2.こんな江戸っ子ピクシー見たことがない。
餌を食べ、寝床である山で私は野原の上に倒れこむ。眠いのだ。そういえばいきなりドラゴンになったもんだから、パニックになって寝てなかった。だけど、今じゃ普通に寝られるようになった。これは慣れている証拠。慣れって怖いね。
何日か前、私は『ドラゴン』の姿でこの山に倒れていた。トラックに跳ねられて死んだ筈なのに、私は生きてこのおかしな世界にいる。どうやら、私は転生して、元の世界ではなくこの世界に転送されたようで。川で自分の顔や身体を見た時は凄く驚いたもんだ。顔が黒い鱗に覆われていて、目は深い赤。大きな翼が生えていたのだから。それにしても、大型トラックに轢かれて転生なんて、なんという王道パターン。
記憶はあの事故から前は覚えていない。両親と姉妹である妹の顔はぼんやりと分かるくらいで、名前や、自分の名前さえぼんやりとしか覚えていない。いわゆる記憶喪失だった。ツライ。自分は人間であるが、どんな人間だったのか、名前すら分からずにいるのだ。つまり、私は無名である。
さらに自分でドラゴンとしての生活を作ったところ、それに自分が驚いた。山奥で起きて、近くの集落を襲って美味しい人間を食って、帰って寝る。食事となると、人間を食料として食べるのだ。果物とか他にあるのだろうに、人間だけ食べたいのだ。果物を見ても何も湧かないのだ。さっぱりしてそうな林檎を見ても、甘い桃を見ても。しかも、普通の人間を食えばいい筈なのに魔力やら恐怖を味わっている人間が好んでしまうのだ。ちなみに魔力は集落を襲う前に村人から聞いた。魔力を持っているほど、強力な魔法やら使えるらしい。最初は戸惑っていたものの、今じゃ戸惑いなくパクっといってしまう。美味しいし、生きたいしね。
夜になると、東の方角に、ある所だけオレンジ色に光って明るい。どうやら町があるらしいが、今この姿で町にいったら...町は地獄絵図と化すだろう。集落の私の反応を見て、ドラゴンは嫌われているらしいし。
人間になりたい...人間になって、あの町へ遊びに行きたい。はかない願いを持って漆黒の夜空に輝く月を眺めていると、次第に瞼が重くなってきた。月から溢れる黄金の光が、まるで「寝ろ」とでも言うように、私を優しく照らしてくる。私はそんな優しいお月様の下で、私は黒い翼を毛布みたいに身体に巻き、私は夢の海に溺れることになった。
『おい、てめぇ』
__何だよぉ
鱗が覆った身体に、何か振動が走る。ぺしぺしぺし。叩かれてるようだけど、痛くはない。だが、それは異常にしつこい。
何だか起こされているようだ。心地よく、ぐっすりと寝ているところを起こされるのは非常に気持ち良くない。寧ろウザい。
寝返りをうって、ちょっと唸る。
「...ほっといて...よぉ」
『あン?もう朝だぞ、まだ寝ているのかよォ!まぁ、オイラが目ェ覚まさしてやるよ!』
シャキン、という金属が何かに触れた音がすると、その瞬間腕に激痛が走った。私は絶えられず悲鳴をあげる。何かに切られたようで、ズキズキと痛む。
「痛ッ!」
『おぉ?さすがのドラゴン様でもオイラの剣には勝てねぇかァ!』
私はのそのそと起き上がり、寝ぼけ眼で腕を見る。血は出ていなく、鱗にちょっと傷が付いたくらいだった。ちぇ、対した怪我でもないのに起きてしまったな。起こされたイライラと怒りを持ち、声の主を見つけようと顔をあげる。
__え?
私の視界には、何か蛍のような青い光が飛んでいるだけ。人間とか、他の動物は周りにはいない。まさか、心霊だと?
『心霊にすんなァ!!』
怒声が響き渡ると、目の前にいた青い光が赤い光になった。珍しい蛍もいるものだ。
『虫すんなっつの!オイラは勇敢なる妖精騎士ピクシー、アマサ様だァ!』
その蛍の光をじっと見つめると、やがてはっきりと形が見えてきた。とっても小さい。こいつが言うにはピクシーというらしく、姿はまだ幼い男の子で、騎士が着るみたいな鎧を着込んで、腰に剣を装着している。髪は金髪。
って、ピクシーって主に女じゃなかったっけ。
『そんなツラ下げて、ここで何やってんだィ。この辺りはオイラの縄張りだァ、のこのこ入ってくるとはいい度胸してんじゃねぇかィ!』
と言って、剣を抜き取り私の鼻先に向ける。それにしてもこの剣小さいな。こんな剣で私を倒そうとするのか、愚か者め。
私は剣をアマサの手から取り上げ、その剣を口に入れた。もごもごと言いながら、いつしか集落を襲った時に目にしたあれを思い出した。襲いかかった私を撃退しようと、魔術師が刃物を魔法で巨大化させていた所を。
私にだってできるはず。多分。ドラゴンは万能、ドラゴンは最強。やってみせるさ。
『ちょッ...てんめぇオイラの剣返せェ!!』
アマサが剣を取り返そうと口に猛烈アタックをしてくる。ほう、それは私に対しての猛烈なキッスと変換させてもらうよ。
暫く剣をもごもごしていると、何か剣が蠢き始めた。そして、剣はどんどん口の中で大きくなっていく。アマサが持てるぐらいになった思う大きさまでなった瞬間に、剣をぷっ、と吐き出した。よだれ塗れになった剣は、元の大きさよりも少し大きくなっていた。けれでも、アマサでも持てる大きさだ。
アマサがじぃっと、大きくなった剣を見る。
『お前...「ブラックドラゴン」かァ?』
ブラックドラゴン、という言葉にさぁと首を傾げるが、アマサはそれでもキラキラとした目で私を見てから首に抱きついてきた。
「ちょ、何を!?」
『すんげェ!オイラあの"人間と対立した伝説ドラゴン"と会っちまった!この黒い鱗に魔法を使えるとならば、こいつァ本物だァ!』
「人間と対立した、レジェンドドラゴン...?」
私の疑問の声に、アマサは顔を上げてはぁ?と言う。
『自分のことも知らねェのか?お前はマラス地方に伝わる歴史上で、世界中に疫病を蔓延させ、人間と対立した"悪の"伝説のドラゴン、「ブラックドラゴン」だぞ。ブラックドラゴンは、魔法も一流で人間は手を焼いたそうだが、ある英雄に殺されちまったようなんだァ』
私が。
__"悪の"伝説のドラゴン...?
悪でした。