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二話 負傷した傭兵 2

 とりあえず旅着の洗濯を終えた少女。

 水滴をぽつぽつと垂らす旅着を木の枝にかけて乾燥を待っていた。


 傭兵風の男が休んでいる木陰へと戻る、そして、男と同じく樹木に背を預けた。 


 少女は依然、と言うより、服を洗った為に必然的に裸のままであった。

 彼女としては裸でいることに特に抵抗はないのだが、一応は常識を考慮して雨よけのマントを羽織ることにした。

 男は、おいおい目が乾いちまうぜ、とわざわざと残念そうな顔をみせつけたが、すぐに冗談だ、と笑った。


 服が乾く間に昼食をとることにした。

 荷袋から木の実、野菜の乾物、干し肉を取り出す。

 腹の足しになるとよいが、と少女は男に干し肉を渡した。

 男は甚く感謝し、肉をほおばった。

 少女も食事を開始した。

 慎ましい昼食が始まった。


 「そいや礼がまだだったな。本当の本当に助かったぜ。嬢ちゃんがいなけりゃ、俺はひでぇ最後を迎えてたに違いねぇ、つっても、ひでぇ最後に負けねぇくらいの地獄を味わっちまったわけなんだけどな、だはは。まぁさっきの情けない姿は忘れてくれい。おぅ、自己紹介がまだだったな。俺の名前はラスタ・ベイリ、しがない傭兵よ。嬢ちゃんは?」


 しばらくは、傷口を押さえてうめき声をあげていたのだが、どうやら痛みも落ち着き始めたのか、男――ラスタは、すっかり本来の明るさを取り戻していた。


 調子を取り戻してよくしゃべるラスタを、ありのまま、よくしゃべる奴だなと思う少女。

 

 面倒臭そうな表情をしながらも、これも関わりを持ってしまった以上最低限の礼儀か、と諦め、


 「ルネ。家名は無し。まぁ見聞でも広げようかと勝手気ままに旅してる」


 適当に言って、手にしていた桃色の粒を口に放り込む。

 この木の実は桃恋樹と呼ばれる木からなる実で、携帯食料として扱われている。

 旅路の友として割と好む者は多い。

 口が上下して、かりこりと、音が鳴る。

 仄かな甘味が口の中に広がった。

 

 少女――ルネが木の実をつまむ一方で、彼女が言った言葉を聞いて、理解して、ラスタは少し考えさせられていた。

 家名がないとは、つまり家を捨てたか、捨てられたか、はたまた生まれた時に既に家族がいなかったのか。


 時代が時代だ。家名を失う者は少なくない。事実、ラスタは今までに、名前を持たない孤児があふれる光景をいくつも見てきた。

 

 いずれにせよ、家名がないというのは、いい意味を持たない。 

 言いづらい部類にはいる身性の事だ。


 まずいことを聞いたか? とラスタは思ったが、しかし、当の本人は気にしている様子が見られないの

で、必要以上に触れないようにした。

  

 「ルネか、よろしくな恩人様。それはそうと、お前旅人だったのか。なら仲間はどうしたんだ? まさか、この時代に一人旅ってわけはないだろ? もしかしてはぐれたのか?」


 「いや、一人で旅をしているが。仲間など連れたことはない」

 

 ルネの言葉に、ラスタは口を開けて、正気か!? と目で訴える。

 

 「おいおい冗談だろ!?」


 この時世、旅慣れた男といえど、一人旅は極力避けるのが常とされていた。

 国の囲いから一歩踏み出せば、途端に世界は一変し、危険要素が跳梁跋扈ちょうりょうばっこする別世界と化す。

 魔物、賊党、魔物の影響で敵愾心が増した多様な種族。

 世界は危険に満ちている。

 その危険をかいくぐるには傭兵を雇うなり、会合で同志を募るなり、何をするにも土地間の移動は人数を揃えることが必須とも言えた。

 

 それを大した目的もなく見聞広めの一人旅など、無謀を通り越してただの馬鹿である。

 魔物が存在するこの時代にわざわざ行うようなことではない。

 

 それに加えて彼女はまだ少女と言える年頃であり、なによりも女だ。

 鴨が葱を背負っているどころではない。

 甘い蜜を振りまいて吸い尽くされるの待つ雌花の様なものだ。

 

 自殺行為ではないか。

 

 思考を終え、ラスタは、このままではいけないな、と強く思った。


 呆然とするラスタ。

 会話の続きが返ってこないので、ルネの方が口を開いた。


 「おま、ラスタはどうした? 連れはおらんのか?」

 

 「ん、ああ、まぁ……」

 

 ルネの声の音に我に返り、言われた言葉に苦々しい笑いをこぼす。

 ルネの言動に驚かされてはいたものの、ラスタ自身、あまり人の事を言える立場ではなかった。 

 連れはおらんのか? その答えは、連れはいない。


 「俺も一人で旅をしてたんだ。本当なら二三人欲しかったんだが、どうにも集まらなくてな」


 「ふぅん。しかし、この先は辺境地だぞ。何を求めてきたのだ? まぁ、答えなくてもよいが」  

 

 「いや、隠すようなことじゃない。その辺境地に用があったんだよ。お前、この山の奥に村があるのを知っているか? ずいぶんと小さい村だ」


 ラスタは話し続けた。


 山脚の街に滞在していた彼は、山奥の村から下山してきた駐屯兵達を目撃していた。 

 何事かと調べてみれば、

 なんでも警備の必要がない場所から、駐屯兵を中央へと呼び戻しているとのことだ。

 その事実に、馬鹿な、と中央連中の正気を疑った。

 ただでさえ無力な村だというのに、

 これでは正真正銘滅びを待つだけの村になってしまうではないか。

 そして、いつの日か酒場で聞いた話しを思い出した。

 最近は辺境の村が次々と魔物の手に落ちているらしい、と。

 駐屯兵の存在が惜しくなり、それで村を捨てたのか。

 捨てられた村の事実を知ってしまった彼は思った。

 きっと傭兵の力を必要としているに違いない、と。

 いい稼ぎにもなるし、捨てられた村が不憫だと感じたのだ。

 そこで数名の傭兵に声をかけ、拠点を変えようと上手い話しを持ちかけたのだが、いい返事は返ってこなかった

 断られた理由は、

 本当に稼ぎになるという確証が薄いこと、

 山道の途中でオークの群れが発見されていたこと、

 山奥の村に魅力を感じないこと、

 そしてなによりも、駐屯兵がいない辺境地は危険過ぎるとのことだった。

 その全ての理由にラスタはうなずけた。

 とても無理強いはできない。

 ラスタ自身、命知らずの蛮行だと重々に理解していたからだ。

 しかし、それでも、一度決めたことを曲げるのは無様だと思った。

 あれだけの傭兵達に声をかけて回っていたのだ。

 引き下がるには顔を知られすぎたし、引き下がるつもりもなかった。

 そして、彼は一人で旅立った。 

 村の力となるために。


 語り終え、最後に、割と自分は正義感が強いのかも知れない、なんてことを言って、すぐに戯言だ、と付け加えて濁した。

 

 「いや、正真正銘、正義感は強いだろ」


 ルネが言う。

 

 「ははは、やっぱそうか?」

  

 その言葉に嬉しそうな笑みをみせるラスタ。 

 三十代前半だと聞くが、笑う時だけはどうしても少年のような幼さがみえてしまう。


 「私は正義感などというものは嫌いだがな。あれに囚われれば、ヒトは早死する」


 「そっか? 俺はなんかそういうの熱くて好きだけどな。それに正義感の持ち主は昔から悪運が強いって相場は決まってんだぜ? 俺みたいになっ! ははは」


 「純粋に運が良かっただけだ。誰かの為に、なんて自分の命まで秤に載せる様になったら人間、末期だぞ」


 「へへへ、そうかもしれねぇな、だけどよ、それじゃあ俺達の為に戦ってくれている勇者様をも否定しちまうことになる。それによ、勇者みてぇに自分の命を賭けるだけのモノを持って戦う人間を、俺はかっこよく思うがなぁ」


 「さぁどうだか。果たして、勇者は本当に私達の為に命を張っているのか……私にはいいように言いくるめられて、無理矢理魔王との戦いを強いられている道具にしか見えんがな。一度、勇者様とやらの本心を聞いてみたいものだ」

 「おいおいダメだぜ、勇者の冒涜は」

 「ああ、そういえばそうだったな、すっかり失念していた。たしか、一月の獄中生活だったか?」

 「三月だ」

 「長いな。どうする? 私が牢獄にぶちこまれる様を見てみるか?」

 「心配せんでも命の恩人を脅すつもりなんてまったくねぇよ」

 「心配していないがな」

 「それは俺を信用してるって意味かい?」

 「会ったばかりの者を信用するはずないだろうが」

 「おっほ、言うねぇー、いやまいった」

 「あ、いやすまん、言いすぎた」

 「いや全然気にしてねぇよ。むしろ感心してるところだ」

 「はぁ……?」

 「まだあそこの毛も十分に生えてねぇのに、でけぇ肝っ玉を持ってるよなぁってな。ああ、玉はないか、だははは」

 「、…………あのなぁ」

 「まま、睨むなよ。可愛い顔が台無しだぞ? まぁあれだ、俺はよ、自分でいうのも癪だけど馬鹿なんだわ。それも超がつくほどな。だから自分の気持ちには逆らえねぇし、その気になれば誰かの為に命だって余裕で天秤に乗せられる。言うだろ? 正義感の持ち主はよ、総じて馬鹿だと相場は決まってるって」

 「それはどうかしらんが、ラスタが馬鹿なのはわかった」

 「へへ、そりゃどうも。で、まぁ、だからよ、悪りぃが俺の命、勝手にお前の為に使おうと思う。お前に命を拾われたんだ、お前の為になら、天秤が釣り合うのは当然ってもんだ」

 「…………はぁ、お前が救いようのない馬鹿とはおもわなんだ。そのボロボロの身体でよくも言えたものだ」

 「ははは、ちげぇねぇ!」


 溜息の後、ルネは荷袋を漁って、二枚の干し肉を取り出した。

 割と厚めの、肉類の中でも高値で捌かれる牛の肉だ。


 取り出した干し肉を、今だ大口を開けて笑っている男の口内に、無造作に二枚ともを詰め込んだ。

 がふっ、と喉を詰まらせて、若干焦り気味のラスタ。

 そんなラスタを無視してルネは腰を上げて立ち上がる。

 立ち上がる途中で、


 「無駄話は終わり。いいからそれを食え」


 言って、ルネは水袋を持って、水分補充のために湖水へと歩き出す。

 


 「おいおい、こんなには貰えねぇよ! ってこれ牛肉じゃねぇか! 別に腹は減ってねぇぞ! 勿体ねぇって!! おい!」


 「いいから食え。だいぶ血を流したんだ、それを食って血を作れ。傷の治りも早くなる。――それに、今後の方針だが、私が決める。私の服が乾いたらお前が滞在していた街に向かう。そこまでは送ってやる。山奥の村は……今は諦めろ。傷を治さんことにはどうにもならんだろう。――それでいいか?」


 背中を見せた状態、肩ごしにラスタを一瞥して告げる。

 

 山奥の村を諦めろと言われたことには、異論はなかった。 

 この傷で村に着いたところで仕方がないし、こうなった以上自力でたどり着くのは不可能だ。

 選択肢は一つ。少女の手を借りて、少女の意思に従うしかない。

  

 納得をいかないのはこの干し肉だが。

 もう口に入れられているし、しつこく遠慮をするのもみっともない。

 心の中で深く感謝し、ラスタは彼女の好意を受け入れた。

  

 しかし、心の中だけではやはり寂しかったので、


 「何から何までほんとすまねぇな。ルネ、お前、最高にいい女だよ」

   

 と後ろ姿に向かって叫ぶ。


 ルネは、

 

 「だろう? これでも伊達に、ひとでなし女、や、魔女、人の魔物、と蔑称をいただいていたわけではないからな。もっと褒めていいぞ」


 などと卑下して、薄い自嘲の笑みをつくる。

 

 「おいおいまじかよ、どこのどいつだ、そんなひでぇこといいやがるのはっ! 俺なら、こんな状態じゃなけりゃとっくの昔にお前を押し倒してるところだ。そんで、家に飾っときてぇぐらいだ」


 「……お前、自分の娘ぐらいの女に欲をみせるのはどうかと思うぞ?」


 「それは娘がいたらの話しだろ。あいにく俺に娘はいねぇ。それによ、肝心なのは自分の娘か娘じゃないのかってことだ、いい女に年齢は関係ねぇんだからなぁっ!! はははは!」


 「やっぱりもう褒めんでいい。背筋が寒くなる」


 ルネは苦々しくも、冗談っぽく笑って言った。


 

 

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