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終末のヴェロシティ  作者: 三崎 剛史
10/22

super sonic innocent

 「なにー! クロックを忘れてたー!!」

 彼女の大声によって、ビンテージの屋台がガタガタと音を立てて揺れた。と、思ったら高架橋の上を走るリニアの生み出す超低周波だったようだ。

 「すまん……」俺は素直に謝った。

 「なぜにそんな初歩的なケアレスミスを!」

 「普通、フィールド・プログラムに組み込まれているだろ? それが、……まさかなあ……」

 「所詮は拾ってきたフリー素材なんだから、普通それくらいはチェックするでしょう?!」

 「だから! 悪かったって!」

 「ふん! 親父さん! 日本酒ちょうだい! 冷でね!」

 屋台の店主はコクリと頷いて一升瓶に手を伸ばす。

 「おいおい。ラーメンの後に酒かよ? 普通逆だろ」

 彼女はチャーシューメン、ネギ抜きを平らげた後だった。

 俺が頼んだのはニンニクラーメンで。やけにしょっぱいスープを残した。

 「これが飲まずにやってられるかっての! いったいどれだけの時間をロスしたと思ってるのよ!」

 「速度ヴェロシティなんていくらでもいじれるだろ? その気になりゃ一千倍にもできる」

 「とりあえずあんたも飲みなさいよ! 私一人に飲ませようっての?!」

 「わかったよ! マスター! 俺も同じく冷で!」

 屋台の店主は最初からわかっていたようにグラスを二つ用意していた。

 「あと、おでんちょうだい! 大根とハンペンね!」

 「まだ食うのかよ? それより……、ほどほどにな……、先週みたいなことは、困る……」

 彼女はグラスを一気に煽り、ドンと手元に置いた。

 「あんた、……あのことは消去デリートしなさいよ」

 「……わかってるよ……」

 気まずい空気。

 この屋台に良く似あう東芝製のラジオは、あまり透過率の良くない音声で時事問題を語っていた。

 それによると、ニュートロン・ワークス㈱の横領事件は、元々代理人格ミラー・アイディにデフォルトで存在する”バグ”によって発覚したらしい。しかし、その”バグ”がどのようなプログラムなのかは、超機密事項だとか……。

 そして、この事件の容疑者は、”AIチルドレン”だったとのことだ。『愛を知らない子供』……そんな言葉を使って、容疑者のバック・グラウンドを勝手に推測し、悲劇なのか喜劇なのか、はたまた社会風刺なのかよくわからない持論を展開するDJ。

 お前は”愛”を知ってるのかよ?! そう言いたくなった。

 「お客さん。コップを抑えて下さい……」唐突に、店主がそう言った。

 「え?」

 わけがわからず、それでも俺も伊吹もそれに従い、コップに手を添えた。

 すると突然。……ヒュウン! という音と共に、鼓膜が圧迫されるのを感じた。そして次の瞬間、

 ドン! ガタガタガタ! と大地震が起きた。

 「きゃあ!」

 「な、な、なんだ?!」

 「すぐにいっちまいますから!」店主は麺を煮る為の寸胴鍋を両手で抑えながら言った。

 店主の言葉通り、それは一瞬の出来事で、地震が収まると風を切る音が遠くに去っていくのがわかった。

 しばしの静寂……、徐々にラジオの音が染み渡るように聞こえてきた。

 「通勤特別リニア特快ですよ……」そう言って、店主は鍋の火を止めた。「よくはわからんけど、超低周波振動って言うんですかい? 住民の反対運動が起こるのもわかりますよね。今北九州と東京間でもやってるでしょ? ここいらだって昔は大騒ぎしたんですから」

 俺は屋台の外、高架橋がかかるコンクリートの壁を見た。”リニア反対!”、”リニアは公害だ!”、”住宅破壊兵器リニア”。何十年も前に書かれたであろう古びたプラカードが張られている。

 店主はガスボンベのチェックをはじめた。今の振動でノズルが緩んでしまっていないか、確認しているらしい。

 「で、肝心の、あんたのAIの方はどうなの?」

 「それは……、おっと! その点については企業秘密だ。共同制作じゃないんだぞ。あくまでも俺たちはライバルだ。AIの精度と、その結果で甲乙をつけるんじゃなかったっけ?」

 「ちっ……」

 「だけど……」

 「なによ?」

 「正直、全然上手くいってない……。条件をどんどん加えてはいるが、一向に”愛”が生まれる気配はない」

 「まあ、正直。……私も似たようなもんなのよねぇ」彼女は頬杖を付きながら言った。

 「他者を求める、自分と似た他者を守る、他人を敬う、他人を尊ぶ……。もうその条件に類似性のあるプログラムを手当たり次第にぶち込んでいるんだが、まったくAI同士の干渉が起きる気配が無い」

 「やってることは私もほぼ一緒ね。……やっぱり、生殖のプログラムが必要なんじゃないかしら?」

 「だから前にも言ったろ? それをやったらAIではなくてウイルスになっちまうんだって!」俺も日本酒を一気に煽った。

 「おかわり!」二人同時に言った。

 店主は二人のグラス、そしてその受け皿まで並並と注いでくれた。

 「まったく! 郷田教授の悪趣味にもほどがある。”愛”だなんて……、けっ! そんなもの本当に存在するのかよ?!」

 「”愛”ってなんなんだろう……?」

 そう言って、二人はぐったりとうな垂れた。

 その時……、

 ドンっと置かれた皿には山盛りのおでんがあった。

 「サービス!」店主が言った。

 「へ?」二人同時に間抜けな声を出す。

 「若い頃はよお、みんなそれで悩むもんさ。まあ、そういう若者はめっきり減っちまったようだがな……。でも、俺ぁ思うぜ、愛ってのは奪うでも与えるでもなくて、気がつけばそこにあるもの……、だってな!」

 古典だろうか? どこかで聞いたことがある気がするが……。

 俺と伊吹は顔を見合った。

 

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