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終末のヴェロシティ  作者: 三崎 剛史
2/22

chill dog in tokyo

 午前八時十一分。総武・中央線のリニア特快はいつもの混雑。

 車両に設置されたエアコンからは消臭用ナノ・マシンが散布されているはずだが、隣にべったりと張り付くように立つおっさんのワイシャツからは不快な汗の臭いがする。このオッサンのワキガはナノ・マシンの性能を遥かに凌駕しているらしい……。

 また右前に立つオバサンは老眼用VRで、古臭い恋愛ゲームを楽しんでいるようだ。アニメーションのイケメンがいっぱい出てくるヤツだ。それも金色や赤色、挙句の果てには青色の髪の色をしたキャラクター達……、まったく! その学園の校則はどうなっているんだ?

 ドア付近に溜まっている女子高生達から突然、「きゃはははは!」と笑い声が上がった。迷惑な、笑い声もSNS上だけで表してくれればいいものを。

 そんな状況にうんざりしながら、窓に映るホログラムを見ると、そこにはニュートロン・ワークス㈱の横領事件を伝えるニュースが流れていた。……確か、ある下請けのエンジニアがある役員の複製人格ドッペルゲンガーを作ることで、マネーを引き出したという事件だ。しかし、解読できた暗証番号は役員報酬のものではなく、その役員が使える年間の公共交通機関の費用だけだったらしい。それでも四十万円近くは引き出せたらしいが……。

 なんにしても、犯人はド素人だったわけだ。きっと、俺ならもっとうまくやれるのに……。

 そんな少々物騒なことを考えていると、 『まもなく、新宿、新宿です――』車内アナウンスが流れる。

 首にかけた代理人格端末ドッグ・タグを見る。メッセージが来ている。

 ”ごめん。十分ほど遅れますー。”

 待ち合わせの相手からだ。……いや、正確には、その人物の代理人格ミラー・アイディからだ……。

 代理人格端末ドッグ・タグをタッチすると、俺の代理人格ミラー・アイディが返信用メッセージを作成してくれた。

 ”了解。ラウンジで待ってます。”

 もう一度タッチすると送信を完了してくれた。


 うんざりするような満員電車から吐き出され、人混みに流され、代々木駅から歩くこと十分。五月の日差しに曝されながら、頬をつたう汗をシャツの袖で拭った。

 安物のナノ・マシン配合の柔軟剤を使っているせいだろうか、少々頬がヒリヒリするような気がした。

 念のため、自分の体臭をチェックする。これから会うのは……、一応は、そう……。面倒なことだが、デリカシーを必要とされる相手だからだ。

 新首都大学AI工学部――。

 門を抜け、中庭に面したラウンジに向かう。

 午前中、この場所はまだ学生の姿は少ない。

 それでも、ちらほらといる学生達は、俺の姿を見止めると、なんだか居心地の悪い視線を投げかけてくる。

 それはそうだ、俺は先週の告知で一躍、学内の”時の人”になってしまった。

 ニュートロン・ワークス㈱、特待インターンシップ生は、以下の者とする――。安達透あだちとおる

 俺の名前だった。俺は思った、当然の結果。だと……。

 しかし、たった一人しか選ばれないはずの特待インターン。なぜか俺の名前の隣にはもう一つの名前があった。

 それが、今、俺を待たせている人物、……忌々しい名前だ……。腐れ縁にもほどがある。

 その腐れ縁が到着するのにまだ十五分ほどある。俺はベンダーマシンの前まで来ると、そこに代理人格端末ドッグ・タグをかざした。

 『オハヨウゴザイマス。アダチトオルサン。オノミモノハ、アイスコーヒーノ、サトウナシ、ミルクスクナメデ、ヨロシイデスカ?』合成音声がオーダーを確認する。

 「それでいいよ……」

 『ゴイッショニ、ホットドッグカ、サンドイッチナドハ、イカガデスカ?』

 面倒くさいものだ。俺の代理人格端末ドッグ・タグは、俺が朝飯を抜いてきたことを知っている。食べる時間が無かったとか思っているのか? 節約のために食わなかったんだよ! そう心の中だけで毒づいて。

 「いらない」と告げた。

 窓の方を向ける席につくと、俺はレイバン製のVRアイウェアをかけた。

 ニュースのエンタメコーナーがはじまっていた。

 伝説的なロックバンドの複製人格ドッペルゲンガーを使った新譜の販売がはじまったことを伝えていた。どうやら百年以上前に死んでしまったリバプール出身の四人の若者は、レコード会社のサーバーの中で生かされ続けているらしい……。

 チャンネルを替えると、東京と北九州を繋ぐ、超高速リニアの開発がはじまったことを伝えていた。一時は計画の続行が危ぶまれたが、JRは、四十億円を投資し安全制御の問題をニュートロン・ワークス㈱と共同開発したAIをリニアの主機とすることで解決した。しかし、リニアのレールを新たに建造する工事に住民の反対運動が起こっており、新たに予算を組みなおしているとのことだ……。

 VRアイウェアを外すと、ちょうど窓の外に悪趣味な自転車が走ってくるのが見えた。

 カーボン製の太いフレーム、色は赤。そこに、なんだかわけのわからないステッカーをべたべたと貼っている。

 アシスト機能も、制御AIも搭載されていない。ビンテージ品だとか……。

 彼女はラウンジの外の楓の木にそれを立てかけると、こちらに向かって急ぎ足で来る。

 「ごめーん! おまたせ!」ガラス戸を開けながら、相変わらずの大声で詫びる。ただでさえ今注目の学生二人なのだから、これ以上目立つようなことは控えて貰いたいものだ。

 金髪で、毛先だけをピンクに染めたショートヘア、唇と舌がデザインされたティーシャツとダメージジーンズ。そして、大きなメッセンジャーバッグを背負っている。

 そう、彼女こそ、待ち合わせの相手、俺の”腐れ縁”……。そして、もう一人の特待インターンシップ候補生。

 ロボット工学科、二年。伊吹未来いぶきみらいだ。

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