一つの村
俺は歩く。
足を前に一歩踏み出すたびに、地面に片足をつけるたびに、体が痛む。
地面を足につける、そんな小さな振動ですら、俺の意識を刈り取らんとする激痛を招く。
ふらりふらりとしていて、足元がおぼついていないことは、自分でも分かってる。
けど、俺は歩かなければならない。
歩いて、確認しなければならない。
ハイゴブリン、そう呼ばれる魔物の死を。
だが、それは遠い。
ほんの二十メートルほどの距離のはずなのに、それは途方もなく遠い。
だが、終わりは見えていた。
ハイゴブリンを貫通した刃。
それは地面、そして、魔物の肉体を焦がしながら、突き刺さっている。とはいっても、それは余熱。
地面を焼き、辺り一帯を焼野原にすることはない。
持ち主の手を離れて、一定の時間が経つと自動でスイッチを切る機能。
その機能を知っていたからこそ、俺はこの高周波ブレードを投げることが出来た。
そのことを近くで、確認すると、安心しきって倒れこんだ。
「やばいな、これ」
今まで経験したことのない痛みが、安心しきったことによって、どっと重くのしかかるように襲いかかってきた。
気力で何とか体を動かしていたのが信じられないほど、痛い。
ゴブリンたちという脅威は去った。
もう動けない。
突っ伏したまま、俺は魔法を唱えた。
回復系の魔法。
肉体そのもの、細胞一つ一つを修復していく魔法。
それは痛みを和らげ、折れたはずのあばら骨や痣となっていたわき腹部分を治していく。
こんな便利な魔法があるなら、戦闘中に使えよという話になるわけだが、残念ながらこれは使えない。
というか、そこまでの集中力を保つことが出来ない。
魔法と言うのは程度の差はあれ、行使する上ではその対象となる物に対してある程度理解もしくはイメージをした上で、意識を集中させなければならない。
火球を作る魔法であれば、空気を燃やすということを頭の中でイメージしたうえで、意識を集中すればいい。
気配を消す魔法であれば、気配と言うのがどのようなものなのか、どのようにすれば気づかれにくいのかを理解したうえで、意識を集中させればいい。
つまり、回復の魔法であれば、人体と言う複雑な物に対して大雑把な理解を持ち、それを修復するというイメージをに集中力を割かねばならないのである。
なお、この時、人体についての理解が詳しければ詳しいほど、集中出来ていればいるほど、回復の速度は速い。
それ故に、魔法使いは魔法使いでも、治癒魔法師と呼ばれる存在がいたりするのだ。
ともかく、そんなことを戦闘中にやろうものならば、俺はハイゴブリンに殺されていた。
ゆえに、回復は誰かとパーティーを組み、その誰かに任せるのがベストと言うのが俺の見解である。
だが、今まで、その誰かに出会ったことはない。
したがって、こうして、魔物を全滅させた時にしか回復魔法を使うことはないのである。
そうして、突っ伏すこと二十分。
俺の体は完全に修復された。
本来なら、ここまでの時間かからないはずなのだが、痛みによってきちんと集中することが出来ず、結果的に時間がかかってしまったのである。
俺は立ち上がると、ハイゴブリンが動くことなく守っていた、木製の家に向かう。
見た目は普通の家。
直径二十センチほどの丸太で作られたその家は、周りにある家とほとんど変わらない。だいたい二百平方メートルほどの広さ。
そこに一つだけあった扉には内側からは開けられないよう、木の板で留められていた。
俺はその木の板をゆっくりと外す。
もしかしたら、ここには村人がおらず、ゴブリンたちの罠が仕掛けられているかもしれない、そんな小さな確率。
でも、あり得なくはないこと、それを予期して、慎重に。
だが、それは杞憂だったようだ。
そこにいたのは座り込んでいる村人たち。
誰しも表情は暗く、不安や恐怖などの感情がその中で駆け巡っているのだろうと容易に想像することが出来る人々。
彼らはまだ俺のことに気付いていない。
だから、俺は扉を勢いよく開くと、
「みなさん、もう大丈夫です。ゴブリンは駆逐しました」
声高々に宣言した。
その言葉に、村人の表情は一変した。
安堵し、家族と抱き合う者もいれば、嬉しさの余り、涙する人もいる。
共通して言えることとして、誰しも笑顔に包まれていた。
それを見て、俺はただ笑った。
ああ、本当に良かった。この村を救うことが出来たんだな、俺。
なら、最後の役目もきちんと果たさないと。
俺はいったん外に出て、一人の少女を迎えに行くことにした。
「もう大丈夫だ。村人は無事だし、ゴブリンも全員始末した」
少女。
小麦色の美しい髪を持った少女。
一人ゴブリンに追われ、殺されそうになっていた少女。
「ありがとう。ありがとうございます……」
ただその言葉だけを何度も繰り返す。
顔を嬉しさに涙で濡らしながら。村人が生きていたことに対する喜びから、笑顔を浮かべながら。
「もう、大丈夫だよ」
そんな彼女の頭を俺は撫でる。
もう心配しなくていい、ゴブリンという脅威は去ったのだと伝えるために。死の危険を心配をしてくれていた俺という存在はここにいるぞと示すために。
そして、良かったねと笑うために。
俺は、この笑顔を見て、ただただ嬉しく思ったのだった。




