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終末のヴェロシティ  作者: 三崎 剛史
17/22

no sugar

 何度目かの朝。

 僕らは何も言えずにいる。

 聞こえてくるのは、何十台も積み重なったハード・ウェアのファンの音と、明け方から降りだした雨の音。

 彼女は俺のベッドの脇で、うずくまり、膝を抱え顔を隠してしまっている。

 俺は、ベッドに寄りかかり、イオン・シガーを咥えている。

 彼女は泣いているのだろうか?

 いや、きっとそうではないだろう。

 とりあえず、俺はコーヒーが飲みたくなった。

 「コーヒー……、飲むか?」

 彼女は顔を隠したまま、コクンっと頷いた。

 「エスプレッソ。二人分」俺はキッチンに向かい言った。

 すると、マルチ・クッカーが給湯をはじめた。

 「ねえ……」彼女の声はガラガラしていた。

 「ん? なんだ?」

 「どうして? どうして、毎回、同じ結末になるの?」

 俺は、ふーっと溜め息をついた。

 「おそらく、これは、推測の域を出ないけど。……AIに、自殺因子アポトーシスが生まれた」

 「自殺因子アポトーシス?」彼女はやっと顔を上げた。泣きはらしたような、浮腫んだ目をしていた。

 「複雑なプログラムを組んでいくうちに、どこかの相互作用で、偶然にもそういうプログラムが生まれたんじゃないかな。わからないけど」

 「……やっぱり。”愛”なんて存在しないのね……」彼女はか細い声で言った。

 ファンの音、雨の音、給湯器の音。そして、彼女の小さな嗚咽。

 「違うよ。……俺達は失敗しただけだよ」

 「でも、でも……」彼女はまた顔を伏せて、子供がいやいやをするように顔を振った。

 「正確には、間に合わなかっただけだよ。……ただそれだけだよ」

 「でも、でも、もう……、もう、終わっちゃうんだよ?!」彼女は顔を上げて、俺に向かい叫んだ。

 そう。課題の提出は、今日の午前十時が期限だ。それはあと、数時間後に迫っていた。

 「そうだな……。でも、俺達なら完成させられるよ。完成させようよ! これが終わっても、期限が過ぎても、絶対に」

 「そんなの……、なんの意味があるのよ」彼女は拗ねたように言った。

 「俺さ、楽しかったんだ。伊吹と、こうして一緒に何かに必死になるの。すげー楽しかった」

 「私も……、楽しかった……」

 言わなくてもいいのに、そんなこと。

 「なんなら、これからも一緒に色々作ろうぜ。二人なら面白いものが作れるぜ。きっと……、ニュートロン・ワークスに就職できなくたってさ、二人で大儲けしようぜ! なんならバンク・ハッカーにでもなって、二人で世界中飛び回るのはどうだ?!」

 「行く先々の国で、安宿の一室にハード・ウェアを持ち込んで?」

 「そうだよ! 東南アジアで買ったジャンクのハード・ウェアを、伊吹が修理して、それをアフリカの原住民に売るなんてこともできるぜ!」

 「ははは!」彼女は笑い出した。「じゃあ、あんたは大昔の軍事衛星をハッキングして、それをどこかの独裁国家の首領様のベッド・ルームに落としてよ! そしたら、その国を私達で買い取りましょう。私達の楽園を作るのよ!」

 「ハッ! そんなの、十秒あればできる。じゃあ、それをやったら、博物館にある”レオパルド1”を修理してくれよ! 走らせられるようにな」

 「そんなの簡単、簡単。主砲でレイルガンが撃てるようにもしてあげるわ。リニア機構に換装すれば、巡航速度をプラス二十キロも夢じゃないわよ!」

 「楽しいだろうな!」

 「楽しいわよ!」

 僕らは無限の可能性を夢見ていた。

 きっと、俺と彼女は、最も単純で、最も原始的な機構。そう、歯車と歯車なのだ。

 一枚のギヤではできないことも、二つのギヤが噛み合えば、大きな動力になる。

 それは、神様が創った、偉大なプログラムだ。解析するのは到底不可能な。

 案外、”愛”というプログラムも、そのくらい単純なものなのかもしれない。

 それを”希望”と呼んでもいいだろう。だけど、それは彼女が一番嫌いな言葉だ……。

 「コーヒー。ブラックでいいか?」

 「透と同じでいい……」

 僕らは未完成の課題を提出することになるだろう。

 でも、それでも構わない。もっと、もっと大事なものを、彼女と共に完成させられた気がしたのだから。


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