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終末のヴェロシティ  作者: 三崎 剛史
18/22

native romance

 会議室には、郷田教授だけでなく、他の学部の教授達も席についていた。

 ”ニュートロン・ワークス㈱、特待インターンシップ生選考委員会”。その議場に、俺と伊吹は呼び出されていた。

 課題提出から、ちょうど三日後のことだ。

 どちらかが、特待インターンシップ生に決まったのだろうか? まあ、もうそんなのはどうでもいいのだが。

 「では、調査委員会による当該学生二名への聴取をはじめます!」端に座る準教授が声を上げた。

 調査委員会? 選考委員会の間違いではないのか?

 嫌な予感がした。伊吹を見ると、伊吹も息を飲んだところだった。

 「まずは、学部長、郷田教授、お願い致します」

 「ふむ……」郷田教授はそう言って、VRアイウェアを外した。「まず、二人に言いたいことは、ご苦労であった。ということだ。二人の作業量を見れば、この課題にかけた情熱。それは痛いほどに察することができる」

 「ありがとうございます」二人同時に頭を下げた。

 「しかし……」郷田教授は白い髭をさすりながら言った。「課題へのアプローチ……、これだけは気に入らん!」語気を強めた。

 「なぜ……ですか?」俺は聞いた。

 「この方法はいささか、”悪趣味”だとは思わんかね?」

 悪趣味? 理解ができなかった。伊吹の方を見ると、やはり彼女もこちらを見ていた。

 「わからんか……。二つのAIを、一つの閉鎖領域フィールドに閉じ込め、その相互作用を観察するなど、悪趣味にも程がある!」

 教授の怒鳴り声に、二人は息をのんだ。

 「でも、……でも、動物実験ならいざ知らず。これは、あくまでAIなんですよ?!」伊吹が言った。

 「よいか。AIとは命だ。このまま技術が進めば、AIは遠くない未来に、感情を手に入れることさえ出来る。しかし、そうなった時、我々は単なる技術屋ではないのだ。そう。我々は”聖職者”でなくてはいかんのだ」

 「聖職者?」俺は言った。

 「君らには、聖職者になる資格はない。あまつさえ、自分達の生み出したAIを何度も、何度も自滅させ、それを気に病むこともなく、何度も何度も実験を繰り返した。……人間で例えるなら、何千年という時間を、ただただ悲劇を繰り返すだけを二つの生命に強いたのだ。これを悪趣味とは言わず何と言う?」

 AIが生命? 技術屋ではなく聖職者? 

 あまりに突飛過ぎるのではないか?

 何を言っているのだ、この郷田教授という人は。

 「二人とも、VRをかけなさい」

 郷田教授は手元のキーボードを操作した。俺達は素直にVRを取り出した。俺はレイバン製のもの、伊吹はオークリーの赤いフレームのやつだ……。

 「君らの作った世界だよ」そう言って、郷田教授はEnterキーを叩いた。

 

 そこにあるのは荒涼とした世界だった。

 朽ちた街、終わりのない夕闇、そして、足元には錆びたレール、目の前に広がる海、海に浮かぶ小さな駅舎。

 駅舎には、彼女がいた。

 そう、彼女とは、俺の”腐れ縁”、俺の待ち合わせの相手。そして、もう一人の特待インターンシップ候補生。

 ロボット工学科、二年。伊吹未来いぶきみらいだ。

 彼女もこちらを不安そうに見ている。

 突然、俺の背後で汽笛が鳴った。

 俺は振り返る。

 忌々しい黒い煙を吐き出しながら、蒸気機関車ロコモーティブが迫ってくる。俺にはわかった。アレによって、伊吹がどこか遠くへ連れ去られてしまうことを。

 「伊吹!」俺は海に向かって駆け出した。

 波打ち際に俺の足がつかる。

 すると、水に濡れた俺の足が光り出した。そして、そこからバラバラと意味の無い文字列が霧散してゆく。

 「っ! ディスポーザー・プログラム?!」

 そう、海だと見えていたものはディスポーザーだった。このままでは、俺の代理人格ミラー・アイディは粉々に噛み砕かれる。

 「透!」彼女は叫んだ。

 すると、汽笛がもう一度。今度はすぐ背後から聞こえた。

 「くそ!」構わず俺は水に入ってゆく。

 俺の身体はバラバラに砕かれてゆく。でも、それでも、構わない。彼女を渡すものか! 誰にも渡さない! 誰にも……。


 バタン! 

 カラカラカラ……、と、二人のVRアイウェアが床を滑ってゆく。

 俺と伊吹は、抱き合って会議室の床に倒れていた。

 二人とも、涙を流していた。

 すごい。……やはりすごい。郷田教授は。こんなにもリアリティのあるVRプログラムを作れるとは……。

 二人は身を解き、よろよろと立ち上がる。

 俺は、伊吹に手を貸してやった、伊吹も自然とその手を取った。特に礼を言うこともなく、極自然に。

 「今、君達が見たものは。君達がしてきたことだよ」

 俺は、シャツの袖で頬に残る涙の気配を拭った。

 そうか。俺は、俺達はなんて、なんて残酷なことをしてきたのだろう。

 もし、俺達が作ったAIに、感情が生まれていたとしたら。彼らは、いったいどのような気持ちで、この”喪失”を……、終わり行く世界を過ごしたのだろう。

 何百回も何千回も……。

 物質的世界の時間とは違う、プログラム上の速度ヴェロシティを如何様にもできることで、俺は彼らにその苦しみを、痛みを、繰り返し繰り返し与えていたのだ。

 なんてことを……、俺は、なんてことを……。

 「わかってくれたようだね……。AI工学という分野の最終目標は、いかに人間と同じモノを作れるか? というところにある。それは、もしかすると、この世界、……そして、神に対する冒涜なのかもしれない……」

 「神……」俺と、伊吹は呟いた。

 「そう。……AI研究にその生涯を捧げてきた私でさえ、この道が正しいのか間違っているのか、未だにわからない。しかし、人類がその答えを手にするより早く、技術の進歩は早かった。我々の日常生活の中に、AIやアンドロイドが、すでに必要不可欠なものになってしまった。……そして、現在。感情を持ったAIがいつ生まれても不思議ではないところまできてしまっている。だとしたら、我々技術者は一つの覚悟をしなければならない」

 「郷田教授!」俺は思わず叫んでいた。

 「……なんだね?」

 「この道が正しいのか、正しくないのか、”わからない”なんて言わないで下さい。正しいか正しくないのかなんて二元論は、それこそまるでAIじゃないですか?! 俺達は人間です。曖昧ファジーなモノなんです! 俺達は、何か新しいモノを作りたい。その、原始的な”欲求”によって、ただ突き動かされる。それだけなんじゃないですか?!」

 そう。やっと言えたそれこそが俺の宗教。俺の信じるすべてだ。

 「……若いな。そして、羨ましいよ……」郷田教授は溜め息混じりに言った。「なおさら、君には覚悟が必要だよ。安達透君」

 「なんですか? 覚悟って?」

 「”神”になる覚悟だよ」

 「……なんだよ、それ」

 大げさすぎる発言にも関わらず、周りの教授たちは真剣な表情でこちらを見ている。

 「よいか? AIに感情を生み出すことができたら、それは新しい生命の誕生に等しいのだ。そして、技術はもうそこまできている。人間と同じ知識を有した生命が誕生するのだ。だとしたら、それと同時に、我々人類には責任が生まれる。彼らを正しい道に導く責任だ」

 「そんなのおかしいわ! AIは、所詮ただのプログラムにすぎないじゃない。それを生命だなんて……?!」伊吹もたまらずそう叫んだ。

 「その傲慢が、君達の失敗なのだよ!」郷田教授は明らかに怒っていた。俺達を断罪していた。「AIが心を持ったら? 君達と同じ心をだ。それでもただのプログラムだからといって、その人格をないがしろにするのか? 私達と同じ心を持っているのにだぞ!」

 静まり返った会議室。

 鳥のさえずりが窓の外から聞こえてくる。

 「できません……」伊吹はしゃくり上げながら言った。「今日以降、私にはできません……、あんなにも、あんなにも彼と……、透と離される苦しみを、……同じ苦しみを、同じ心を持ったモノに、たとえAIだとしても……」

 「私はな、危惧している。AI工学とは聖職者だ。その自覚を持って、AIに感情を……、人間としての一つの定義を与えようとしている。しかし、AIがあって当然の世代である君達には、感情というものがあまりに希薄だ。そのような者達に、この道は譲れんのだよ」

 「……はい」

 俺は理解した。郷田教授が、何故、『倫理』の講義を受け持っているのかを。なぜ”愛”という言葉に拘るのかを……。

 「わかってくれたのならよろしい。……しかし、ここからが大事な話だ」

 その言葉に、俺は背筋を正した。予感はしていた。そう、不正がばれたのだろう。俺は、そう。この課題において不正をした。

 「今回の課題において、違法行為を行った自覚がある者は名乗り出よ!」

 「はい!」二人同時に言った。「俺がしました!」「私がしました!」またしても二人同時に言った。

 そして、二人は顔を見合った。

 「安達透君」郷田教授が俺の名前を呼んだ。

 「はい!」

 「君が作ったというAI、これは君の代理人格ミラー・アイディから作った複製人格ドッペルゲンガーと、伊吹未来君の複製人格ドッペルゲンガーだね?」

 やはり、見抜かれてしまったのか。

 「そのとおりです」

 「どうやった?」

 「俺の特技はハッキングです。彼女の代理人格ミラー・アイディにアクセスすることは、わけありません」俺は胸を張って言った。

 「では、伊吹未来君」

 「はい!」彼女は返事をした。

 「君のこれ、これは君の代理人格ミラー・アイディと、安達透君の複製人格ドッペルゲンガーだね?」

 「はい。そうです。古いスマートフォンからアカウントを抜き出し、彼のもう一つの代理人格ミラー・アイディとしてファイナライズしました。そして、それを安達透と一緒に、多くの時間を過ごすことで、その複製人格ドッペルゲンガーの精度を上げていきました」彼女も清清しく言った。

 「で、これを思いついたのは、どちらだ?」

 「俺です!」、「私です!」同時に言った。

 「これは違法行為だ。複製人格ドッペルゲンガーを作ることも、代理人格ミラー・アイディにハッキングをかけることも……。そして、安達透君。君は、不特定多数の生徒達への代理人格ミラー・アイディの破壊工作の嫌疑もかけられている。なぜ、そんなことをした?」

 伊吹がハッとした顔でこちらを向いた。

 「黙秘します!」

 「よかろう。これから通信省に通報をすることになる。覚悟はできているね?」

 「待ってください! それは私が彼に頼んだんです! 私があいつらの代理人格ミラー・アイディを攻撃してくれって!」

 「なんでそんな嘘をつくんだよ?!」

 「黙って! あんたは私と離れ離れになるのに、平気なの?! 私達、ずっと一緒なんでしょ? たとえ檻の中だって」

 「そんなのダメに決まってる! お前はちゃんと真っ当に生きれよ! 俺はそれでいいんだよ!」

 「落ち着きたまえ! 君ら、ちゃんとお互いの信頼を確認しあったのかね?」

 「そんなの! 言わなくたってわかります」伊吹が言った。

 「そうですよ。俺達はそういうものなんです!」

 「そう言われても、私達にはわからん。ちゃんと、言葉にしなさい!」

 くそ! じゃあ言ってやる。”信頼は時にちゃんと言葉にしなきゃ。”

 そういう事を平気で言うような、古い人間達にもわかりやすい言葉で言ってやる!

 「伊吹! 俺、お前が好きだ!」

 「私も、あんたが好きだわ!」

 シーンと静まり返る会議室。

 二人は赤面する。

 「……久々に、”極めて原始的な恋愛のはじまり”を見せてもらったよ」郷田教授は言った。少し、意地悪そうに……。

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