3.ここからが本番。
『まァ、確かにお前は悪なドラゴンだが、ブラックドラゴンが生きていた時代なんて今から何百年前だァ。皆忘れてるってェ!』
アマサが持っていたタオルで一回り大きくなった愛剣を拭き取りながら、自分は今も昔も悪ということにしょんぼりしている私を励ます。
「そうなのかな...」
『大丈夫大丈夫!集落の奴らが知っていたら、今頃町に知れ渡って、害龍討伐隊が来てお前ぽっくりと死んでるぜェ』
その言葉はまるで私が集落を襲ったことを知っているように聞こえた。
「...アマサ、私が集落を襲ったことを知っているの?」
『もっちろん!オイラは耳がいいからなァ!叫び声なんてすぐに耳に入ってくるぜェ』
...成る程、あいつら叫びまくってたからなぁ。幸い聴こえていたのはアマサだけらしいし、もしも町まで聴こえていたら...。ないか。
もう一つ、アマサに気になる言葉を聴く。
「ねぇ、そのナントカ隊を詳しく」
『害龍討伐隊かァ?その名の通り、人に害を及ぼすドラゴンを討伐するために、このマラスを治める王が色々な村とか町から寄せ集めた騎士達を言うんだィ。だいたいは村人の情報を頼りにしているから、情報がない時はあんま働いてねぇンだな』
自分で何とか情報収集とかしないのだろうか。どんだけ他人まかせねん。
『このマラス地方に住むドラゴンの半分の大抵が「害龍」だァ。ブラックドラゴンも害龍の一匹ってこった。疫病を撒き散らすからなァ』
__やっぱり自分"悪"じゃないか...。
転生してドラゴンになったものの、"悪"の称号付の伝説のドラゴンなんて。これじゃあ自由に飛びまわれないし、町にも絶対に行けない。
ナントカ討伐隊にも、これから先気をつけなければいけない。夜襲にも備えなければ...ああ、ぐっすり眠れないではないか。
「...もう生きていく自信がないべ...」
『そんな顔してねェで、これから先を考えたらどうだィ。伝説なんだろ?人間とかにならねェのかァ?』
無理。
それしか言えない。何も考えられない程絶望に達していたのだ。神様が折角あたえてくださったであろうこの命を人間のクズ共によって失ってたまるか。
って、自分も元人間じゃないか。
そう、人間になれれば...町を自由に動くことも出来るし、ナントカ討伐隊に襲われる心配もない。食事もそろそろ普通のを食べたい。出来れば焼きそば...レモン...レモン...レモン食いたい。そういえばレモンこの世界にあるのだろうか。あのさっぱりとした酸っぱさ...是非アイスにして食べたいものだ。
『なァによだれ垂らしているんでェ』
アマサに言われ、ついつい垂らしていたよだれを腕で拭き取る。でも本当にレモン食べたい...。
アマサはため息をつくと、腕組みをして話だした。
『読心術でおめェの心読ませて貰ったが、人間になりたいなれないんだろォ?』
はい。まさにその通りです。レモン食べたいんです。私は大きく頷いた。
『もしかしたら...なれるかもしれねェなァ?』
「えっ?」
......なん...だと...。
「なれるだと?確かに言ったね、それに間違いはないね?間違いだったテヘッなんて言ったら噛み付いて疫病にかからせて寿命減らしてから一気に踏み潰すよ?」
私はふーっと吹きながら、ぐりぐりと鼻先をアマサに押し付ける。アマサをそれを嫌そうに鼻先を押し戻し、咳払いをした。
『やめろって。えっとなァ、"不知火の泉"って言う泉があって、シラヌイラドンというドラゴンが死ぬ間際に沈んだ泉があるんだィ』
シラヌイラドン。集落の子供が自慢気に他の子供に話していた白い体をしたドラゴンだ。綺麗な海に存在していた神秘のドラゴンで、夜になると海の上で白い体が真っ赤に輝くんだそうだ。見られる確立はとんでもなく少なく、見た人は幸せになれるとか。魔力はブラックドラゴンの比にならない程上に及び、人間にもなれるから、子供と遊ぶこともあるらしい。
近代化により海水が汚くなって棲む場所がなくなり、もう何年か前に絶滅しただとか。
『シラヌイラドンは人間になれることを知っているよなァ?そいつが沈んだ泉だから、人間になれる程の莫大な魔力が水に溶けていると思うんだィ。それを飲めば...ボンッ、って訳だィ』
成る程ね。それをがぶ飲みすれば人間になれるし、しかも魔力が溶けているから最高の飲み水にもなる!恐怖はないけど、それなりの味になるはずだ。ぐへへ、旨そう。おっとよだれが。
「で...その不知火の泉はどこにあるの?」
『知らねェよ』
え?
人間になれるかもという希望。アマサは輝かしいそれを、一言で打ち砕いた。希望という光が差し込まなくなった私の心に厚い雲が覆い、また真っ暗な闇が訪れる。知らない?自ら作った希望を自分で壊しちゃったよ。話を聴く前よりガッカリするよ。
『ピクシーの間で知れ渡っているあくまでも"噂"でェ。あるのかどうかも確証もねェし、そんな泉あったら人間になりたいドラゴンがとっくに飲み干しているァ』
確証もない噂を話すなよ。
少しでも希望を持った私がお馬鹿だった。ていうか見ず知らずの人の言うことだなんて大体は嘘だし...。ああ、もうどうでもよくなってきた。
体を倒して横になると、目を閉じた。まだ昼なのに、何だか眠くなってきたのだ。もう討伐隊に狙われて殺されてもいいや。また転生して元の世界に戻ればいいんだし。
もう魔力とかドラゴンとかこりごりだよ。
『おい!昼なのに寝るのかァ!?』
ああ、寝るさ。寝てやるよ。
私はドラゴン人生を投げ槍にして、また夢の海に沈んだ。
「うう、喉渇いた」
私は森の中を彷徨っていた。寝ている途中喉が渇いたのに気づき、川を探しているのだ。水分なら人間の血を飲まなくても、川の水でも大丈夫なのだ。
人間の血の方が旨いのだが。
勿論最初は飛んで探そうと思ったが、羽ばたく音を集落や町に聞かせたくないため却下。
暫くずっと歩いていると、先に何か輝く物を見つけた。よく見てみると、泉が輝いている。しかも、透き通った綺麗な水だ。
「水だぁ...!」
私は走り出した。頭の中は水のことにしかなかった。泉の側に走って来て、飲もうとした瞬間、足が滑った。目の前に、泉の水面が迫ってくる。
「わ、わわわわ!」
一気に水に飛び込んだ私は、衝撃で水を飲んだ。あ、血程ではないが旨い。私は泉の中にも関わらず、水を吸い込み飲んだ。美味しい。
そろそろ泉から出るかと思い、腕を前に出す。綺麗な肌色...鱗なんてやっぱりないほうがいいよねー。私は腕をバタバタと振りながら、泉の淵を掴み泉から出た。
また飲もうと、泉に顔を近づけた瞬間だった。泉に、肩まである長い黒髪の赤い目の少女の顔がそこにいた。一瞬驚いたが、自分の顔だ。キャアコワイ。
体を確認する。黒い鱗はまだあったが、それは黒いレースを用いた服としてどんどん変わっていく。やがて鱗が全て服や肌になった時、私は完全な人間になっていた。
透き通った肌色の腕と脚。だけど、それでも不思議な魅力はある。そして顔。真紅の赤い目と黒い髪。右の目元に泣きぼくろがある。元の姿を元にしたんだろう。
『おーい、どこに行ったんだァ?』
奥から緑色に光るアマサが現れた。急にいなくなった私を探しているのだろう。やがて、アマサは私を見た。
見た瞬間、急にアマサの頬が赤くなったのは気のせいだろうか?
『...!...どうしたんだィ、こんな真夜中で泉の前に。喉でも渇いたのかァ?』
アマサは私だと思っていないのだろう。
『...それかあれかァ?お前結構可愛いから不細工な男から逃げて来たんだろォ!大丈夫、オイラが相手を...ゴフッ!』
たまらず殴ってしまった。今は人間だが、元々がドラゴンということなのか、結構な威力はあるらしい。アマサが私の手より小さいため、体全体を殴っちゃったのだが、大丈夫だろうか?
『痛ェ!お前許さねェぞ、今すぐオイラの剣がお前をめった刺しに...』
一回り大きくなった剣を振り上げる。どうやら平気なようだ。
「アマサ!」
剣を持ったアマサが固まった。人間の時以来から喋ったのは久しぶりだったので言葉がおかしかったが、何とか伝わったかのように見える。私は近寄って剣を取り上げてアマサをじぃっと見つめた。
アマサは殴られた体を摩りながら、私の顔を見つめていると、いつかおお~と声を上げた。
『へェ、人間になれたのかァ?』
「うん。そこの泉の水を飲んだら、人間になれた。あ、もしかしてこの泉がまさか!」
アマサは泉に近づき、泉の中を見た。
『そうだなァ、多分、これが不知火の泉だァ。本当にあったんだ、凄ェ!』
暫くすると、泉の光がだんだん弱くなってきた。泉の光で照らされていた周りは一瞬にして暗くなり、辺りはアマサの光だけが暗闇に浮かんでいた。
アマサは光を強くする。
「光が...」
『多分、水に溶けた魔力を使い果たしたんだなァ。つまり、おめェが最後のお客なんだァ』
私は普通の泉となった不知火の泉を見た。心の中で人間になれたことに感謝した。
___ありがとう。
朝日が、私達を照らしていた。
ヒューマン!