任されたこと
「エイダ。行くぞ」
俺は短くそう言った。
その言葉に迷いはない。そんなものはβテスト時のトライアンドエラーで断ち切った。ゆえに、その言葉は本気だ。
「あんた、本気で言っているのか?」
だが、男は俺の言葉を疑った。
いや、その言葉に怒りを感じていたとでも言うべきだろうか。
肉親である娘が戦場へと駆り出されようとしている。その事実に憤るのは確かに分かる。彼らは人間なのだから。
言い方は悪いかもしれないが、遅かれ早かれ俺たちはこんな場面に遭遇していただろう。
それは両親だって、わかっていたはずだ。
だけど、確かにそれを目の前で突きつけられるのはやっぱり辛いよな。
そうだとしても、俺は進まなければならない。
いや、俺たちはと言う方が正しいか。
まるで、ヤクザのような成りをした男から放たれる威圧感はそれ相応のモノ。
現実の俺なら、怯んでしまって何もできなかったかもしれないモノ。
「彼女は俺が必ず守ります。だから、あなたはこの村の住人を避難させてください。ドラゴンは何とかします」
だが、それに、俺は負けなかった。
俺が彼に向けるまなざし。そこにはむしろ、相手を威圧するほどの鋭さを持たせている。
これが俺の意志だ、そう伝えんとする強さ。
「必ず……、守れよ……」
その思いは届いたようで、男は、ただそれだけ言うと、俺に背中を向け走っていく。
「娘を頼みます」
「ええ、任せておいてください」
俺はそう言って、笑みを浮かべる。
それはこれから向かう先が死地だということを忘れさせるほどの笑み。誰かを安心させるために作られた自然な笑み。
だから、男の妻であり、エイダの母である彼女も微笑み、
「行ってらっしゃい」
とただ一言残して、男の後を追った。
その姿を見て、俺はまだまだ未熟だ、そう思いもする。
大人だからこそ出来る決断。誰かの真価を見定め、その上で信頼し、場を任せる。
自分が担当したい、そんな意志を押さえつけることまでして。
きっと、それは辛いことだ。
きっと、俺では自分で担当すると言ってしまいそうなことだ。
正しい判断で身を引くこと、それが出来るのは人間のできた大人だ。
そんな大人にこの場を任された。
「覚悟を決めるんだ、エイダ」
「大丈夫です。あなたについていくというのはこういうことだと理解していましたから」
そうやって、気丈に答える彼女。
その彼女の手は少し震えている。
必死に押さえつけようとしているのが分かるが、それでも止まらないということが分かる。
「大丈夫。言ったろ、俺は君を守るって。安心して、俺のことをサポートしてくれ」
だから、俺は彼女の手を握った。
それは人を安心させるためのこと。
俺と言う人間は近くにいると身を持って、実感させるためのこと。
そう分かっていても、やっている側も照れる事。
だが、照れているのは内心だけで、表にはそれを出さない。表に出してしまってはいけない、そう分かっているから。
だが、その緊張は彼女も同じようだった。
彼女は握られた手を見つめ、頬をほんのりとした朱に染めている。
小さな手。白く華奢な手。それを俺の両手で包み込んでいる。
そこから感じるのは、人のぬくもり。
安心させるために、繋いだその手から、俺自身も勇気をもらう。
そうして、彼女を守りぬく、その決意を再度固くした。
「さぁ、行こう」
そう言って、俺は彼女の手を離す。
それは彼女にはもう必要ないと分かったから。
最初は不安や恐怖に震えていたその手が、徐々に落ち着いてきたのを感じたから。
俺は前に進む。
逃げ行く人々。その流れに逆らうようにして、ドラゴンのいる方向へ。
幸い、ドラゴンはまだ人を襲ってはいない。
だが、それはいつまで続くのか、分かったことではない。
そう思っていると、ドラゴンはその大きな翼で羽ばたきながら、地面に降り立った。
それは俺の進んでいる方向。
一番人気のない場所。
森の木々が存在せず、何もない場所。
そして、これから戦場となるのにふさわしい平地。
まるで、そこに招かれているような気がして、不気味でもある。けれど、周りを巻き込む心配というのをしなくて済むっていうのは正直非常に戦いやすくもある。
俺の経験したβテストから鑑みるに、あの大きさと溢れ出る殺気はドラゴンの中でも相当上位種のものだ。
「さて、覚悟を決めて、挑もうか」
少し臆病になっている、自分を叱咤するように呟いて、ドラゴンへと向かう歩を早めたのだった。




