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日本代表2

作者: おだやか

前にも、日本代表、と言うのを書いたので、2をつけてみました。関連性はありません。

 「皆、今までよく頑張って来てくれた。国内・海外、両リーグの選手たちに集まってもらい、生まれた日本代表のこのチームでの活動も、今回の試合で、一区切りとなる。この国の方針として、いかなる結果を出そうとも、私がまた代表チームの監督になることはないだろう」


 「だから、と言うわけではないが、私は。この試合には勝ちたい。君たちにも、勝ちたい、と思って欲しいと思う。それは当たり前のことだが、しかし、その、当たり前のことが、このチームにはないように、私には思えてならないんだ」


 「けして、君たちは世界の選手に劣らない実力を持っている。けれども、それが不思議と、試合には現れない。私の戦術への理解もけして深いとは言えない。…これは私の無能さ故だが、そこまで難しい指示を出しているとは思わない」


 「…正直に言おう。私は、このチームを指揮してきたことを、少し後悔すら、しているんだ。私がこの国の監督になってしまったことで、君たちの成長を妨げることになってしまったのではないか…そういう不安がある。初めは、そんなこと思いもよらなかった。寧ろ、ラッキーとすら思っていたよ。勤勉で誠実な国民性の選手を、自分の思うが儘のスタイルで動かすことが出来る。それも、世界的な規模の大会で…。しかし、時間が経つ毎に、私の期待は不安へと変わっていった。」








 ――試合が始まる。


 これが、あの監督と一緒に過ごす最後の試合だ。


 先ほどの告白はショックではあった。けれど、それも当然か、とも思う。


 自分たちはけして、彼の期待に応えられるような結果を残しては来れなかった。











 観客の声援が聞こえる。青いレプリカユニフォーム。メガホン。顔に塗りたくったペイント。


 ドームの中で響き渡る音。

 意味をなさない波のようなそれらは、けれども、確実に俺の心を揺さぶる何かを秘めている。


 勝たなければならない。

 勝つために、俺たちはここにいる。











 それはおそらく、この場にいる選手、皆、そう考えていることだろう。


 俺たちも。

 今、対峙している、相手の方も。











 プレイ!



 審判の声と共に、場内に響き渡るブブゼラ。



 ブオー。



 鼓膜が張り裂けるんじゃないか、と思う程の爆音。





 相手国の、攻撃だ。





 俺は、フィールド上に立つ選手たちを見回す。






 敵のユニフォームは白色。

 黒色の肌が艶やかに輝いて、筋肉の動きがなまめかしく見える。







 黒人特有の、生まれ持ったもの。

 そんな言葉を見聞きする度に、嫉妬がこみ上げた。








 どれだけ努力しても、勝ち得ない才能の差がこの世にあるものなのか、と。

 そんなことはない、とどれだけ否定しようとしても、遥か高みにいる存在を見てしまうと、そんなことを、考えてしまうのだ。








 自分には、無いものだから。










 きっと、このフィールドの中で、自分よりも身体能力が低い人間はいないだろう。

 分かっている。

 誰も、俺に、そんなものを期待はしていない。











 監督の指示が飛ぶ。

 けれど、彼の声は届かない。

 ブブゼラの音にかき消されるのだ。


 彼が敵国の楽器隊に向かっていく。

 そして、ガードに射殺された。




 いつものことだ。


























 ブブゼラの音が止んだ。

 敵の攻撃が終わった。


 敵は首を傾げていた。



 電光掲示板に、日本と相手国の名前が浮かび、日本の横に、『0』。相手国の横に、『3』と書き換えられている。

 3点取られてしまった、と思うよりも、3点で済んだ、と考えるべきだ。


 俺は味方の選手たちに視線を移した。

 皆、小首を傾げていた。



 「皆、今度は俺たちの番だ!」


 俺が声を掛けると、皆、「お、おう」と少々戸惑ったような声を返す。



 じれったい。

 俺よりもずっと良いプレイをする筈のこいつらがこのザマじゃ…、この試合だって、結果を残せるかわかりゃしない。



 監督は相変わらず死んでいる。
















 ぷお~…。



 どこかうつむきがちだった、相手国の顔が上がる。

 緊張に引き締まった彼らの顔に、闘争心が漲りだす。


 やはり、手ごわい。


 俺は奥歯を噛みしめた。







 ゆっくりと、雅楽が――日本の伝統音楽の音色が、会場を包み込む。









 俺たちの攻撃だ。



























 監督は言った。


 俺たちの、彼の戦術への理解度が低い、と。



 それは確かだと思う。



 おそらく、このチームの中で、彼の戦術の理解が出来ているのは、俺くらいなものだ。









 俺は身に纏っていたユニフォームを脱ぎ取った。


 そして、ドームの天井に向かって、叫ぶ。


 相手国の監督が、日本の雅楽団の方へ向かっていき、射殺されていた。



 いつもの光景だ。






 俺の後ろでは、俺の真似をした選手たちが、ユニフォームを脱ぎ、天井を向き、叫んだ。

 しかし、彼らは、何一つとして理解していない。

 もしも、監督が、生きていれば、彼らに言ったことだろう。



 『君たちはどんなコンセプトで、そんなことをしているんだ?』と。



 俺も問いたい。

 けれど、そんなことをしている暇もない。



 今は、一点でも多く、獲得しなければならないのだ。


 点と点を結ぶことで、線が生まれる。

 線が結ばれ、一つの図形が生まれる。

 それがどんな形なのかは、解らない。

 今の俺は、点で勝負するしかない。




 おもむろに芝生のフィールドの上で寝転んでみる。

 そして、ゴロゴロと転がってみた。

 叫びながら、叫びながら、転がる。



 雅楽の響きが、空しく耳を通り抜けた。








 俺は所詮、才能のない選手に過ぎない。

 だから、こんな、邪道の方法で、雅楽と向き合う他ない。




 ゴロゴロ転がるのを止め、地面に肘をつき、双葉のように開いた掌の上に顎をのせて、仲間たちを見た。







 ――そして、俺は悟った。






 (何だよ。こいつら…。最後の最後になって…)





 もう一度言おう。



 俺は所詮、才能のない選手に過ぎない。





 身体能力にも恵まれず、想像力も無い。





 ただ、監督の言うことを理解して、自分の表現の中に取り入れていくしかない、無力な男だ。




 そんな男でも代表に選ばれる程、脆弱なチームに過ぎない、筈だった。









 けれど、それは、違った。



 いや、今、それは、変わったのだ。






 俺の後ろにいたのは、芸術家たちだった。





 フィールドせましと暴れまわる、荒れ狂う暴走機関車だったり。

 穏やかな笑顔で観客たちに手を振る紳士だったり。

 どこからか持ってきた如雨露で芝生に水を与える園芸大好きなおじさんだったり。

 新宿二丁目でやさぐれている男娼だった。




 夢を追い続けている俳優の卵だった。

 夢破れて故郷に戻る哀れな男だった。

 結婚詐欺を目論む姑息な男だった。

 結婚詐欺に騙される悲しい男だった。








 何で、最後の最後で。


 こんな良いパフォーマンスなんだよ。








 涙が毀れそうになった。


 いや、既に俺は泣いていることに気づいている。







 雅楽の音が、間延びした余韻を残して、ゆっくりと消えていく。







 主審の声が、響いた。







 有効!






























 日本の敗北が確定した。
























 死んでいた監督がむくりと起き上がり、酷く遅いテンポで拍手を打ち始めた。

 静まり返るドームの中で、拍手が響き渡る。

 観客席の中から、それに呼応するものが現れ。


 まばらな拍手は、静寂の間を持たない大きな音の重なりへと変わっていった。




 やめてくれよ。



 俺は言いたくなる。


 この拍手が終わった時、俺は選手ではなくなるだろう。



 もう、俺の時代ではないのだ。それと気づかされた時、俺は引退を宣言しなければならない。





 これは、俺の個人の感傷ではない。



 そういう決まりなのだ。



 だから、辞めなければならない。



 明日から、俺の収入の当てはない。



 涙がとめどなく溢れてくる。



 将来への不安から。








 「先輩、負けたんですね、俺ら…」


 何が何やら解らない、と言った様子で、斎藤が声を掛けてくる。

 混乱しているようだ。こんな大舞台に立った経験も少ないのだ。無理もないだろう。


 「そうだ。負けたんだ。俺たちは人生の負け犬だよ」


 思わず言葉が漏れる。斎藤は憤慨した。


 「何すか。何なんすか。そこまで言うことないじゃないですか…。ないじゃないですか…」


 斎藤は必死で目を逸らしてきた現実を直視したかのように、俯いた。

 俺はそんな彼の肩を叩いた。暗喩ではない。それは俺の方だ。


 殴ってやりたい気分になってきた。























 「てか、何なんすか。これ…。俺、未だに理解出来ないっすよ…。何か皆から、才能ある、才能ある、っておだてられて、とうとうこんなとこまで来たけど、これ、どういうルールなんすか…。監督は、頑張れ、すごく頑張れ、としか言わないし…。頑張ってみても、国際試合で無得点とか良く分かんないこと言われるし…。どうやったら点取れるか解らないし…。何もしないと自殺点取られるし…」


 斎藤は懇願するように俺を見つめる。俺はその目から視線を逸らした。


 「先輩、先輩は知ってるんですよね!? これどうすれば、どうなるのか知ってるんですよね!? 俺、他の皆にも聞いてみたんですよ! でも、皆、知らない、って言うんですよ…! 何なんすか! 俺たちは一体、何をやらされてるんですか! どうすれば、どうなるんですか!? 先輩! 先輩…!」



 すまん、斎藤。


 俺は、お前の問いに応えることは出来ない。


 きっと、それは、お前が、これからの選手生活の中で、自然と分かっていくものだと思うんだ。



 俺が口を出して、良いことじゃないんだ。































 と言うか、俺も、良く分からなくなってきたんだ。



 さっきの試合も、こりゃ、日本、とうとう爆発したよー。勝っちゃったんじゃないの? とか思ったんだ。


 でも、負けてたんだ。有効とか言われて、負けちゃったんだ。


 何でなのか解らない。てか、俺も、分かってたつもりだったんだけど、具体的にどう、何がどうなって点が取れて、取れない、とか、全く理解出来てないんだ。


 だって、ほら、見てよ。電光掲示板。日本の横に、2万6253点って出てるじゃん。相手国3点のままじゃん。このゲーム、得点低い方が勝ちなの? この前までは高い方が勝ってたよね?


 うん、全然わかんねーわー。わかんない。だから、斎藤、俺は答えられない。お前の真摯なその顔を見つめ返す自信ないわー。



 それに、俺、明日から無職だし。仕事探さないといけないし。寧ろ、俺がお前に聞きたいわ。良い就職先知らない?って。





 「先輩、答えて下さいよ! 教えてくださいよ!」


 「え、いや、う、うん。…いや、それは、駄目だよ。それは、お前、俺も苦労したんだから。そうだ。そう言うことは主審に聞きなさい。彼に聞くべきだ」



 食い下がる斎藤に、俺は主神を指さした。未だ、フィールドの真ん中で、選手たちに鋭い視線を向けている。


 「そ、そうすね。…分かりました。先輩。聞いてきます」


 そして、斎藤がそちらに走り寄っていく。

 判定に不服で訴えたように思われて、レッドカードとか食らったら笑うなぁ。

 いや、レッドカードとかあるのか知らないんだけど。




 と、主審は斎藤の問いかけにうんうんと何やら頷き。

 彼が何も言うことがなくなったと判断したところで、右手を上に付きだした。



 その手には、虹色のカードがあった。







 「再試合! 双方の国の選手は、所定の位置に戻ってください!!」
























 終わり

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