第二の世界での始まり
「先輩だったよな……、あれ……」
俺は草原に突っ立ったまま、物思いに耽っていた。
先輩。
宮本正邦と言う男。
世界的有名大企業への就職も難なく取り付け、その他企業の外注を請け負い、技術者としての地位を確立させつつあった男。
あの人のもたらした技術は比喩でもなんでもなく、この世界を変えた。
例えば、ファッションや視力矯正用として使用されていた眼鏡やコンタクトレンズを媒介とした拡張現実デバイス。それは視界にカーナビのような案内を表示したり、見ている物について即座に検索をかけられる情報デバイスのような形で使われた。
そう、あの人は類稀なるアイディアと技術によって、一種の技術革新を起こしてしまうような天才。
とんでもなく、すごかった。
とても遠くて、けれど背中を追いかけることが出来る、直接議論できるってことがどこか嬉しくて、あの人の背中は輝いて見えたんだ。
だから、あの人のことは近くで知っていた。
知っていたからこそ、真っ先に失踪に気づけた。
いつもなら即レスを返してくるような新技術に関するネタに対して、既読すらつかないという異常。そこからしばらく経っても音沙汰がないので、調べてみたら失踪していた。
そう、あの人は消えたはずだった。
なのに、あの人がどうしてここにいるんだ?
「初期設定の場所で会えるなら、ログアウトして、初期設定しなおせばいいんじゃないか……?」
それならあの人にもう一度会えるはずだ。
あの人には聞かなくてはならないことが山ほどあるし、もう一度会って、真剣に向かい合いたい。
βテストのときと同じように、人差し指で丸印を描いたうえで、
「メニュー」
と言葉にする。
誤動作を防止するために、人の動きと人の声両方が設定した通りになされた場合のみ、メニューが出せるようにしているということは、βテスト時に経験している。
そうして、表示されるメニュー画面。
空中に浮かび上がって表示されているクリアブルーの画面には、所持品、ステータス、オプション、フレンドなどといった色々な項目が並んでいる。
その中でも、俺はオプションを選択。
ゲームからログアウトするときは、オプションからログイン設定を選び、ログアウトをタッチすれば、ログアウト処理が出来た。
だから、今も同じように、それが可能となっているはずだ。
「ない……?」
しかし、本来あるべき、ログイン設定の部分がなかった。
そもそも、選択肢に存在しなかった。
「嘘だろ、おい」
オプション欄の描写設定や音響設定、アカウント設定等関係なさそうな部分を含めて、全て調べてみたが……、
「本当に、ない……のか?」
”ログアウト”の五文字が見つかることはなかった。
「いやいや嘘だろ……? 異世界アルタートラウムって、まさか……」
ゲームという別の世界に行くという意味での異世界ではなく、新たに住む世界という意味で、異世界と言っていたのか。
この世界で、新たな生を全うしろという意味なのか。
まだ断定するには早いかもだけど、自発的にログアウトが出来ない以上、ここで生きる方法ってのを考えないと。
色々な思考が俺の中を走っていく。
けど、これはあくまで推測。本当のことは、公式の運営や宮本正邦しかわからない。どうしたって、俺に今ここで答えを見つける術はないんだから。
くそっ。
そうだよな、うだうだ悩んでいても、始まらないよな。
今出来ることは考えること。
「キーとなりそうなのは、『現実を見失ったなら、自分でその現実を掴み取って見せろ』という先輩の言葉ぐらいか」
とはいっても、その言葉から今の俺に推測できるのは、ゲームをクリアすることで、俺が元いた世界へと帰れるということなのだろうということぐらいか。
掴み取って見せろというぐらいだから、何かをなせってことだろうし。
「だが、悪ふざけだけで、あの人がこんなことをするとは思えない。だとすると、何か理由があって、この世界に招いたと見るべきだろうけど」
この世界には何かがある。
何かが何なのかは想像もできないけれど。
なら、俺はこの世界を突き進むべきなのではないか。昔から憧れていた、信じていたあの人のことを今回も信じて。
こうして、あの人が失踪してから多分初めて姿を現したのにはきっと意味があるはずだ。
俺に何か思うところがあったから、何か意味があったからこんな異世界に呼んだはずだ。
「じゃあ、この世界にいるうえで必要なステータスと所持品だけでも確認しておくか」
なら、腹を決めようじゃないか。
よし、決心した。
この世界を進もう。
βテストプレイヤーが三人だったこともあり、βテスト期間も六カ月と非常に長かった。
だからこそ、この世界には俺は慣れ親しんでいる。
なら、この世界そのものを恐れる必要はないだろうし。
とりあえず、この世界そのものについて考えるのは置いといて、元の世界とかそこらへんについても考えてみるか。
もし、ここがゲーム世界だと仮定するなら、現実での肉体がどうなっているのか気になるところだ。
ただ、気にはなるけれど、大丈夫だろう。
家族が病院に入院させるなりといった対処をとってくれるはずだから。
そこについては、心配はないはず。
流石に放置されるってほど、冷徹な家族でも関係が悪いわけでもない。
もちろん、ここがゲームでもなんでもなく、本当に異世界ならば、体そのものがこちらの世界に来ているわけだから、そういうことは気にしなくてもいいわけだけど、それはそれでまずいよな。俺の生死はこの世界での生き死にに依存するわけだろうし。
うー、悩ましいことばかりだな。
とは言え、一つ言えることは、俺がすぐにこの状況をどうにかすることはできないだろうということ。
解決案は思いつかないし、どうにかできるようなものにも思えない。
そこらへんは割り切って、進むしかないだろう。
他人が聞いたら、長く考えず、危機意識が低いだなんだと思われそうだが、実際問題どうしようもないのだから、そうするしかない。
そんなことを思いながら、俺はメニューを確認すると、そこにはβテスト時のステータスがあった。
六カ月のβテストを経た俺のステータスは非常に強力なもの。
正式配信から三カ月後の通常ユーザーが見たら、チートじゃないかと思われてもおかしくないようなものだ。
ただ、所持品に関しては違った。
回復薬が十個、スマホが一個、銃が一個、高周波ブレードが一個、旅人の服が一式。ただ、それだけだった。
俺の元々持っていた装備は全てなくなり、初期で渡されるものに差し替えられているし、代わりにと言ってはなんだが、先ほどの初期設定時に希望した物も新しく追加されている。
本当の意味で、ここに持ち込みたいものだったのか。
そう思わずして選択した物だったが、俺の運は捨てたものではないらしい。
使い道のないようなものではない。むしろ、これから先、重宝されるであろう品だ。
とりあえず、所持品リストに表示されている、銃と高周波ブレードとスマホをタッチして、具現化を選択。
そうすると、何もない場所から突然選択したものが湧き出てきた。
これもβテストと同じ仕様。
出てきた銃は、サプレッサー付のハンドガン。その脇には、ハンドガンの仕組みなどを明確に示した設計図やいくつかのマガジンなどもついてきている。
他の二点に関してもそうだった。
実際の物と詳細を説明した書物等。
特に、高周波ブレードには驚いた。
ゲーム内だけではなく、現実世界での作り方まで書いてある。しかも、この原理なら動いてしまうのではないかと思えてしまうような明確な仕様だ。
これも、あの人が残した品というわけか。
そう思うと、この非現実な物ですら、信じられてしまう。それほどまでに、あの人、先輩という技術者は超人だった。
ためしに、俺は高周波ブレードを握る。
そして、柄に備え付けられたスイッチを押した。
体に伝わる振動、駆動音。
それらが徐々に熱をもたらしているのを感じる。
だが、それが装備している人間には影響を与えないように設定でもされているようで、俺には害はない。
ただ、一振りすれば、周りにある草は燃えるし、切れもする。
そのハイテクな物の割に、見た目自体は調整されているのか、普通の剣である。日本刀のような片刃のものではなく、西洋風の両刃の剣。
柄の部分は握ってみると、妙にしっくりとくる。
重さは、だいたい二キロほどといったところか。
だが、ステータスによる補正か、不思議とそこまで重くは感じないし、負担にも感じない。
この高周波ブレードのゲーム内の扱いとしては、魔法を施された剣と言ったところだろうか。
いや、違うかもしれないな。
むしろ、高周波ブレードというのは単なる名称だけで、この世界においては魔法を付加させているだけなのかもしれない。
ただ、一つ言えることとしては、これは魔法の詠唱という時間のロスないまま、使える剣である分アドバンテージはあるということだ。
「さて、行こうか」
俺は、一人そう言って歩き出した。
運営から連絡が来ていないか確認するために、スマホを見ながら。
望んだ連絡が来ていなくて、がっかりしながら。
こうして、俺、一条蒼真の第二の世界での旅は始まりを迎えた。




