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信じ、歩きし者

「エイダ、君は俺の記憶があるんだな?」

「ええ、あります。私以外はみんな、あなたのことを忘れています。まるで、そんな人なんていなかったかのように。まぁ、そういう私もつい最近まで忘れていたんですけどね、失礼な話ですが」


 エイダは少し申し訳なさそうな表情をしながら、答えを返す。


 まぁ、当然と言えば、当然の反応。


 命を助けてもらっておいて、その本人の容姿、それどころか、助けてもらったという事実すら忘れていたのだから。


 何故忘れていたのかについて事情を知らなかったら、俺も少々気分を悪くしていただろう。


「分かった。まず、言いたいことがあるだろうから、言ってくれ」


 俺は覚悟を決めた。


 どのような罵詈雑言であろうと、受け入れようという覚悟。その結果、彼女が俺のことをどう思っても受け入れるという覚悟。


「あなたは一体何者なんですか?」

「あー、やっぱりそこ聞いちゃうか」


 俺は苦笑いを浮かべる。


 ちょっと困ったように、頭を右手でかきながら。


 一番、困る質問である。どう答えたものか、いいアイデアが思い浮かばない疑問である。


「本当に知りたい?」

「出来るならば、教えてほしいです」

「フフッ。そこで、出来るならばと言ってしまうあたり、エイダらしいな」


 そう呟いて、俺は魔法を唱える。


 魔法。


 それを使って、俺とエイダを包み込むような立方体の空間の定義を行う。別に立方体である深い理由はない。


 ただ、俺とエイダを包み込めればいい。


 それによって、俺を中心として、光が広がる。


 そして、薄い青色の立方体が俺とエイダを包み込んだ。その立方体は青色をしながらも、透き通っており、外もきちんと見えるようにはなっているし、当然外からも中を見るようには出来るようになっている。


 だが、外から中に、中から外に対して、音は通さない。


 音というのは空気を振動させ、その振動の波が耳の鼓膜に伝わることによって、人間に聞こえるようになっている。


 とは言え、人間の耳には、可聴域が存在する。

 具体的に言うなら20[Hz]~20[kHz]ほど。ただ、これには個人差が存在するし、年齢によって変化もする。


 良い例がモスキート音。

 年齢とともに、可聴域の上限が低くなることによって、若者には聞こえる音が老人には聞こえないという音のことである。


 このような可聴域を利用した魔法。


 外に伝わるはずの振動をこの魔法によって作り出した障壁を介することで、高周波に変換し、それを外に伝える。


 要するに、周波数を跳ね上げることによって、声を人間の可聴域を超えた音にし、それを外に伝えることで、中の声が外に漏れないようにする魔法。


「これで、外にここで話したことが聞こえることはない。じゃあ、話すことにするよ。その上で、どうするのか考えてほしい」

「いいん…ですか…?」


 エイダは不安そうな、けれど、期待を隠しきれない瞳で、俺のことを見つめる。聞きたい、けれど、本当に聞いていいものなのか分からない。


 そんな感情の迷いが簡単にうかがえる表情。


 だが、それに関しては、俺も同様だ。

 話すべきだろうとは思う。けれど、本当に話しても、大丈夫なのか、それが分からない。


 けれど、ここで話さなければいけないだろうとは思う。


 事情を話さないような俺と言う人間を信じてついてきてくれたエイダに対して、誠意を示すべきだ、そう思うから。


「ああ、いい。エイダ、君には真実を伝える。信じるか信じないかは君次第だ。だが、これから言葉にする嘘のようなことは、俺にとっての現実だ」


 だから、忠告する。

 正しいことであると同時に、決して信じられはしないだろう真実に。


「信じますよ、蒼真の言うことは」


 だが、それに対して、彼女ははっきりと口にした。それも俺の言葉が終わって、間髪入れずに。


「ありがとう。じゃあ、話そう。」


 それから、俺は話し出した。

 まずは、俺の現状について。そして、この世界”アルタートラウム”について。そして、最後に、何故彼女を三回救うことになったのかについて。



 机とイスを用意してくれた三人には、少し席を外してもらった。

 それだけ重要な話をしているのだと、三人も魔法を見て察してくれたし、俺の方からもお願いした。



 だから、じっくり全て話した。

 俺の知りうること。そして、それに基づく俺の推論も含めて。


 彼女はただただ俺の話を聞いてくれていた。時折分からないことについて質問しながらも、真剣な表情を崩さぬまま。



 彼女は話が終わってから、黙り込んでいる。

 俺から見れば一回り小さい彼女の顔は、彼女が俯いてしまっているために、よく見えない。


 罵詈雑言、何と言われようと、仕方ないと思いながら、エイダが口を開くのを待つ決意をした。


「なるほど。蒼真はこの世界の人間ではない…と」


 しかし、予想していた言葉とは反して、それはとても穏やかな声音であった。彼女自身の声に震えもないし、いつも通りの落ち着いた言葉。


「ああ、そういうことだ」

「納得です」


 そう言って、彼女は俺に背を向けて、歩き出す。

 何事もなかったかのように。


 それは俺にとってみれば、拍子抜けだった。そう、何かもっと追及されるのではないか、罵倒されるのではないか、そのように思っていた俺には。


「他に何かないのか…?」


 だからこそ、俺は聞いてしまう。

 俺自身が納得できていないからこそ。


「何かってなんですか? 私は蒼真のことを信じています。三回も命を救ってくれたあなたのことを。あなたの秘密を知って、より信頼が深くなった、それだけで十分じゃないですか」


 彼女は俺の言葉に振り替えると、そんなことを言った。

 この世界の人間には知られてはいけないと思い、隠してきたことに対して、こうもあっさりと。


 信頼が深くなった、ただそれだけだと。

 柄にもなく、目頭が熱くなるのを感じる。


「それに…」


 そう言って、エイダは話を続ける。


「十年前、あなたに助けてもらって、私は出来る事なら、あなたの役に立ちたい、そう思って、十年間回復魔法について勉強し続けてきたんですよ? 蒼真に対する信頼がそんな小さなことで揺らぐわけがないじゃないですか」


 ああ、そうだったのか。


 彼女はあの時のことをずっと覚えてくれていて、それから努力し続けてくれていたのか。


 なんか申し訳ない気持ちになる。


 十年間、俺はあの村に顔を出すこともなく、こうしてこの世界に現れたわけだから。


「すまないな」

「そこはすまないなじゃなくて、ありがとうでしょう? 私があなたのために頑張りたいと思ったから、回復魔法について勉強し使えるように切磋琢磨しただけの話なのですから」


 そう言って、彼女は悪戯っぽく笑う。


 それは、俺が前に言った言葉だ。

 ゴブリンから村を助けるために、彼女を安心させるために使った言葉。


 それがこんな形で、逆に返されることになろうとはな。


 俺は一笑いして、

「ありがとう。改めて、よろしく頼む」

 手を差し出す。


 その手を力強く、白く綺麗な手が包み込む。


「こちらこそ、よろしくお願いします」


 そうして、俺は魔法を解いたのだった。


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