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終末のヴェロシティ  作者: 三崎 剛史
14/22

nano universe

 少し湿った芝生の上、俺と伊吹は、幾億もの星星を見上げながら、一つの言葉も発せずにいた。

 きっと、俺と伊吹の代理人格ミラー・アイディは無線通信を行いながら、主人格マスターの意図と、蓄積されたパターン・データとを合致させられず。オーバー・ロードを起こしかけていることだろう。

 しかし、その間。俺と伊吹の心と心は、この空に散らばる膨大な光よりも遥かに多くのデータをやり取りしているのだろう……。そう、とても曖昧ファジーなモノを。

 「なんか……、会うの久々だよね?」それでも……、彼女は言った。

 「たった二ヶ月くらいじゃね?」

 「うん……」

 百万光年の彼方にいる探査衛星よりも早いスピードで。俺と彼女はきっとわかりあっている。それがわかった。

 「あれから……、どうだ?」

 「まあまあ……、かな?」

 ギクシャクしている。……なんだか心地よく……。

 手にしているのは、俺はココアで、彼女はアイスコーヒーだった。それも缶のやつ。二人にしては珍しくアルコールは抜きだ。

 ここは代々木公園。

 待ち合わせは、彼女のバイトの都合でこの場所になった。

 「……知ってるか?! 百年前の東京って、こんなに星が見えなかったって……」俺は夜空を見上げながら、無意味な話題を切り出した。

 「……うん。ナノ・マシンの散布によって、大気中にある微粒子の九十六パーセントの除去に成功している……、だっけ?」

 「そう……、その通り」

 また話題を失う。

 沈黙。

 「安達は、なんでAI開発の道に進んだの?」彼女は唐突にそう聞いてきた。

 俺は、こたえるべきか悩んだ。しかし、何故か、あの言葉を思い出していた、

 ”信頼は時にちゃんと言葉にしなきゃ。”

 郷田教授。さすがです。たしかに、あなたの言うとおり。信頼の精度を上げるには、それしかない。

 「うちさ……、貧乏なんだ。両親が物質的労働者リアル・ワーカーだから……。だから、俺がちょっとでも稼がなくちゃ。ってね」

 「そうか……、苦学生ってやつね」

 「……伊吹こそ……、なんでこの道に?」

 「私も似たようなもんね。……」戸惑いながらも、伊吹は語り始めた。「私。両親がいないんだ……。私、AIチルドレンなの」

 知らなかった……。

 AIチルドレン。

 それは、施設に預けられ、保育型AIによって育てられた子供の総称だ。

 AI技術の発達によって、その職務を失った物質的労働者リアル・ワーカー達。AIに盗って換われる職を持っている者たちは、海を隔てたアジアの小国へ逃げ出した。

 ある大国が、ある独裁国家を焼け野原にしたことで、そこに日本の多くの財閥系企業がインフラ事業に乗り出した。

 そこに活路を見出した物質的労働者リアル・ワーカー達は大挙して海を渡った。

 そして、インフレで沸いていた頃の小国での泡沫のセレブリティ気分から抜け出せず。今も多くの日本人が現地に留まっていると聞く。彼らは、首がすげ変わっただけの独裁政権の下、代理人格端末ドッグ・タグを捨てることを強要させられた。搾取されるだけの、AIよりも価値の低い、生産力の一端として扱われている、という現実に目を背けながら……。

 そして、残されたのが、藁のような希望にすがった物質的労働者リアル・ワーカーによって捨てられた、AIチルドレンだ。

 「……だから、私は、わかってるの。私は”愛”を知らない。……AIに”愛”なんて生み出せない。そもそも……」

 その言葉の続きを聞きたくなくて、俺は、

 俺は、彼女を抱きしめてやろうかと思った。……そうしたかった。 

 だけど、やめた。

 かわりに。そっと、その金髪の頭を撫でてやった。

 そもそも、”愛”なんてものは存在しない。

 そう言いたいのだろう。

 でも、

 だからこそ、

 だからこそ、お前は”愛”を知ってるんだろ? 誰もお前のことを愛してくれなくて……、誰もお前のことを好きになってくれなくて……、おまえ自身も自分のことを愛せなくて……。でも、実はそう思っているだけで。でも、でも、だからこそ……。だからこそお前は、知っているんだろ?! そこに何が足りないのか。その隙間にどんなものを当て嵌めたらいいのか。それが……、それが、そう。……”愛”なんじゃないかって。そう期待してしまっているんだろ?!

 そう聞いてやりたいが、それもしない。

 そう、俺達の心は確かに通じ合っている。そんな気がした。

 それは思い過ごしかもしれない。ただの幻想かもしれない。世迷言なのかもしれない。

 でも、

 それを信じる、……いや、信じたい。そういう欲求が、俺の心には存在した。

 小さくて頼りないそれに、”信頼”というパターン・データを与えよう。"そばにいたい”という条件設定をしよう。会えない時間には”寂しさ”という自立学習プログラムが必要だろう。もしかしたら、”性欲”というプログラムだって悪くないかもしれない。そして、終末世界ではなく、この東京をフィールドに……。

 そうして、そこに生まれるものこそが、”愛”というプログラムだと信じよう。

 あとは、その精度だ。

 しかし、それも言葉にはしない。

 「……お前、うちに泊まりに来い」かわりにそう言った。

 フフ……と彼女は笑った。そして、「私、……元彼とはヤッてないから」

 「なんだよ急に! 聞いてねえよ!」

 「ただ、……代理人格ミラー・アイディ同士にセックスをさせるSNSに、誘われはしたけどね」

 「うわっ! あのアザラシ……、、きもちわる! ……って! 別に聞いてねーし!」 

 ああ、そうか。”嫉妬”というプログラムもあるのか……。

 「いつかの質問の答え」

 「お前のクロックはどうなってるんだよ?! それに! そういう意味で泊まりに来いって言ったんじゃねーよ!」

 「じゃあ! なんなのよ?!」

 伊吹はなんだかいつもの調子を取り戻したように言った。

 「お前、国分寺から自転車通学だろ? それじゃあ大変だから、これからはうちに泊まって、課題に取り組むぞ! ってことだよ。もちろん、課題提出までの間だけだ……」

 「……いいの?」彼女は戸惑いながら聞いた。

 「このままじゃ二人とも課題を完成させられずに共倒れだ。それでもここまでの作業過程を提出すれば優劣をつけることはできるだろうが、それは俺のプライドが許さない」

 「その点に関しては同感」

 「だろ? だから、もう一度共同戦線を張って、期限までの一ヶ月。最後までやりきろうって提案だ」

 「……うん。わかった! その提案、のった!」

 「よし! じゃあ、これからうちに行くぞ! 何としてでもAIに”愛”を生み出す」

 「あ! でも、待って。ちょっとコンビニに寄らせて……」

 「なんだよ!」

 「女の子にはいろいろあるのよ! これだからデリカシーがない奴は」

 それだけは完成させる自信はない。


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