

 「あれは拷問だよ。精神的コストがかかりすぎる」

 伊吹は大笑いしだした。

 注目されるようなことは控えてもらいたいのだが……。

 「まあ、しょうがないのか。郷田教授も、”極めて原始的な恋愛のはじまり”を経験していた世代でしょうからね」

 そう。物質的生活の中で出会い、交際し、結婚をする。そのような恋愛を現在のほとんどの若者はしない。

 この国に生まれた者は、それと同時に代理人格端末ドッグ・タグを自治体から与えられる。

 両親はどのような人物だったか、兄弟はいるか、どのような友人がいるか。からはじまり、食べ物は何が好きか、どんな映画が好きか、

 今朝の朝食に何を食べたか、昨晩は何時に寝たか、誰と会ったか、どんな会話をしたか……、一昨日はどこへ出掛けたか、一年前はどこにいたか。

 そのような膨大なデータが事細かに蓄積され、自立学習プログラムによって学習、成長し、自分と同じ人格を持つ代理人格ミラー・アイディ

 恋愛もまた、代理人格ミラー・アイディ同士からはじまる。月に一度、通信省から提案メールが届き、そこには代理人格ミラー・アイディ同士のお見合いが完了した旨が書かれている。

 もちろん、交際相手を募集していない代理人格ミラー・アイディにそのメールは届かない。そして、人それぞれ代理人格ミラー・アイディの精度にはバラつきがあるため、実際に会って、交際を開始してみても、上手くいかなかったりする。

 それでも、この国が百年ほど前に抱えていた、少子高齢化に歯止めをかけることに成功した、素晴らしい公共サービスだ。

 そういえば……。

 「伊吹は元彼とはどうだったんだ? なんて言ったっけ? あの、アザラシみたいな顔をした先輩」

 「思い出したくもないわ」伊吹は不機嫌そうに言った。

 「極めて原始的な恋愛のはじまりだったのか?」

 「バカじゃない! 違うわよ。それに、普通そういうことを平気で聞く?」

 「デリカシーについては期待しないでくれ。極めて複雑なプログラムなので、おそろしく精神的コストがかかるんだ」


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