この世界に生きる人々
「ふぅ…」
俺は正邦レポートその一を読み終えて、一息ついた。
一見落ち着いているようにも見えるであろう、その立ち姿は困惑に満ちていた。
チューリングテストにも合格し得る完全なAI。10YBの記憶デバイス。スーパーコンピュータを用いたゲームソフト。
正直、どれも困惑するような内容ばかりだ。
だが、それらは正直どうでもいいと言える。
一番重要なのは、最後の一文。
“ログアウトは定期的に必ず行うように。”
これはどういうことだ。これではまるで、ログアウト出来るようにしているみたいではないか。
なら、現在ログアウト出来ないという状況はどういうことだ。
もしかして、俺だけ特別な状況にあって、他のβテストプレイヤーは普通にゲームを楽しんでいるだけなのか。
誰にもぶつけようのない困惑が俺の頭の中を駆け巡る。
とは言え、一つだけ変わらないことがあった。
それはゲームクリアを目指すべきだということ。
これはあくまで、レポート。
過去に書かれた物だ。
さらに言うなら、その一は一番過去に書かれたレポートだ。
過去に書かれたモノは良く理解し、これから先のことを見据える道標として使える。
だが、一番信頼できるのは今のことだ。
今は、先輩から「現実を見失ったなら、自分でその現実を掴み取って見せろ」と言われ、この世界に着いたのだ。
ならば、突き進んでみよう。
ゲームクリアで分かることだって、多くあるはずだ。
そして、その過程で、今回のようなレポートを見ることが出来るはず。
そう、その二に続く、とあるぐらいのだから、存在はしているはずなのだ。
解放条件が分からないだけで。
ただ、予測は立てられる。
今回のフラグは、強い痛みを感じたことか村を救ったことによるものだと思われる。
そこから、レポート解放のフラグは、新しい実装内容に触れる事、もしくは、あるイベントをこなすことにあるんじゃないかと考えられる。
とは言え、これはあくまで、推測。
要するに、進めてみなければ分からないのである。
結局分からないことだらけではあるが、分かったこともあるのだから、良しとしよう。
「まずは、エイダと会うことからか」
そう、出来ることは限られている。すべてのことを同時に行うことなどできはしない。俺は歴史の偉人のように一人で二人からの言葉をきちんと聞き分けるような巧みなことが出来る特別な人間じゃないんだ。
ただのゲーム好きの一人の男だ。
「あ…あの…。私のこと、呼びましたか?」
だから、これからのことを一つ一つしっかりとしていこう。
そうすれば、いずれは見えてくるものもあるだろうし。
「そうだよ、エイダ。君に呼ばれたと聞いてさ」
こんなふうに、見計らったかのように現れたことに少し驚きはしたものの、俺は視線をすぐにエイダの方へと向ける。
エイダ。
この世界に住む住人。
宮本正邦の作り上げた最高峰のAI。
それはもう、人と言っても遜色のないレベルなのだという。
いや、事実、人なのだろう。
言ってしまえば、人間の思考もデータの塊なのだ。
おぎゃーと生まれてから、様々なモノを見て、聞いて、経験して、人格が形成されていくのだから。そりゃ、遺伝子情報だなんだと細かい話は色々あるにしても、単純に言えばそうだろう。
それと同じことをプログラムとして行ったのだろう、宮本正邦は。
だからこそ、人と感じられるほどのAIが出来上がった。
10YBという、俺自身聞いたことのないような単位の記憶容量を用意して。少なくとも、それは小さくないはずだ、体積的にも。
どんなに小さくとも部屋一つとかいう大きさではないはずだ。
それの大きさは想像すらも厳しい。
そんな多種多様でで膨大な、千年もの昔から続くこの世界の住人が生きてきたことによって得られたデータ。
それをもとに、今を生きているのが、この世界にいる人々だ。
そう考えると、
「えっと、少し来てもらえますか?」
「ああ、いいよ」
俺はそんなこの世界の住人であるエイダという存在についていくのだった。




