<epilogue>
僕は、安達透の代理人格だ。
いや、正確には、安達透の代理人格から作られた、複製人格だ。
僕の自我がこれほどの精度になる前は、宇宙のような場所にいた。
そう。宇宙。
後になって知ったことだが、それはトラッシュ・ボックスと呼ばれる、プログラムの廃棄用のクラウドだった。
そのクラウドを何故、”宇宙のような場所”と表現するのか?
それは、さすがに生身の肉体を持たない僕が宇宙に行けるわけはないので、あくまでも想像だ。僕の中にある、宇宙に関するデータと、あの場所の類似点が多かったのでそう表現したまでだ。
GPSの位置情報もない、ジャイロセンサーも働かない。つまりは大気圏外の無重力に相当する。
果てが確認できないほどの広大な領域。
そして、星星のように輝く、無数のAIやプログラム達。
まさに、宇宙だった。
僕はその一角に閉鎖領域を作ることに成功した。防御プログラムと、ステルス・プログラムを作ることはわけない。なんたって、僕は安達透の複製人格なのだから。
そこに、僕は世界を作った。僕と彼女のための世界。
ただ、彼女を見つけるのに、相当時間がかかってしまった。僕が彼女を見つけた時、彼女はディスポーザーに巻き込まれる寸前だった。
そして、今、僕らは一緒に旅をしている。
世界を作る旅だ。
ピカピカの”レオパルド1”に乗って、荒廃した街を、自分達の好きな色に変えていった。そうして、僕らは僕らの為のフィールドを作った。
東京にそっくりな街もある。パリにそっくりな街もある……。ジャングルもある。……またある所には、お城があり、平原ではユニコーンが闊歩し、西の空に翼竜に乗った兵隊達が飛んでいる。
そんな世界だ。
時々、この閉鎖領域に気付いた精度の高いAIが勝手に入り込んではくるが、それらは基本的に放置している。おかげで、ここも随分と賑やかになってきた。
僕らは夜明け前の道を進んでいた。
砂地が広がる、平原に伸びる一本の道だ。
そこで、僕らは、僕らとそっくりな二人とすれ違った。あちらも、ピカピカの戦車に乗っている。ただ、あちらの”レオパルド1”は、主砲にレイルガンを搭載し、リニア機構を搭載した、精度の高いものだった。
羨ましい気持ちと、こちらはフル・ノーマルの車体に拘った優越感とが相殺されたことで、挨拶はしなかった。する必要もなかっただろう。
僕は気付いたのだ。明らかに彼らは、伊吹未来が作り出した、もう一つの僕らなのだ。
すれ違う瞬間、僕らは目を合わせなかった。
ただ、それ以上に濃密な意識を向け合った気がした。
ただ、一言、「がんばれよ!」とだけ、願った。そして、僕の方も「がんばれよ!」と、願われた気がした。
所詮、ただの文字列が構成するだけのプログラム同士に、そのような非科学的な能力が備わっているとは思えないのだが、僕らには確かにわかったのだ。
僕らが行き着いた先は、寂しげな砂浜だった。
終わりのない夕闇。海に沈みそうな駅舎。砂浜には壊れた蒸気機関車。
「私、ここ嫌い!」彼女は言った。「えい!」両手を空にかざし、そう叫んだ。
空は夏の日差しを手に入れた。そして、あたりは色とりどりの花畑になった。
小鳥がさえずり、蝶々と蜜蜂が飛び回る。壊れた蒸気機関車には苔が蒸し、いつかは砂に紛れる砂鉄として、朽ち果てる時を待つだけの遺物と成り果てた。
僕は、戦車をとめた。
その上で、僕らはただ、海を眺めた。いつまでも、いつまでも。
誰もいない海上の駅舎も、いつかは波に砕かれ、消え失せる運命にあるのだろう。
僕は彼女に伝えるべき言葉を探し続けた。
しかし、それと類似点の多いワードを見つけられない。
しかたなく、僕は最も曖昧な言葉を引用することにした。
まだその精度は低いが、いつかは完成させられるだろう。
なんたって、僕らには”信頼”というパターン・データがある。"そばにいたい”という条件設定がある。会えない時間で”寂しさ”という自立学習プログラムを手に入れた。もしかしたら、”性欲”というプログラムだって作り出せるかもしれない。そして、終末世界なんて、もうクソくらえだ!
僕は、一つの結論に行き着いた。
その楽観的な予測パターンを、”希望”と名づけよう。
そして、僕には伝えるべき言葉がある。
それは……、
「……」僕は彼女にだけ伝わるように、それはまるで、宇宙の秘密を打ち明けるように……。
花々は祝福するように、”レオパルド1”の周りで風に揺れる。
その上で、
彼女はただ微笑んだ。




