占拠された村
村が見えてきた。
距離にして、残り1キロメートルほど。
村へと続いている、大雑把な整備がなされた道が一本。
その脇では、高くそびえる木々が生い茂っており、深い影を落としている。
それを見て、俺は一旦ここで立ち止まった。
「気配を消して、進むための隠密系の魔法をかけるから、少し待って」
ゴブリン自体は大した脅威ではない。さっきの戦闘でそれははっきりした。今の俺なら十分に戦える。まず負けることはないだろう。
ただ、気を抜くことが出来ない。
今回は俺一人がゴブリンと相対するわけではない。
人質として村人がいる。
今回優先すべきは村人の命。ゴブリンたちに気づかれて、それが原因で怒りを買って村人を殺されるなんて展開は避けたい。
そう、限界まで気づかれないようにしたい。
「分かりました」
彼女はそう言って、待つ。
その心には焦りがあるだろう。
魔物に村を支配されたという現実、すなわち、家族や友人たちを人質にとられているという現実は、とても辛いはずだ。
だからこそ、俺はそんな彼女の不安を一刻も早く払拭したいと思う。
そして、発動する魔法。
魔法が俺と少女を包み込んでいくのを感じる。
成功だ。
正直言うと、不安だった。ここがどういう場所なのか、分かっていることと言えば、俺の知っているアルタートラウムと似た世界ということだけ。
似ていても、実際は異なる可能性もまだあった。
ゆえに、実際に魔法が使えるかどうか、疑問を感じていたのである。
最悪、使えなかったとしても、それはそれで気配を消して進んでいくつもりではあったのだけれど。
そして、確信した。
これは異世界だろうと、ゲームの中のことだろうと、ここはアルタートラウムというβテストで経験した世界なのだろうと。
「さて、行くよ。ちょっとごめんね」
そう言って、俺は少女のことを抱きかかえると、一気に走った。
「きゃっ」
「しっ」
突然のことに女の子は驚いて、声を上げるが、それを俺は顔を向けて人差し指を口の前に立てて、静かにと促す。
いや、彼女も恥ずかしいだろうけど、俺も恥ずかしいんだよ。
さすがにこんなことをさらっとできるほど、男として変に出来上がっていたりはしない。
今は必要だからと割り切って、やっているだけだ。
慎重に行かなければならないとは言っても、それはのんびりとしていてもいいという意味では決してない。
だが、俺の走る速度に合わせるというのは、この少女には難しいことだろう。
そう思って、抱きかかえて走っている。
「急ぐ必要があるから、本当にごめんね」
その言葉を理解してくれたから、彼女はそれから何も言わなくなったけど、頬はほんのり赤みを持ち始めているのが俺には見て取れた。
さすがに、十代後半という年齢にもなって、お姫様抱っこをされることに抵抗を持たない女子というのも少ないだろうとは分かっているので、不思議には思わないけどね。
けど、今は一刻も争う。
どういう状況かわからないのだから。
物音はしていない。
成功を実感した通り、魔法はきちんと作用しているようだ。
まず気づかれることはないだろう。
だから、一気に距離を詰める。
そして、俺はもう一度立ち止まった。
今度は村から十メートルほどの地点。
森の木陰。
そこで、少女を下ろすと、観察に入った。
村は、塀とか堀に囲まれているわけではなく、ただ単に木製の家が十数個存在している状態。
小さな村、そう表現するのが妥当だろうと感じるそこにはあって当然な人の姿がなかった。
その代わりに、そこにいるのは、どす黒い緑色の皮膚をしたゴブリンたちの姿のみ。
彼らは各々持った棍棒を引きずりながら、徘徊していた。
だとすれば、村人はどこかに隔離されていると見るのが妥当か。まずは、そこを探すことから始めないといけない。
あとは、このゴブリン達を束ねるリーダーを目に収めておかないと、ならないだろう。
ゴブリン達なのだから、束ねているのがゴブリンだろうと俺自身もβテスト開始時はそう思っていたのだが、そうとも限らないのだ。
ゴブリンは様々な魔物の下につくことが多い下位の魔物。
知能の高い魔物が、このゴブリン達に指示を出している可能性もある。
なお、この知能が高い魔物には、ドラゴンといった上位の強力な存在も含まれる。
それゆえに、警戒が必要だ。
ドラゴンがいそうな気配はしない。だが、そこまで、上位の魔物ではなくとも、それなりの魔物がいてもおかしくはないだろうと思う。
注意深く目を凝らし、村の状況を観察する。見逃しが無いように慎重に、けれど迅速に。
そして、俺は見つけた。
村の中央にある少し開けた空間、そこでゴブリンたちに指示を出している存在。
ゴブリンよりも格が上の魔物。
ハイゴブリンの存在を。
厄介な魔物だ。
ただのゴブリンでは当然ない。ハイゴブリンと言うのは、ゴブリンの上位種と言う意味合いでつけられたモノだ。
だが、その魔物は、ゴブリンと同種族とは思えないほどの進化を遂げた魔物だ。
まずは体格。
二足、二本腕であることに変わりはない。
ただ、大きさは二メートルを超える、ちょっとした巨人であり、その体に持つ引き締められた筋肉は、一度奮えば、岩をも砕く。
単なる力だけではなく、その巨躯からは考えられないほどの敏捷性を持ち、知能も通常のゴブリンと比べれば、全くの別物である。
ゆえに、ゴブリンと言う名は生物学的な分類の意味合いだけであって、段違いな魔物なわけである。
元々の序盤のクエストには決して出なかったであろう魔物の姿に俺は意識を切り替えた。




