一話 山賊と小さな村の終わり
残念な文章力ですが、お許しください。
書いてくうちに改善していくと思います。
卑猥な表現が含まれますので苦手な方はご注意を。
遥か昔、勇者によって打ち倒された魔王。
深い奈落へと堕ちた魔王は、肉体を失った霊魂となり、長い長い眠りについていた。
しかし、千年の時を経て、魔王は再びこの世界に受肉を得た。
そしてその日。平和な日々は終わりを告げた。
暗黒の時代の幕開けであった。
魔王とともに滅んだ種族――魔族が蘇り、魔族は魔物を生み、世界に絶望を振りまいた。
人類は、戦争のない平和な日々の代償として、弱体化の一途を辿っていた。
突如として崩壊した太平の世の終わりに、人類は対応する事ができず、また、対応できるだけの力も失って久しく、まともな抵抗もできずに多くの街や村が滅ぼされていった。
魔王が復活してからの数十年は、まさに地獄の日々だったと言える。
しかし、かつて魔王を退けた過去を持つ人類も、ただ蹂躙されるだけの、滅び待つ弱い種族ではなかった。
受け継がれてきた先人の伝承を思い起こし、勇者の選定を行った。
世を闇に包む者が存在せし時代、神の陽を以て闇を払う者もまた存在せし。
魔王が復活すれば、勇者としての素質をもった超越者もまた生まれる。
それが、先人が謳いつづけてきた伝承だった。
その本質を忘れて随分となる祭祀殿の神子達であったが、遠い時代を超えても尚、その力は健在であった。
やがて、神子の神託によって勇者の存在を知り、あるいは誕生を知り、人類の存続が一人の人間に委ねられることとなる。
そして人類の未来を託されし者――勇者となった人間は、勝利を誓い合った仲間とともに魔王に挑んだ、再び、魔王の野望を打ち砕かんと――
だが、現実は非情にして残酷だった。
魔王に挑んだ勇者は殺されて、死んだ。
勇者は強かったが、それ以上に魔王は強かった。
希望の光である勇者を失った人類はと言うと――次なる勇者を選定することに成功していた。
魔王が存在する限り、勇者の定めを持つ者は生まれ続ける。
では、いずれ魔王を倒す勇者が現れるまで耐えれば良い。
勇者が魔王を倒すまで、人類は守りに徹すれば良い。
そして、この物語は四度目の勇者が魔王によって殺された年から始まりを告げる。
◆◇
ぼうぼうと音を立てて燃え上がる火柱が、夜闇を赤く照らしている。
山間にある小さな村が山賊に襲撃され、既に落ちていた。
男は殺され、女は穢され、山賊達は略奪の極みを尽くしていた。
村人たちの財産は炎を宿す薪と化し、喰われる様に、火の渦に包まれていた。
燃え爛れる家々の中、一つだけ火がつけられていない家があった。
割と大きな、宿屋を営んでいた夫婦の家だ。
飛び火しない開けた間隔に立つ宿屋は、略奪の成功を祝う山賊達のパーティー会場となっていた。
三十人近くの山賊達と、捕らえた村娘達が密集する空間。
食堂が設けられた一階では、半数程の山賊が酒杯を片手に、下品な笑い声を重ね合わせ、頭の悪そうな雑談で盛り上がっていた。
二階の客間では、もう半数の山賊たちが、寝床の上に押し倒した村娘を貪るのに夢中であった。
噎せ返る様な濃い酒臭と、囂しい談笑。
鼻をつく生臭い性交の臭いと、無理やりに絞り出される悲鳴にも似た淫声。
腐った時代が作り出す、悪辣な光景だった。
魔王の登場によって国の警備団体が注意すべき対象は、盗賊や山賊など同族の敵から、魔物へと移り変わっていった。
魔王が齎す残酷な世界に便乗して、その一役を担う山賊達。
腐りきった人間性を持つ彼等には、人類共通の敵であるはずの魔王、魔物など知ったことではなかった。
共に立ち向かうと言う和解の意思は存在せず、以前と変わらずに、むしろ魔王側と呼べる立ち位置で、欲望のままに世を乱していた。
二階、一番広い客間の一室で山賊の頭とその側近達は居た。
備えられた二つのベッドには、それぞれ、特に容姿が良かった女が寝かされていた。
二人の女。一人は村の娘で、もう一人は旅の途中で宿に寄った旅人だった。
村娘は美しいが、若さによるものが大きかった。
一方、旅人の女は若さだけではなく、息を呑むほどの美しさを誇っていた。
年の頃は村娘同様成人を迎えたばかりと言ったところか。(成人は十六歳から)
光沢のある金色の髪を肩口まで垂らし、時に羽の様な軽さをうかがわせる。
旅着の合間からのぞく肌は透き通る様に白く、諦めた風に瞑目した表情は、どこか人外めいた美しさを秘めており、犯し難い気品を漂わせていた。
後ろ手に縛られ、身体の自由を奪われた二人の女。
どちらも少女と言っていい外見であり、事実、少女と言える年頃だった。
村娘は涙を流し、全身を恐怖に打ち震わせていた。
対照的に、赤黒い旅着を着る少女は、眠る様に抵抗せず、無気力に横たわっていた。
「頭、こっちもらってもいいですか?」
二人の側近の内一人、細身ではあるが長身で、絞られた筋肉が目立つ若い男。
彼は村娘の方を一瞥し、自分等の頭に問うた。
「ああ、そっちは好きにしていい。遊びあきたら好きな様にバラせ」
「へへ」
山賊の頭のかすれた声に、好色の笑みを返す細身の男。
その頭の一言に村娘は、ひっ、と小さく悲鳴を漏らし。今以上に涙を流し、恐怖の感情を膨らませた。
恐怖に犯された精神は既に限界近くまで来ている彼女だが、それでも理性を保ち発狂しないのは、五月蝿く騒げば殺す、と脅されていたからだ。
「頭ぁ、こっちはダメっすよね?」
旅着の女を見て生唾を飲み込んだ男――側近のうちのもう一人。
細身に長身である若い男とは何もかもが相対的で、太った身体に身長もそれほど高くない、脂ぎった顔つきの中年男。
「そいつはダメだ。見りゃ分かるだろ。こんだけ素材が良ければどんな戦利品よりも高い値段で貴族の豚共に売れる。そんで、あいつらは新しい物を好む。使い古されたアレじゃあ満足しねぇし、金も出さねぇ」
「そっかぁ、もったいねぇな。俺ぁコイツみてぇに澄ました顔のやつを、ぐちゃぐちゃに泣かせるのが好きなんだけどなぁ」
「まったく、好きだなテメェは、まぁ、だが一回ぐらいなら貴族の豚もきづかねぇ」
「おお、じゃあやっていいんですかい!?」
「どあほうが。一等品をボスに差し出さねぇでどうする? まぁ、後で口を使わせてやる。それで満足しとけ」
「うへへ。まぁ、仕方ねぇですやね。楽しみにさせてもらいやす」
下衆た会話が交わされる。
村娘は既に細身の男に手をかけられ、服を破かれていた。
堪らずに泣き出した彼女を、男は破った衣類を口に詰め込んで黙らし、必死に抵抗する華奢な身体を力づくでねじ伏せた。
隣のベッド。薄く開けた瞼の先で、その乱暴な光景を横写しに見る。
次は自分の番だ。自分もああやって汚されるのか。
はぁ、せっかく野宿生活から開放されていたと言うのに、最悪だ――旅着の少女は心中にて自分の運の悪さを嘆き、そして、深い溜息を吐いてから、半開きの視界を完全に開放した。
「くく、ははははっ」
上身でバランスをとり、上手く足を使って起き上がる。それから彼女は狂人の様に笑いだした。
細身の男は行為を中断し、訝しげに隣の少女を見遣る。
男の下敷きになる村娘も、目を丸くして彼女をみていた。
「なんだぁお前。気でも狂ったのかぁ?」
太った側近が怪訝な声色を出す。
「そうかもしれないな。なにせ私は、これからお前たちに無理矢理犯されるのだ。気が狂ってもおかしくはないだろう?」
真っ直ぐと、山賊の頭とその側近を睨みつけて言う。
言い放った内容とは裏腹に、声に震えはなく、現状の割には怖気づいた様子は見受けられない。
「ふはははは――、あぁそうだな。……くく、急にどうしたと思えば、怖くなったか? まぁ安心しろ、お前が思ってるほど酷いもんじゃないし、痛くもない。むしろ、慣れてくると病みつきになる」
そう言って、一瞬呆気にとられていたが、すぐに貫禄を取り戻した山賊の頭。
低いがらがら声で笑いかけ、少女へとにじり寄っていく。
そろそろ疼いていたものが、抑えられないところまで膨張してきていた。
山賊の頭は、目の前のご馳走の味を想像して、怒張するものが湿り気を帯びるのを感じていた。
多少おかしくなっている様だが、やはりこの女は絶品だ。
その凜然とした態度も、物怖じない表情も、全てが性欲をくすぐる良い香辛料となる。
その金糸で編まれたかの様な髪を掴み上げて、首を締めて、苦痛に歪むお前の顔を強引に貪りながら、全てを奪って、絞り尽くしてやる。
後ろ手に両手を縛られ、自由を奪われた女。泣き叫ぶ姿が安易に想像出来る。
口角が釣り上がり、思わず涎が出そうになる。
流石に牡犬の真似事は滑稽なので、涎が垂れるのは耐えたが、どうも目の前の少女にはその様が笑いかけている様に映ったらしい。あろうことか、少女は微笑みを返してきたのだ。
これからされる事を理解していて、その余裕ぶりとくれば、最早誘っているとしか思えない。
「くくく、お前も待ちきれんと言った感じではないか。せいぜい、俺のを飽きさせない様にがん―――、ん……? 何だこの臭いは?」
突然、鼻をついた異臭。
頭は顰め顔で不快な臭いの根源を探る。が、探る必要もなく、原因となった者が自ら痴態を告白した。
「ふふ、すまない。あまりの恐怖ゆえ、もよおしてしまったようだ」
鳶座りの少女の股部から薄い色を含んだ染みが毛布に広がっていた。
そして、一体何が可笑しいのか、少女は含み笑いを浮かべていた。
まさか、と一瞬目と耳を疑った山賊達。
気品すら溢れる、この凜然とした佇まいの女が、この様な醜態を平然と晒し、公言するとは。
あながち、恐怖から気が触れていると言うのも嘘ではないのかもしれないと、山賊達は思いはじめた。
しかし、萎える事をしてくれたものだ。
興を逸らされた頭は、不快感を顕にする。
「おい、お前ら、さっさとコイツに井戸の水をぶっかけてこい」
がらがら声を不機嫌そうに鳴らし、二人の側近に指示を飛ばす。
命令を発せられた二人は、素直に返事を返し行動に取り掛かった。
「ったく、いいところで邪魔しやがって」
細身の男が旅着の少女を強引に立ち上がらせて、歩かせながら呟いた。
「まったくだぜ。――後で覚えてろよ。俺は小便垂れながそうが、泣き喚こうが、絶対に止めないからな。楽しませてやるぜ、へへ」
そう、耳に吐息がかかる距離で囁いてから、太った方も少女を無造作に引っ張っていく。
「あいにく忘れっぽいもので、保証はできないが楽しみにしておくよ」
かかる吐息に若干引いた表情を見せるも、余裕を窺わせる態度は健在だった。
◆◇
女達の咽び泣く声が響き渡る二階と打って変わり、一階はむさ苦しい男達の騒々しい談笑が音を支配していた。
野外でやるのか? や、一発やらせろ、などと言った耳障りな茶化し言葉を適当にあしらいながら、少女を連れた二人の側近は宿の外へと向かう。
村の水源である井戸は、丁度村の中央に在る。
山間部の夜とは思えない程明々とした光源に照らされる野外。
木造である民家は、今だ激しい猛火をまとっていた。
地面に横たわる、無残な姿に変わり果てた村の男手達が照らし出される。
胴を裂かれて、腸を流失させている者に、達磨状態にされた者。
苦悶の表情を浮かべて転がる生首に、瞳孔を開き、恐怖を貼り付けて絶命した者。
あとは、抵抗した形跡を語る、短剣を手に握った腕などの、切り落とされた体の一部がそこかしこに落ちていた。
常人ならば吐気を催し、精神を蝕まれる違いない。
顔を背けたくなる醜悪な光景だった。
流石の少女も劣悪な惨状に何かしら締め付けられる部分があるのだろう。表情から余裕は消えていた。
しかし、吐気や嗚咽を催す表情ではなく、冷徹な瞳を作り、その光景を焼き付ける様に眺めていた。
「ああ臭せぇ臭せぇ。今でこんなに生臭いんだから、腐ったら手に負えねぇよな。いや、それにしてもお前も運が良かったなぁ、女に生まれてよ、へへ。男だったらこの中の一人になってたんだぜ? 神様に感謝しとけよ」
細身の男が少女をからかって笑う。道徳の欠片もない酷い内容だった。
「いやぁ、むしろ殺されてた方が良かったと俺は思うがな。なんせコイツにはこれから家畜以下の奴隷生活が待ってるんだぜ? 生まれてきた事を後悔しちまうようななぁっ」
同じく悪質な冗句を投げかける片割れの男。対して、少女は閉口し、先ほどから無言を通していた。
「おお、確かに、死んだ方がマシだなそりゃ、っははは」
「だろ? っへへへ。――――おおう、ついたぞ、おらもっと早く歩けっ」
井戸場に付いた一行。
太った男が少女の背中を一度蹴りつけて、井戸付近に転がした。
無様に倒れ込んだ少女を見て二人して笑い、それから細身の男が井戸から水を組む作業に移った。
残った男は、地面に伏した少女へと寄り、逃げられない様に踏みつけようと足を下ろす。
自分の体重が乗れば、まず華奢な少女では身動き一つできなくなるだろう。
そう思って、うつ伏せになる少女の背中を踏もうと下ろした右足は――伸ばされた少女の手によって、がっしりと掴まれていた。
「なぁ!?」
どうして!? 男は焦った。
何故手を這わすことができた? いつ縄が解けか、いや、解いたんだ?
そして、それ以上の問題点を気付いて、背筋に悪寒を走らせる。
動かせないのだ。少女に握り締められた右足が。
大の男がどう踏ん張りを効かせてもピクリとも動かせない。
棒切れの様にか細い女の手を、どうやっても振りほどくことができない。
異常事態に他ならなかった。
相方は今だ下ろした桶を引き上げる作業に勤しんでいる。
少女の拘束が解けていると言う事態を知らせなければならない。
だが、予想だにしない非常事態に、男は言葉を失っていた。
少女の握力が増していき、足先に血液の循環が行われなくなっているのを感じる。
恐怖にも似た感情が意識を支配し、まともな判断を阻害する。
男が狼狽えている間にも少女は徐に立ち上がりはじめ、体制を崩した男は無様にこけた。
依然掴んだ右足を離さない少女は、そのまま力を込め続け、握り潰す様にして締め上げていく。
「あ、がぁぁぁぁぁあああ!! やめ、やめてくれっ」
やがて痛覚が我慢できる範囲を超えたことを知らせ、男は堪らずに悲鳴をあげた。
「どうしたっ!?」
何事かと、細身の男はすぐに手を止めて、悲鳴がした方向を見遣る。
そこには、右の足先を千切られた相方の、もがき苦しむ姿があった。
足先から鮮血を噴出させて、のたうち回る。
それを冷酷な眼差しで見下す少女。
その光景に、細身の男は身の毛を夜立ち、戦慄を覚えた。
一瞬、意識を飛ばされていた細身の男だったが、すぐに我へと返り、少女を見据えて対峙する。
「て、ててめぇ、一体何をしたっ!?」
怒鳴るつもりが、気が動転していたせいか思った以上に声量はでなかった。
「し、い、いつ縄を解いた、いやどうやって解いた!? それに、てめぇ、ご、ゴズに何しやがった!?」
なんとか言葉を紡ぎ出す。その際、腰に帯びた胴剣を抜いて身構えた。
「縄を解いたのは宿を出た瞬間。後はそれっぽく持ってただけ。で、縄を解いた方法は、どうやってもなにもただ単純に腕力にものを言わせて引きちぎっただけ。あとコイツは、見ての通り、足首をもいだだけ」
淡々と言って、男の足を放り投げ、真っ赤に染まる手先を見せつける。
「っはっ、お、お前一体なんなんだっ。お前。お前、殺してやる、ぶっ殺してやる……」
呼吸困難にでも陥っているかの様に、息を荒げる男。
焦点の合わない虚ろな眼で、少女を殺すべき敵と独断する。
胴の剣を正面に掲げ、少女に切り掛らんと突進を――
「さっきこんな物拾ったんだけどさ、多分これ、私が持つよりお前の方が相応しいと思うんだ。だからこれ――くれてやる」
と、冷淡な響きを流し、少女は血に濡れていない方の手を、すっ、と揺らした。
「―――な、っがぁっっっ!!」
瞬間、銅剣を手に迫っていた男の動きが止まる。
男の喉元には小さな刃――簡易な作りの短剣が突き刺さっていた。
その短剣は、井戸近くに落ちていた村人の腕、その腕に握られていた物だった。
うつ伏せに倒れた男は、喉元の短剣を深く押し込んで絶命した。
「たたたた、たす、助けてくれっっ!!」
一連の流れを凍りついたかの様に眺めていた男、相方の死亡を受け入れた瞬間、我に戻る様にして叫声をあげた。
切断された足を握りしめて、絶え間なく流れる赤を必死に止めようとしながら、泣いて慈悲を求め、懇願する。
普段ならば脂汗を滾らせている顔面は、今は大量の冷や汗が滲みでていた。
気づけば小便を垂れ流し、悪臭を漂わせている。
死にたくない、生き延びたい、と言う生命力を瞳に宿し。懸命に少女の情けを買おうと、心にもない戯言を次から次へと吐き出して、無力で無害な小動物ぶりをアピールする。
足元にすがりつく、そんな男を、少女は酷く醜いと思った。
「……お前はそうやって命乞いをした村人を見逃したのか?」
まるで悪魔の様な、温度の篭らない無機質な音を出す。
「ひっ――」
「――なんて、お決まりの台詞は言うつもりはないんだけどさぁ――」
一転して、声に感情を戻す少女。今度は不自然なほどのあどけない口調で、
「あぁ! そうだ。私の記憶力に感謝をしろよ。お前言ったよな、私が小便を漏らしても、泣いても、喚いても、どんなに嫌がっても、絶対に止めてくれないで、私を楽しませてくれるって?」
「は、ぇ……あ、あぁ」
男の瞳孔から徐々に光が失われていく。変わりに、絶望の色が浮き出てくる。
「でも、お前。そんな状態では満足に私を楽しませることなど叶わんだろう? 私にしても十全でない者に期待をしていない、そこでだ、実を言うと私もお前と似た趣味をしているんだ。例え相手が、小便を漏らそうが、泣き喚こうが、命乞いをしようが、醜態を晒そうが、足を無くしていようが、絶対に止めない、止めてやらない。いい機会だ。たまにはお前も逆の立場――侵される者の気持ちを味わってみたらどうだ? ――そう緊張することはない、まぁ、だから、楽しめよ」
少女の手に淡い光が纏われていく。
そして、男は死を覚悟し、その覚悟が何の意味も齎さなかったことを悟り、絶望と恐怖のうちに殺された。
◇◆
両手を真っ赤に濡らし、少々の返り血を全身に浴びた少女。
コンパクトに解体された脂肪の塊に、冷ややかな一瞥をおくってから、少女は井戸場を後にした。
宿屋付近に戻ると、相変わらず耳障りな大音声が響いていた。
今しがた行われた仲間の処刑には、気付いていない様子だ。
酒の味に思考を酔わせた連中に、女を貪るのに夢中の連中。まぁ、気づくはずもないか、と少女は憂いを払い、宿屋の周囲を、地面を、目を凝らしてある物を探す。
見つけた。
無造作に置かれた、否、放り出された荷袋と長剣。彼女の所有物だ。
宿の一室を借りていた彼女、山賊の襲撃を感知し、脱出した際に便利なようにと、二階の窓から投げ出していたのだ。
荷袋を拾い上げ、軽く土くれを払った後に背中に背負う。
長剣を腰脇に装備する。
(はぁ、またしばらくは野宿生活か……一番近いところで、たしか山脚に街が一つあったはず……山二つ、超えないといけないよな。……はぁ、ほんと、馬鹿山賊)
隣の建物でかしましい音を立てて騒いでいる山賊連中に悪態を吐きながら、少女は村を出ようと歩を進ませた。
仄かな熱気を受けながら、焼けた村を後にする。
最後に肩ごしに後ろを振り返り、破壊と略奪、惨殺と強姦に見舞われた村の姿を心に焼き付ける。
そして少女は思う。
――仕方がない、これも彼等が招いた結果なのだから、と。
◆
彼女がこの村に滞在していたのは三日前からだ。
そして、彼女は知っている。この村が山賊の襲撃を受けることとなった経緯を。
三日前。
交通の不便極まりない辺境の村ではあるが、一応、国から派遣されていた駐屯兵団が存在していた。
だが、魔物の勢力拡大に備えて、領国から駐屯兵にも招集の声がかかった。
駐屯兵が中央に帰還すると言うことは、この村を守っていた武力を失うことと同義であり、詰まるところ、この村は捨てられたのだ。
二日前。
駐屯兵士が消えるのを待っていたかの様に山賊達が襲来した。
そして交渉を持ちかけたのだ。
週に一度貢物を献上せよ、さすれば略奪は許し、ある程度の平和は約束してやる、と。
貢物とは作物や編み物、または若い女と言ったところ。
村人はと言うと、その申し出を思案を巡らせたあげく断った。
見くびるな、と。駐屯兵がいなくとも、自分達の身は自分達で守る、と。
自分達の実力を把握し、自覚している上で、彼等はそう断言したのだ。
その時少女は思ったのだ。
自惚れている、と。
駐屯兵の実力と装備を無くして、山賊に勝てるはずない。
十人掛りで最弱の魔物一匹をやっと仕留められる戦闘のど素人と、片や、深い山奥を根城に、魔物と縄張り争いを続けてきた、野生の中で実力を育んだ屈強な男達だ。
変な矜持を持たずに、弱者なら弱者らしく、なりふり構わず生き残る道を選べば良かったのだ。
山賊の交渉を受け入れれば、確かに彼等は傍若無人の限りを尽くすだろう。
だが、下手に抵抗して皆殺しにされるよりもマシと言うものだ。
虐げられるのは当然だ、弱いのだから。
この世界はいつだって弱肉強食である、特にこの時代はその仕組みが顕著に現れている。
一息に食わないで時間をかけてやろうと慈悲をもらっているのだから、素直に従えば良かったのだ。
生きている限り、いくらでも隙をつく機会はあったのだから。
山賊と対立することになり、男達は自らを奮い立たせ、女は子供を抱いて男達の勝利を祈っていた。
緊迫感と殺伐とした空気に村全体が包まれる中、少女は他人事の様に、事実他人事としてその様子を呑気に眺めていた。
そして三日目の夜。
夜襲を仕掛けてきた山賊達の暴力によって、実にあっけなく村は陥落した。
予めこの結末を予感していた彼女は、拘束される瞬間まで、いや拘束されても尚、一切取り乱すことなく無関心を貫いていた。
山賊が村を襲うだろうとわかった時点で決めていたのだ。
この村の最後を目に焼き付け、心に刻み込んでおこうと。
彼女の中に眠るナニカが目覚めるかもしれない事を期待して。
だが、どうやらそれは叶わなかったらしい。
だから、こうして村を出た。
漠然とした思いがよぎる。
この顛末、誰が悪いのかと言えば、それは十割山賊達が悪い。
だけれども、自業自得だとも思った。
弱さを受け入れられない者は、強くなれないし、生きてもいけない。
自ら自滅する選択を選んだのだ、だから彼女は干渉しない。
死んでいった者に、犯された者に、助力を尽くさない事に許しをこう。
悲しいが、胸がつまる思いだが、それでも超然と生きることを誓った彼女が、彼等に干渉することはない。
赤い廃村の姿が徐々に小さくなっていく。
それに伴い、少女の姿も小さくなり、やがて夜闇の中へと溶け込んでいった。
まったり更新していきます。