一つの案
「私にも貸してください、アイリスさん」
無邪気な子供のような笑顔で、エイダはアイリスの持つ電話へと迫っていく。
その声を聞いたアイリスはこちらに確かめるように視線を送ってきた。アイコンタクトというやつだ。
それは確認。
渡してもいいのかという。
まぁ、当然貸してもらって構わないわけだが、確認してくるあたり、しっかりしているな。
そう思いながら、俺は返事として頷き返す。
「ええ、いいわよ」
そして、手渡される電話。まぁ、電話と言っても、本当に見た目だけで判断するならそうだとは思えないモノだが。
それを嬉々として受け取るエイダの姿は、どこか微笑ましかった。
俺自身、自然と表情がにやけてしまっている。
「蒼真―。何か話してください!」
「分かった。今から話すからなー」
そう言って、俺は自分の手に持った電話を口元に寄せる。
そして、声のボリュームを一気に下げて、
「この電話について、どう思う?」
そう問う。
答えが一意に定まらない質問。
本来なら、これをすることに意味はない。音が伝わるか、その実験として行っているのであれば。
ただ、今行っているのは実験ではなく、あくまでエイダが使いたいというからこその、お楽しみタイムといったところだから、問題はない。
それと、少し感想も聞いてみたい。
「最高です!」
そう言って笑う少女の笑顔は、先ほどと同様に無邪気な子供そのものだった。
だからこそ、心苦しくもある。
ちょっとばかり、思うことがあったから。これは変えないと駄目だと思ったから。
自分でも出来て良かったとは思う。
最高だ。
我ながらあっぱれと褒めたたえたいぐらいだし。
だが、最高だと気持ち的には思うものの、客観的に物事を眺めてみると、やっぱり駄目だよなぁと思う。
「あら? どうしたのかしら、浮かない顔をして」
そんな俺の気持ちを知ってか知らずしてか、アイリスは近づいてきて、そんなことを口にする。
「いや、あんな喜んでもらえて嬉しいんだけど、残念なことにこれは作り直しだからさ」
「まぁ、そうでしょうね」
さも、当然のごとく、言葉を返すアイリスは落ち着いていた。
落ち着いて、何か問題でも?とでも問わんような顔つきで、こちらの方向を見てくる。
「分かってたの?」
「機能は素敵だと思うわ。けど、作る手間とか色々考えるとね」
「同じこと思ってるみたいだな」
「当然だと思うわ。だって、あなたは原案者なのだから、もっと理想は高く持っているでしょうし、私は私で、設計役に就かされた身として客観的に見なければならないし」
「だな。じゃあ、本格的な話を…」
と俺が言いかけた時。
「蒼真、何を話しているんですか?」
エイダが、俺たちが会話していることに気付いて近づいてきた。
「これを作り直すから、どうしたもんかって話」
「ええええ!?」
「作り直すって言ってもまぁ、作るのに手間がかかりすぎているから、もう少し改善できないかってことだから、そこまで驚くようなことじゃないぞ」
「ああ、なるほど」
「とりあえず改善すべきは、この作り辛さだな。あと、この膜の薄さの精度次第で、音質が変わってしまいそうなあたりも、まずい」
「そうね。だったら、素材そのものを変えるのが手だけれど」
「ふーむ。なんかいい素材あったっけかな…」
俺は考える。
βテスト時代、この世界を駆け抜けて得た知識を探って。どこかにあるであろう、この電話に用いる膜の素材の最適解を求めて。
「サラマンダーの皮膚なんかどうだ?」
そして、ふと思い至るところがあった。
サラマンダー。
それはトカゲのような魔物。といっても、トカゲはトカゲでも、言うなら、エリマキトカゲのようなものだ。
魔物の一種である彼らは、その襟状の皮膚を利用して、威嚇したり、雌に求愛行動をとったりする。
そんな彼らの襟の皮膚は威嚇する際に発する自身の声で、振動させ、その声を引き立たせている。
ゆえに、それなりに音を伝えやすいような作りをしているはずである。
「サラマンダー…。確かに…、ありね……」
だが、その名案に思えた俺の答えにアイリスが返したのは、苦しげな表情であった。
何か、サラマンダーだと悪いことでもあるのだろうか。
サラマンダーの生息地は一番近い場所で、この都市から西の方角へ進んだ場所にある鉱山。
元鉱山であったそこは、産出される鉱物量が徐々に少なくなっていったことから放棄された場所だ。
放棄され、人間の手が加わらなくなったそこは魔物の巣窟と化してしまったわけである。
だが、住みついている魔物は、サラマンダー他、そこまで強くはなかったような気がする。
「サラマンダーだと西の鉱山へと向かえばいると思うけど、何か問題でも?」
分からなかったら、聞くしかない。
自分でいくら考えても、分からないことは分からない。
「ここ最近、あそこの鉱山に住まう魔物が強くなってきているのよ」
「強くなってきている?」
エイダの村のドラゴンの件と言い、生態系が変わってきつつあるのだろうか。
だが、生態系が大きく変わるのには、何かしら理由があるはず。
それについても、また調べなければ。
「ええ。ガルーダやコカトリスといった鳥型の魔物が増えてきていて」
「やつらか。また厄介な」
そう、厄介だ。
鳥型の魔物は飛行する者が多い。
ガルーダは、空を舞うハンターという異名を持つ魔物で、空高くを飛び、地上の獲物を見つければ急降下し、その勢いのまま空中へと掻っ攫っていく。
それに対し、コカトリスは、鳥型では少数派の空を飛ばない魔物だ。
だが、口から放たれるブレスは長く触れつづけてしまうと、石化してしまう。
どちらも、厄介であり、危険だ。
「だが、さすがに群れではないのだろう?」
「ええ。どちらも一匹ずつ確認されているわ。ただ、あそこが既に使われなくなった鉱山であることから、討伐がされていないのよ」
「なるほど。じゃあ、すまない。三日ほど、ここから離れる」
「分かっ…、えっ!? まさかと思うけど、討伐しに行くの?」
「もちろん。開発の邪魔になるような者はどうにかしないと」
「他の素材でも考えた方がいいんじゃ…?」
「確かにな。けど、考えてみてほしい。なにか、上質で、かつ、大きな個体差はない素材が考えられるか? あと、あのサラマンダーの皮膚は薄い割に、そこそこ破けにくいから、生産効率も上がると思うんだが」
「確かに、条件としてはベストだけど、さすがに、その二体の魔物を処理するのは…」
何か、危険が伴わない代替案を考える。
普通に開発を行っていくのならば、それでいいのだろう。
条件がなく、ただ儲けを得るためだけに、開発をするのならば、それでいいのだろう。
だが、俺の場合は違う。
開発による儲けはあくまで過程であり、到達目標ではない。
とりあえずの目標はギルドを作ること。
そのためには、短期間で利益を得て、さらに、定期的な収入を得る必要がある。
それには、時間が惜しいし、生産効率も高める必要がある。
三日のロスがあっても、サラマンダーを素材とした方がいい。
サラマンダーだけなら、そこまで強くない魔物なのだ。この世界の住人たちに討伐して、その素材を剥ぎ取ってきてくれと依頼を出すことも可能なのだ。
さらに言うなら、今後しばらくの分の素材は、魔法のポーチというものがあるから、問題ないわけだし。
ならば、行くしかないだろう。
この薄い膜で問題なく動くのならば、おそらくサラマンダーの皮膚でも問題なく、動作するはずだから。
そう心に決めた俺に迷いはなかった。




