魔力を追えば
圧勝だった。
敵にすらならない。
サラマンダーと呼ばれる魔物はまるで紙切れか何かのように散って行った。サラマンドラはそんなサラマンダーたちを使役しながら、こちらに魔法を放ってきたきたものの、そんなものはアイリスやグレイ、リーナの前には無力だった。
正直に言って、私はまたも何の役にも立てなかった。
回復の必要がないのだ。
まずそもそも相手の攻撃を受けることがない。
アイリスの魔法は一回発動するだけで十数匹ものサラマンダーを蹂躙し、グレイは魔法を発動しながら着実に一匹ずつ近距離で殺していく。
リーナはと言うと、グレイのように敵に近寄ることなく、けれど、アイリスのように完全な遠距離でもない位置で、魔法陣を描きそこから召喚獣を呼び出しそれでサラマンダーを倒していった。
リーナはこの洞窟を媒介として使用することで岩のゴーレムを召喚したらしく、硬質な召喚獣はサラマンダーたちの攻撃をもろともしなかった。
あの戦いでは、サラマンダーたちの攻撃対象をリーナの召喚獣とグレイに絞り、アイリスが一気に殲滅する、そんな見事な連携を見せつけられた。
アイリスの攻撃が一番の肝となっているのが、サラマンダーたちにも分かっていても彼らにはどうする術もない。
肝になっているとは言っても、目の前のグレイと召喚獣だけでも十分危険だと彼らは理解していたのだから。
数十ものサラマンダーの群れはそれこそ五分にも満たぬ時間で全て駆逐された。
彼らは近寄ることすら許されずに。
「あれ、ここまで弱かったっけ?」
リーナが思わず呟いた。
それは本当に意外だと思っているかのような言葉で、本当はもうちょっと苦戦すると思っていたらしいものだった。
「まぁ、苦戦して倒したのは五年も前だし、私たちも成長したってことよ。アルバート様の教えはそれだけすごいってこと」
アイリスがそう窘める。
サラマンダー自身が弱かったわけではない。そう私は断言できる。おそらく、私一人であればあの魔物たちに蹂躙されていただろうから。
蒼真なら、あの数だろうと一人で対処しそうだと無意識に思い、
「蒼真の手がかりを探そう」
気持ちを切り替えて宣言した。
「そうね。グレイとリーナはサラマンダーからの素材剥ぎ取りと死体の除去をお願い」
「分かった」
「了解」
グレイとリーナがまだ距離がある死体のもとへと近寄りながら、
「リーナは素材の剥ぎ取りよろしく。僕は死体の除去を行うよ」
「そうしたほうが早そうね」
二人で作業の分担を行っている。
それを見据えながら、私はあんなふうにもっと蒼真と近づいた関係になりたいと思った。
この世界の人間ではない蒼真はどこか違うと感じることがあって、まだまだ上手く協力し合えているとは思っていないのだ。
「エイダ、魔力探知手伝うわよ」
「分かった。何か気になるものがあったら、教えてね」
そして、私はまだ慣れぬ魔力探知を行う。
蒼真……、蒼真……。
蒼真の姿が頭に浮かぶ。
笑っている姿、真剣な面持ちで戦い続ける姿、故郷のことを思い返して涙を流す姿。
色々な顔を見せる彼は、とても愛おしかった。
そして、改めて思った。
彼はこの世界の人間ではないと言う事実のことを。
この場にいる私以外の誰も知らないひとつの真実を。
すると、違和感を感じた。
何だろう、これは。
暖かくも力強い一つの魔力。
蒼真のことを思うまでは全く感じなかったそれはどこか異質だった。魔力探知では対象がどんな者なのかまでだいたい分かる。
先ほどの暗殺者たちの戦闘でもそうだ。
だれがどのような武装をしているかまで分かっていた。
だが、全く読めない。
あの気持ちの悪い化け物とは違い、そこに嫌悪感はない。むしろ、優しさをそこには感じられた。
「何か変なのがある」
「えっ?」
アイリスの反応は普通だ。
何を言っているのか分からないという顔をしているのが横目にでも分かる。けど、言葉を発した本人である私にも分からないのだ。
自分の中でも理解できていないものを言葉で表現するなどできないの。
だから、私はそこに近づくことにした。
「これは……」
「魔力で造られた剣……、魔剣グラム、本当にあったなんて……。でも、どうして……」
周りが気にならないぐらいに驚いているらしいアイリスがぶつぶつと何か呟いているが、私にはそれが気にならなかった。
私はその剣に魅入られていた。
一つの宝剣がそこにはあった。
銀色に輝くそれは柄だけが地面から突き出ており、異常なまでに違和感を感じる。
その柄の装飾は素晴らしいものばかり。
嵌め込まれたトパーズは周りの装飾とは対照的な色を醸し出し、印象を深くさせている。
思わず見とれてしまうようなそれを私は手に握る。
そして、力強く引き抜こうとするも、どうやら見た目通り深くまで刺さっているらしく、普通に力をかけただけでは全く抜けそうにもない。
「蒼真の手がかりなの……?」
そう思わず呟いた瞬間、宝剣は輝きを増し、その光はまるで私を覆うかのように広がっていった。
「エイダ、だいじょ……」
太陽のごとき目を開けることさえ許されないほどに鋭い光に思わず目をつぶったのと、アイリスの声が途絶えたのは同時だった。
目を開けたいが開けられない。
瞼を閉じていても分かる鋭い光が私に襲い掛かっている。今目を開ければ、失明しかねない。
肌にあたる空気の感触が変わった?
ひんやりしたものがなくなって、まるで春のような陽気なものへと変わっている?
洞窟の中でそんなことあり得る?
瞼の上から襲う光の勢いが弱まったのを感じた私はどうなっているんだという思いから勢いよく瞼を開いた。
そして、目を開けた瞬間、驚愕に何も言えなくなった。
どこにも汚れが全くない大理石の神殿の目の前に私はいたのだから。




