ゴブリンと少女
高周波ブレードのスイッチを入れる。
車のエンジンがかかったかのような振動。
問題なく、起動した。
俺はゴブリンに攻め込んだ。
ゴブリンは自分の手に握る棍棒で防ごうとする。
それは、普通の剣に対してであれば、正しい判断だっただろうな。
そして、攻撃に対しての対抗策としては正しいものだっただろうさ。
棍棒の殴る部分の形状はだいたい直径二十センチメートルの円柱で、それを荒く削って、持ち手の部分を作っている。
さすがに木目に逆らって、容易に斬れるほどの厚さではない。
普通の剣なら途中で突っかかってしまうだろう。
だが、それはあくまで、これが普通の剣であればの話。そう、ゴブリンの判断は正しくて、正しくなかった。
棍棒と高周波ブレードは衝突する。
いや、衝突はしたものの、衝突した感覚はほとんどなかった。
本来感じるほどの抵抗が、ほぼなかったのだ。
それこそ、包丁でトマトか何か柔らかいものを切っているかのような。
高周波で振動していることによって得られた切断力と熱、それらが合わさって、木という可燃物を焼きながら、切断していく。
良かった、きちんと動作してる。
そう思っている間に、棍棒が二つに割れた。
だが、高周波ブレードは止まらない。
止まらずに、ゴブリンの頭上から真下へと振り下ろす。
「ウギィイイイイ」
奇声が上がる。鮮血が飛び散る。
かなりスプラッターな光景だけれど、大して気にならない。
βテスト初日はかなーり気になって、かっこ悪いことになってしまったけれど、今は決してそんなことはない。
今更、それを俺が気にすることはない。
ただまぁ慣れってこともあるだろうけれど、一番の理由は違う。
このゴブリン達は、この可愛らしい女の子を殺そうとしたんだ。
そう、考えてもみてほしい。普通に話していたらドキドキしてしまいそうな綺麗な女の子が目の前で殺されそうになっているのだ。
それを見たら、何をしてくれとるんだとゴブリンに殺意が湧かないわけがないだろう。
それが普通の少年というもんだろう。
ゴブリン、罪深し。容赦はしない。
俺はここでこのゴブリン達を始末すると心の中に誓っていた。
その心には迷いはない。
あくまで、少女はゲームにおいてNPCという存在なのだという雑念はそこにはない。
ここが異世界だろうと、ゲームの中であろうと、今俺が見ている、恐怖に顔をゆがめ、怯えているのは現実の人間の少女と変わらないのだから。
そんな俺の心づもりに気付いたのか、ゴブリンは俺に背を向けた。そして、走り出す。その異形の体で。その異形の足で。
そして、自分の命を懸けて、死に物狂いで。
だが、それは遅い。
俺から見れば、だいぶ遅い。
一振り。
それで、殺し合いは終わった。
簡単な命のやり取り。
これが世界を進めば進むほど過激になっていく。
ここはまだ、言うなら辺境の地。
だからこそ、こんなにあっけなく終わる。だが、俺がβテスト最後の日にいたエリアはどうだろうか。
あそこは六カ月の中で、一番敵が強く、圧倒的だった。
あそこで、俺は……。
「ありがとう……ございます……」
だが、思考をそこに割き続けることはなかった。
「大丈夫? 軽く見た感じは大きなけがはしていないようだけど、どこか小さな怪我でもあったら言ってくれ」
俺の視線は死した魔物の方ではなく、すぐに助けた少女の方へと向いた。
俺は改めて見る。
そこにいるのは、十代後半の少女。
彼女の持つ小麦色をした艶やかな髪は、ほんの少しの動作でさえ、揺れ動くほどに滑らかだ。
そして、比較的白い肌をしたその顔から覗くちょこんとした茶色の小さな瞳は、どこか小動物を想起させる。
身長が百五十センチ程度という少し小柄なそんな彼女は、俺のことを見上げており、それを俺は見下ろす形となっていた。
「大丈夫です。本当に、ありがとうございました」
「なら、いいけど。とりあえず、村まで送っていこうか」
「村……」
そう言って、彼女は黙り込んでしまった。
その表情にはどこか影が差してしまっているのが分かる。何かがあるのが分かる。何かに迷っているのが分かる。
だが、彼女は何も口にしない。
とは言え、沈黙だけで十分だった。
彼女の状態を鑑みただけで、想像できてしまう。どのようなことに悩み、苦しんでいるのかが。
「村がゴブリンに占拠されているのか?」
だから、俺はそれを口にする。
何も想像だけで、話しているわけではない。
先ほどのゴブリンの行動からの推測だ。ゴブリンは獰猛で、人を襲い、もし反撃を受けたなら、そのやられた分だけやり返すって言う単純な魔物だ。
だが、先ほどのゴブリンは違った。
一人の仲間がやられたことを見て、憤って、こちらに襲い掛かってくることなく、逃げることを選択した。
こう言っちゃ悪いが、そこまで頭が回るほど、ゴブリンは優秀ではない。
たとえ、実力差を感じても、仲間の仇をとろうとするのがゴブリンだ。
良く言えば仲間思い、悪く言えば馬鹿だ。
ゆえに、ここ一帯に、そんなゴブリンを統率するリーダーがいるのだと推測した。それも、怒りに身を任せないようにすることを、体に染み込ませるほどに徹底した、頭のいいリーダーが。
ここではないが、別の場所で似たような派生イベントがあった。
だからこそ、そうなのでは?と思わないでもなかった。
ただ、それはこんな序盤のイベントではなかったのは確かだ。
βテストとは違う。
「……」
彼女は何も答えることはなかった。
だが、俺の言葉に、一瞬だけ表情を変えたのだけは分かった。
苦しげな表情。
ならば、これは肯定……だろうな。否定をしないということはそういうことなのだろう。
ならば、俺は助けたい。自分に力がないなら、諦めていた、無情にも見捨てざるを得なかったかもしれない。
けど、この世界の俺にはそれをする力もある。
綺麗な女の子の為って考えたら、何だか頑張れる気がする。
それに、勇者ってこういうもんだろう?
宮本正邦がわざわざその覚悟を問うたのだから、それにきっと意味があると思うのだ。
「隠れていて。終わらせてから迎えに来るから」
俺はそう言って、彼女の頭の上に手を乗せる。そうすると、目を伏せていた彼女は、不安そうな瞳で、俺のことを見つめてくる。
そんな表情するなら、最初から頼ってほしいな。
俺は助けるから。
俺はそう思いながらも、彼女の不安を払拭するために、余裕の笑みを見せつけてやる。
「大丈夫。じゃあ、待ってて」
そして、俺は彼女を置いて歩き出す。
向かう先はこの子がいたであろう村。βテスト初日に、お世話になった村。場所はどこか、それは分かっている。
不意につかまれた。
服の裾の部分。
白く細い、小さな可愛らしい手。
「私が案内します。いえ、案内させてください。私の村を救ってください」
「よし、ようやく正直になった。じゃあ、案内してもらおうか」
素直に俺はその申し出を受け入れると、再度歩き始めるのだった。




