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終末のヴェロシティ  作者: 三崎 剛史
12/22

under the maple tree

 ”しばらく会うのは控えましょう”

 ”わかった。そうしよう”

 彼女と俺の代理人格ミラー・アイディがそんな会話をしたのが、雨の日が増えた、七月の上旬だった。

 それは何故か。そう、ここからが勝負なのだ。俺は最後の一手、勝敗を決する材料を手にした。

 恐らく彼女も……、

 ここからはお互いの手の内を見せられない。本当の勝負が始まったのだ。

 最終的にはAIの精度が鍵となる。だとすれば、これ以上ない良策を思いついた。

 しかし、それは危険な賭けでもある。

 だとしても、彼女には負けられない。負けるわけにはいかない。

 そう。彼女と、俺は敵同士、そして……、忌々しい腐れ縁……。

 待ち合わせの時間は守れず、あのファッションセンスは一緒にいて恥ずかしくなるし、声が無駄にでかくて、品性の欠片もないくせして俺にはデリカシーを求めてくる。オマケに酒癖も悪くて、あとは……、あとは……。考えればきりがない、とにかくあいつの……、伊吹未来のすべてが嫌いだ!

 そんな相手からやっと開放された、という安堵感。

 安堵感? そう、この心の落ち着きこそが、安堵感だろう。

 しかし、何故だろう? 

 その心の穏やかさは、すぐに静けさに変わっていた。なんなのだろう? この何かが足りないような、一人で過ごす時に突然降って沸いてくる、ざわざわとしたものは……。

 わからない。その感情をなんと呼ぶのか。百年前の人間達なら知っているのだろうか?

 わからないが、伊吹未来と会う頻度が減った俺は、一時期の勢いを失っていた。

 アイディアが浮かばない。

 もはや、単純作業として条件設定のプログラムを組み、それを組み込んでゆく。

 バグやミスを取り除き、速度ヴェロシティを弄り回し、クロックを進めたり、遅らせたり、巻き戻したり、何度も実験を繰り返す。

 いつも、気がつけば朝になってる。

 半ば義務的に、シャワーを浴び、歯を磨き、着替え、駅に向かい、電車に乗る。

 でも、なぜか乗る電車はずっと遅い各駅停車だ。

 そりゃそうだ。待ち合わせもないのに、満員電車にすし詰めにされる必要はないのだから。

 大学のラウンジで、濃いコーヒーを飲みながらVRアイウェアと窓越しに、何かを探してしまう。

 認めたくはなかった、自分が何を探しているのかを……、

 また、中庭の楓の木を見やる。

 霧雨が降る中庭には誰もいない。そして、楓の木はただ寂しげに雨に濡れた黄緑の葉を揺らしていた。

 そう。そこには、悪趣味な赤い自転車はなかった。

 俺はまた学内のサーバーに存在するトラッシュ・ボックスにハッキングをしていた。

 使えそうなプログラムを探す目的もあるのだが、本当の理由は、単なる暇潰しだ。

 その時、妙なモノを発見した。

 何十にも防壁を張ったプログラム。いかにも”見られたくない”とステッカーが張ってあるようなものだ。

 俺はいとも容易く防壁を破る。こんなの、寝ぼけた頭だってできる。

 すると、中身は単純なチャット機能のプログラムだとわかった。実にシンプルで古典的なプログラムだ。

 念のため俺は中を覗くことにした。悪趣味かもしれないが、俺の暇つぶしの為だ。

 Enterをクリックする。

 そこに広がるのは、極めて原始的な罵詈雑言だった。

 ”あいつ調子に乗り過ぎ!”

 ”ってか、あいつのファッション、なんなの? ダサすぎじゃね?”

 ”代理人格ミラー・アイディのビジュアル投稿見た? 安達ばっかじゃね?」

 安達? 俺か、……いや、珍しい苗字でもないか……。

 ”ええ! あいつって、アザラシと付き合ってなかった?”

 ”三日もたなかったとか、代理人格ミラー・アイディの精度低すぎっしょ!”

 アザラシ?

 俺は、設定ワードを解析することにした。まさか……、いや。すでにその予感は確信だった。

 このチャットに参加できる条件。

 それは、

 『イブキミライ キライ』だった……。

 ふー、と俺は溜め息をついた。

 何故、自分がそんなことをしたのか、よくはわからない。

 フォルダからとっておきのプログラムを取り出す。

 きっと、俺の頭は日々の寝不足のせいで、条件設定が曖昧ファジーになりすぎているのだろう。そう、やっていいことと悪いことの条件だ。

 ”好戦型破壊プログラム”。……その名を……、”レオパルド1”。

 俺がもっとも大好きな、旧ドイツ軍の戦車と同じ名を与えたプログラムだった。

 それを、チャットに参加していたであろう人間達の代理人格ミラー・アイディを攻撃してくれる。

 俺がコーヒーを飲み終わる頃には、51ミリ主砲が、すべてを粉々に吹き飛ばしてくれるだろう。

 そして、俺は首にかけた代理人格端末ドッグ・タグを見た。

 メッセージは送信されていない。

 おかしい……。なんで、こんなにも大事なメッセージを送信してくれないんだ? そんなにも俺の代理人格ミラー・アイディの精度は低いのか?

 俺は、久々に……、そう、小学生以来か……、

 自分の手でメッセージを入力した。

 ”今夜、会えないか?”

 まったく! 気の効かない代理人格ミラー・アイディだ。こんなことは初めてだ!


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