アルタートラウム
目標。
憧れ。
理想。
それらが俺にもあった。
それは一人の年上の先輩。
回路を自由自在に組み上げ、それによって得られる出力信号で、自分で設計した機械を動かして見せる。
インターネットを通じて企業から舞い込んでくる外注を数々成功させていき、その成功が企業との繋がりを生み、技術者として確立していった男。
IoTだなんだと最近になって騒がれるようにはなったけれど、あの人はそんなの関係なしにだいぶ前からそれに取り組んでいて、けれどもそれを自分だけで独占せず記事として後悔していたっけ。
あの人は本当にすごい。
俺の目標であり、憧れで、理想であった天才。
あの人に追いつきたい、あの人を追い抜きたい、そんな思いで突き進んできた高専生活五年のうちの三年間。
決して追いつくことは出来なかったけれど、それでも日々の成長に嬉しさを感じて立ち止まることなく、がむしゃらに走り続けることが出来た。ロボットコンテストや競技プログラミングのような大会にも出場して、ある程度の成績もおさめることが出来たあたり、だいぶ頑張ったと思う。
日々夜遅くまで夢中だった。
けれど、辛くはなかった。
あの人の背中を見ることが出来ていたから。
だけど、あの人は、突然消えた。
何の跡形も残さず、誰の追跡も許さず、失踪した。何でもかんでもネットに繋がり始めた現代で、そういったログを一切残さず、そして、誰の目にも留まらず消えた。
生きているのか、死んでいるのか、それすらも分からない。
目標があったから、立ち止まらず進むことが出来た。
目標があったからこそ、見ることが出来ていた景色は、がらりと変わった。
どこか色褪せて見えてしまった。
どこかつまらないものに見えてしまった。
そんな現実に比べてみれば、ゲームの世界は新鮮であり、美しかったんだ。
高みは明確に存在していて、そこにいるのは現実の世界とは全く異なる英雄にもなれる自分。
最近では、機械をヘルメットのように装着し、人間の意識そのものをゲームの世界に送り込むというゲームが流行を迎えている。
言うなら、究極のゲーム。
ゲームと言うのは、現実で本来できないようなことを自分がやって、それを楽しむ娯楽。ファンタジー系のゲームであれば魔法を使うこともできるし、FPSでは銃を撃つことだって出来てしまう。
そんな普通はありえない経験を実体験のように体感できる、それを究極のゲームと呼ばずして何と呼ぶのだろう。
俺は新作のゲームを起動した。
『アルタートラウム』
βテストプレイヤーはたったの三人で、正式にサービスが開始されてからも六カ月はその三人だけしかプレイが出来ないと公式サイトで告知されているファンタジー系のVRMMO RPGだ。
表現としては正式サービスと言ってるが、結局のところ一般ユーザーから見ればβテストの人数が非常に少なく、サービス開始までが長いゲーム。
βテストプレイヤーに圧倒的な力を与え、その行く末を見守ろうという思惑だろうなと個人的には思ってる。
こんな形式をマイナーな会社ではなく、ゲーム会社としては大御所がやっているのだから、驚かざるを得ない。
なので、βテストプレイヤーがいくら優遇されるとは言っても、そのゲームに対する注目度は非常に高い。
俺は運よく、その三人のうち一人に選ばれており、こうして正式サービス初日から始めようとしている。
「さて、始めるか」
そして、俺は寝転がった。
ベッドは俺にとって必要不可欠な場所だ。寝るという意味では勿論のことながら、このような意識をゲームに送り込むタイプのゲームにおいては必須となるのだから。
ゲームをしている間は、出来る限りリラックスできる方がいい。
「コネクション、アルタートラウム」
そう呟くと、ぷつりと電源が落ちたかのように、触覚、嗅覚、視覚、聴覚等体の感触が全て消えたかと思えば、突然体にはっきりと浮遊感を感じるようになる。
意識が飛ぶ、その言葉をまさに体現したかのように、重力から解放された感覚。
けれど、それは長くは続かない。
体に戻ってくる重力と地面の感触。
俺は初期設定の地に降り立っていた。
白いスポットライトがあてられたそこに俺が一人だけ、ぽつんと立っている。周りには何もなく、ただ暗闇が広がっているだけで、目を凝らして見ても、やはり何もない。
そこにもう一人の人間が現れた。
新たに一個のスポットライトが当てられることによって、現れた人間の姿がはっきりと俺の瞳に映る。
体全体を覆い、亡霊か何かのようにさえ感じるボロ布で作られた黒いローブ。
それに合わせて、顔がフードによって覆い隠されていることも、現れた者の不気味さを一層際立たせる。
スポットライトがなければ、周りの暗闇にすぐ紛れてしまうだろう。
「初期設定に必要な情報は何?」
俺は聞く。
見た目はあれだが、そんなことを気にして何もせずにいたら、永遠にゲームは始まらないだろうし。
「基本設定はβテストの時の物をそのまま引き継ぐので、しなくていい。ここで行わせてもらうのは、質問を三つだけ」
案の定、目の前に現れた者はそんな言葉を発する。
そう、この者は初期設定用のNPCなのだろうな。
わざわざ声も妙に靄がかけられていて、男か女かすらわからないほどでもあるから、そういうものなんだろう。
「一つ目の質問。お前がアルタートラウムに持ち込みたい現実のものを三つ教えろ」
サービスに反映するためのアンケートみたいなものか。
普通に答えてもいいが、やはりここは俺なりに答えてみるとしよう。
「一つ目はスマホ。二つ目に銃。三つ目は高周波ブレード」
一つ目のスマホは、運営による連絡を手軽に受け取れるようにするため。βテスト時代には、運営からの連絡がゲーム内で見ることが出来ず、不便だったのだ。あくまでβテストだから制限して頂けかもだが。
二つ目の銃は、現実で銃を手に入れる機会がなかったから、その仕組みを知りたくて。手に入るものは手に入れて、分解して構造を見たりとかはよくやってきていて、それこそPCなんかはよく分解したものだ。
けれど、銃はそう簡単にはいかない。憧れはあるのだが、いかんせんこの国では中々手に入らない。
三つ目は遊び心である。アルタートラウムは、あくまでゲーム。高周波ブレードと言う、SFで出てくるような武器もあっていいと思うのだ。
ちなみに、高周波ブレードとは、高周波の振動を発生させる装置を剣に取り付けた武器のことを言う。
刀身が超高速で振動していることによって、通常の刃物よりも高い切断力を持つと同時に、振動により、高温な熱が発生するという代物だ。
まぁ、小説などといった架空の物語の中にあるようなものであり、厳密に言えば、現実にはないものなので、実装できないなら、実装できないで諦めるが。
「了解した。では、二つ目の質問。お前の、ねが……、いや、いいだろう。これはお前の言葉ではなく、お前自身に問わなければならないことだから」
そんな俺の適当な回答をモノともせず、黒いローブに身を包んだ者は話を続けていく。
最後に気になることを言っていた。
お前の言葉ではなく、お前自身に問わなければならないとは一体どういうことだ?
何が言いたいのか、それが俺には分からない。
「最後の質問だ」
だが、そんなことを深く考える時間の猶予は与えられないらしい。
「勇者として旅立つ、その覚悟があるか?」
「そんなものはあるに決まっているだろ」
俺の言葉に迷いはなかった。
このゲームをプレイすると決めたときからそんな覚悟など持ち合わせている。RPGとはそういうものだと俺は思っている。
このVRゲームが主流となってきてからは感情移入がしやすくなって、より一層それを強く思うようになってきた。
しかも、ファンタジー系統のモノは特に。
とは言え、そんなファンタジー世界に、銃やスマホ、高周波ブレードを持ち込みたいと答えている時点で、俺の思考は他人とは少しずれているのかもしれないな。
だが、その思考はすぐに振り払う。
「では、一条蒼真、生き残れよ。現実とは異なる世界、異世界アルタートラウムはお前の活躍を期待する」
そうして、俺は『アルタートラウム』のプレイを開始した。
これから始まる正式サービスで、どのような楽しみが待っているのか、それに胸を躍らせて。
スタート地点へ移動するため、俺の視界は徐々に狭くなっていく。
もう、この初期設定の場所には用がないのだ。
――――――現実を見失ったなら、自分でその現実を掴み取って見せろ。
俺は声を聴いた。
それは先ほどまでの靄がかかった不明瞭な声ではない。
そして、それは俺がよく耳にしていた声。
俺が憧れた男の持つ声。
宮本正邦と呼ばれる、一人の先輩の声だった。
その声のした方向には、先ほどまでの黒いローブに身を包んだ者がいた。
俺が視線を向けると、その者はフードを外して、こちらを見る。
ぼさっとした黒髪の間から見える、きりっとした目。目の少し下にある小さなほくろ。昔から見続けてきた、余裕に満ちた笑顔。
俺が目標としていた一人の男の姿がそこにはあった。
だが、彼はそれ以上何も口にしない。
「先輩、何故そこに……」
だから、俺から声をかけようとする。
するのだが、そこで俺の言葉は途切れる。言葉を発することが出来なくなる。届きそうなほど近くにいるのに、それはとてつもなく遠い。
視界が完全に暗転し、俺は何も行動できなくなった。
そして、気づくと、俺は草原にいたのだった。
どうも、レイアンです。
いかがでしょうか。
物語はまだ始まったばかり。これからも楽しんでいただければなぁと思います。




