native romance
会議室には、郷田教授だけでなく、他の学部の教授達も席についていた。
”ニュートロン・ワークス㈱、特待インターンシップ生選考委員会”。その議場に、俺と伊吹は呼び出されていた。
課題提出から、ちょうど三日後のことだ。
どちらかが、特待インターンシップ生に決まったのだろうか? まあ、もうそんなのはどうでもいいのだが。
「では、調査委員会による当該学生二名への聴取をはじめます!」端に座る準教授が声を上げた。
調査委員会? 選考委員会の間違いではないのか?
嫌な予感がした。伊吹を見ると、伊吹も息を飲んだところだった。
「まずは、学部長、郷田教授、お願い致します」
「ふむ……」郷田教授はそう言って、VRアイウェアを外した。「まず、二人に言いたいことは、ご苦労であった。ということだ。二人の作業量を見れば、この課題にかけた情熱。それは痛いほどに察することができる」
「ありがとうございます」二人同時に頭を下げた。
「しかし……」郷田教授は白い髭をさすりながら言った。「課題へのアプローチ……、これだけは気に入らん!」語気を強めた。
「なぜ……ですか?」俺は聞いた。
「この方法は些か、”悪趣味”だとは思わんかね?」
悪趣味? 理解ができなかった。伊吹の方を見ると、やはり彼女もこちらを見ていた。
「わからんか……。二つのAIを、一つの閉鎖領域に閉じ込め、その相互作用を観察するなど、悪趣味にも程がある!」
教授の怒鳴り声に、二人は息をのんだ。
「でも、……でも、動物実験ならいざ知らず。これは、あくまでAIなんですよ?!」伊吹が言った。
「よいか。AIとは命だ。このまま技術が進めば、AIは遠くない未来に、感情を手に入れることさえ出来る。しかし、そうなった時、我々は単なる技術屋ではないのだ。そう。我々は”聖職者”でなくてはいかんのだ」
「聖職者?」俺は言った。
「君らには、聖職者になる資格はない。あまつさえ、自分達の生み出したAIを何度も、何度も自滅させ、それを気に病むこともなく、何度も何度も実験を繰り返した。……人間で例えるなら、何千年という時間を、ただただ悲劇を繰り返すだけを二つの生命に強いたのだ。これを悪趣味とは言わず何と言う?」
AIが生命? 技術屋ではなく聖職者?
あまりに突飛過ぎるのではないか?
何を言っているのだ、この郷田教授という人は。
「二人とも、VRをかけなさい」
郷田教授は手元のキーボードを操作した。俺達は素直にVRを取り出した。俺はレイバン製のもの、伊吹はオークリーの赤いフレームのやつだ……。
「君らの作った世界だよ」そう言って、郷田教授はEnterキーを叩いた。
そこにあるのは荒涼とした世界だった。
朽ちた街、終わりのない夕闇、そして、足元には錆びたレール、目の前に広がる海、海に浮かぶ小さな駅舎。
駅舎には、彼女がいた。
そう、彼女とは、俺の”腐れ縁”、俺の待ち合わせの相手。そして、もう一人の特待インターンシップ候補生。
ロボット工学科、二年。伊吹未来だ。
彼女もこちらを不安そうに見ている。
突然、俺の背後で汽笛が鳴った。
俺は振り返る。
忌々しい黒い煙を吐き出しながら、蒸気機関車が迫ってくる。俺にはわかった。アレによって、伊吹がどこか遠くへ連れ去られてしまうことを。
「伊吹!」俺は海に向かって駆け出した。
波打ち際に俺の足がつかる。
すると、水に濡れた俺の足が光り出した。そして、そこからバラバラと意味の無い文字列が霧散してゆく。
「っ! ディスポーザー・プログラム?!」
そう、海だと見えていたものはディスポーザーだった。このままでは、俺の代理人格は粉々に噛み砕かれる。
「透!」彼女は叫んだ。
すると、汽笛がもう一度。今度はすぐ背後から聞こえた。
「くそ!」構わず俺は水に入ってゆく。
俺の身体はバラバラに砕かれてゆく。でも、それでも、構わない。彼女を渡すものか! 誰にも渡さない! 誰にも……。
バタン!
カラカラカラ……、と、二人のVRアイウェアが床を滑ってゆく。
俺と伊吹は、抱き合って会議室の床に倒れていた。
二人とも、涙を流していた。
すごい。……やはりすごい。郷田教授は。こんなにもリアリティのあるVRプログラムを作れるとは……。
二人は身を解き、よろよろと立ち上がる。
俺は、伊吹に手を貸してやった、伊吹も自然とその手を取った。特に礼を言うこともなく、極自然に。
「今、君達が見たものは。君達がしてきたことだよ」
俺は、シャツの袖で頬に残る涙の気配を拭った。
そうか。俺は、俺達はなんて、なんて残酷なことをしてきたのだろう。
もし、俺達が作ったAIに、感情が生まれていたとしたら。彼らは、いったいどのような気持ちで、この”喪失”を……、終わり行く世界を過ごしたのだろう。
何百回も何千回も……。
物質的世界の時間とは違う、プログラム上の速度を如何様にもできることで、俺は彼らにその苦しみを、痛みを、繰り返し繰り返し与えていたのだ。
なんてことを……、俺は、なんてことを……。
「わかってくれたようだね……。AI工学という分野の最終目標は、いかに人間と同じモノを作れるか? というところにある。それは、もしかすると、この世界、……そして、神に対する冒涜なのかもしれない……」
「神……」俺と、伊吹は呟いた。
「そう。……AI研究にその生涯を捧げてきた私でさえ、この道が正しいのか間違っているのか、未だにわからない。しかし、人類がその答えを手にするより早く、技術の進歩は早かった。我々の日常生活の中に、AIやアンドロイドが、すでに必要不可欠なものになってしまった。……そして、現在。感情を持ったAIがいつ生まれても不思議ではないところまできてしまっている。だとしたら、我々技術者は一つの覚悟をしなければならない」
「郷田教授!」俺は思わず叫んでいた。
「……なんだね?」
「この道が正しいのか、正しくないのか、”わからない”なんて言わないで下さい。正しいか正しくないのかなんて二元論は、それこそまるでAIじゃないですか?! 俺達は人間です。曖昧なモノなんです! 俺達は、何か新しいモノを作りたい。その、原始的な”欲求”によって、ただ突き動かされる。それだけなんじゃないですか?!」
そう。やっと言えたそれこそが俺の宗教。俺の信じるすべてだ。
「……若いな。そして、羨ましいよ……」郷田教授は溜め息混じりに言った。「なおさら、君には覚悟が必要だよ。安達透君」
「なんですか? 覚悟って?」
「”神”になる覚悟だよ」
「……なんだよ、それ」
大げさすぎる発言にも関わらず、周りの教授たちは真剣な表情でこちらを見ている。
「よいか? AIに感情を生み出すことができたら、それは新しい生命の誕生に等しいのだ。そして、技術はもうそこまできている。人間と同じ知識を有した生命が誕生するのだ。だとしたら、それと同時に、我々人類には責任が生まれる。彼らを正しい道に導く責任だ」
「そんなのおかしいわ! AIは、所詮ただのプログラムにすぎないじゃない。それを生命だなんて……?!」伊吹もたまらずそう叫んだ。
「その傲慢が、君達の失敗なのだよ!」郷田教授は明らかに怒っていた。俺達を断罪していた。「AIが心を持ったら? 君達と同じ心をだ。それでもただのプログラムだからといって、その人格をないがしろにするのか? 私達と同じ心を持っているのにだぞ!」
静まり返った会議室。
鳥のさえずりが窓の外から聞こえてくる。
「できません……」伊吹はしゃくり上げながら言った。「今日以降、私にはできません……、あんなにも、あんなにも彼と……、透と離される苦しみを、……同じ苦しみを、同じ心を持ったモノに、たとえAIだとしても……」
「私はな、危惧している。AI工学とは聖職者だ。その自覚を持って、AIに感情を……、人間としての一つの定義を与えようとしている。しかし、AIがあって当然の世代である君達には、感情というものがあまりに希薄だ。そのような者達に、この道は譲れんのだよ」
「……はい」
俺は理解した。郷田教授が、何故、『倫理』の講義を受け持っているのかを。なぜ”愛”という言葉に拘るのかを……。
「わかってくれたのならよろしい。……しかし、ここからが大事な話だ」
その言葉に、俺は背筋を正した。予感はしていた。そう、不正がばれたのだろう。俺は、そう。この課題において不正をした。
「今回の課題において、違法行為を行った自覚がある者は名乗り出よ!」
「はい!」二人同時に言った。「俺がしました!」「私がしました!」またしても二人同時に言った。
そして、二人は顔を見合った。
「安達透君」郷田教授が俺の名前を呼んだ。
「はい!」
「君が作ったというAI、これは君の代理人格から作った複製人格と、伊吹未来君の複製人格だね?」
やはり、見抜かれてしまったのか。
「そのとおりです」
「どうやった?」
「俺の特技はハッキングです。彼女の代理人格にアクセスすることは、わけありません」俺は胸を張って言った。
「では、伊吹未来君」
「はい!」彼女は返事をした。
「君のこれ、これは君の代理人格と、安達透君の複製人格だね?」
「はい。そうです。古いスマートフォンからアカウントを抜き出し、彼のもう一つの代理人格としてファイナライズしました。そして、それを安達透と一緒に、多くの時間を過ごすことで、その複製人格の精度を上げていきました」彼女も清清しく言った。
「で、これを思いついたのは、どちらだ?」
「俺です!」、「私です!」同時に言った。
「これは違法行為だ。複製人格を作ることも、代理人格にハッキングをかけることも……。そして、安達透君。君は、不特定多数の生徒達への代理人格の破壊工作の嫌疑もかけられている。なぜ、そんなことをした?」
伊吹がハッとした顔でこちらを向いた。
「黙秘します!」
「よかろう。これから通信省に通報をすることになる。覚悟はできているね?」
「待ってください! それは私が彼に頼んだんです! 私があいつらの代理人格を攻撃してくれって!」
「なんでそんな嘘をつくんだよ?!」
「黙って! あんたは私と離れ離れになるのに、平気なの?! 私達、ずっと一緒なんでしょ? たとえ檻の中だって」
「そんなのダメに決まってる! お前はちゃんと真っ当に生きれよ! 俺はそれでいいんだよ!」
「落ち着きたまえ! 君ら、ちゃんとお互いの信頼を確認しあったのかね?」
「そんなの! 言わなくたってわかります」伊吹が言った。
「そうですよ。俺達はそういうものなんです!」
「そう言われても、私達にはわからん。ちゃんと、言葉にしなさい!」
くそ! じゃあ言ってやる。”信頼は時にちゃんと言葉にしなきゃ。”
そういう事を平気で言うような、古い人間達にもわかりやすい言葉で言ってやる!
「伊吹! 俺、お前が好きだ!」
「私も、あんたが好きだわ!」
シーンと静まり返る会議室。
二人は赤面する。
「……久々に、”極めて原始的な恋愛のはじまり”を見せてもらったよ」郷田教授は言った。少し、意地悪そうに……。




