陛下に申し上げただけですわ
放課後の貴族学園のカフェ。
大勢の生徒たちが憩いの時を過ごしていた。
友人たちとの談笑。
お茶を飲みながら、授業の課題をこなす者。
それぞれの家の馬車が迎えに来るまで、時間をつぶして待つ……。
侯爵令嬢にして、王太子の婚約者であるシャーロット・オーヴ・エズモンドも、友人……取り巻きの令嬢たちに囲まれながら、香りの高い紅茶を楽しんでいた。
楽しむ……いや、こうやって時間を取り、令嬢たちから様々な情報を得る。
生徒たちの交友関係、最近の流行り、噂話。誰と誰が新たに婚約を結んだ等々……。
そして、得た情報を元に、他者を動かす……。
常に思考を回転させているような状態ではあるが、シャーロットに不満はない。
高位貴族の令嬢として、人間関係を把握すること、流行を知り、次の流行を作り出すこと。自らの利益となるように、他者に働きかけること……。
幼い頃からの教育の結果、全ては呼吸をするように自然と行えるようになっている。
が、今日ばかりはイレギュラーが発生した。
怒りの形相を露わにした、王太子であるフィンドレーが怒鳴り込んできたのだ。
「シャーロット・オーヴ・エズモンド! キサマっ! リリアンに何をした!」
フィンドレーがテーブルを「バンッ!」と音が鳴るほどに叩く。茶器が揺れ、紅茶がこぼれる。
侍女や給仕が慌てて片付けようとする。
が、シャーロットは眉一つ動かさないまま、すっと立ち上がり、フィンドレーに対して淑女の礼をとる。
「ごきげんよう、フィンドレー・パーグ・ミューケルト王太子殿下」
取り巻きの令嬢たちも立ち上がり、シャーロットと同じく礼をする。
「ご機嫌なわけはあるか! リリアンが消えたっ! いなくなった!」
「あら……」
「学園には来ないっ! おかしいと思い、リリアンの家に向かったら、家族ごといなくなっていたっ! 使用人すらいない!」
「まあ……」
「テーブルの上の茶器や本や書類はそのまま放置されている状態なのに、男爵家の屋敷には誰一人としていないのだっ! おかしいだろう!」
「あらあら、まあまあ。さすが仕事がお早くていらっしゃいますわね……」
ほう……と、感嘆のため息を吐くシャーロット。
フィンドレー王太子の怒りがさらに強くなった。
「キサマかっ! キサマがシャーロットのみならず、シャーロットの家族まで……!」
「いいえ? 手を下したのはわたくしではございませんわ」
「では誰が!」
「わたくしは、陛下にお尋ねしただけですわ。『近頃、フィンドレー王太子殿下は男爵令嬢であるリリアン・オブ・クラークソンと懇意にしておりますわね。それは王家の総意でございましょうか? もしも、王太子殿下とわたくしの婚約を解消し、リリアンとやらを王太子殿下の婚約者とするのであれば、お早めに仰ってくださいませね。わたくしも次の婚約者を見繕わなければなりませんから』と……」
「な、な……んだと……?」
「当然でございましょう?」
不貞を犯し、貴族のルール……身分社会の暗黙の了解を崩している王太子。
それを正すのは、婚約者の役目ではなく、当然親である国王だ。
「殿下の婚約者を拝命させていただいてはおりますが、わたくしは殿下の親でも保護者でもないのです」
「は?」
「あなたが間違った行為を行う。それを是とするか否とするかは親が決めること。あなた様の場合は国王陛下がお決めになる。わたくしではございませんわ」
まあ、別に、是として王太子に男爵令嬢を宛てがっても構わないのだが。
それならば、それで、高位貴族としての矜持を以て、シャーロットは動く。
「で、では……、リリアンたちがいなくなったのは……」
「陛下のご命令、ということになりますわねぇ。王太子殿下の、身分を超えた愛は、陛下にとっては否というご判断。ですので男爵家は……粛清でもされたのでは?」
わたくしは無関係でございますと笑うシャーロットが恐ろしいもののように思えた。
フィンドレー王太子はそのまま、後ずさり、王城まで逃げた。
***
「ち、父上っ! シャーロットが言ったことは嘘ですよね⁉ 父上が……、まさか、男爵家を……リリアンを……粛清などとは……」
王城の謁見室。
他の貴族たちとの謁見の最中に、いきなり入ってきたフィンドレー王太子を、国王はじろりと睨んだ。
「うるさいぞ、フィンドレー。儂は忙しい。見て分からんのか」
声が、謁見室に重々しく響いた。
「で、ですがっ! しかしっ!」
「ですがも、しかしもない。控えておれ」
「父上っ!」
国王がわざとらしくため息を吐く。
それから、謁見中の貴族たちに向かって告げた。
「すぐ終えるので、少し待ってくれ」
「かしこまりました」
貴族たちが礼をして、すっと壁際に下がる。
下がったところで、会話は聞こえなくなるはずもないのだが……。
「それで、フィンドレー。お前が懇意にしていた男爵令嬢とその家族や使用人のことか?」
「そ、そうです! 彼らを害したのは父上ではないですよね⁉ シャーロット、あの毒婦が……」
フィンドレーの言葉は最後まで告げられなかった。
「毒婦? 毒婦というのはフィンドレー、お前をそそのかした男爵令嬢の方だろう」
「は?」
「身分を超えた愛だったか? 馬鹿馬鹿しい」
「馬鹿馬鹿しいとは何です! 父上と言えども許せません! リリアンを本当に愛して……」
「馬鹿が。王太子ともあろう者が、脳内に花でも咲かしているのか」
「ち、父上……?」
「王太子というのは次期国王。身分差がある社会の頂点に立つ者だ」
国王は、フィンドレーをじろりと睨む。
「いいか、我が国は王政。身分差がある国なのだ。我ら王族や高位貴族は上、下級貴族の者や平民は下。その違いは神と豚との差に等しい」
「ぶ、ぶた……」
「牛でも馬でも構わんが。王太子が豚を愛する。そんなもの醜聞どころか人格さえ疑われる」
「そ、そんな……。リリアンは豚などではございません! かわいらしい乙女で……」
「そんな阿呆なことを思っているのはお前だけだ」
「そ、そんな馬鹿な……」
「馬鹿なと思うのなら、そこの者たちに聞いてみるがよい」
国王は壁際に控えていた貴族のうち、一人の名を呼んだ。
「マーティ・バリー・レッドメイン伯爵」
「は!」
一歩前に出るレッドメイン伯爵。
「例えばの話だ。キサマの息子が平民の娘と不貞を行うとする。真実の愛だのなんだの叫んで、婚約者との婚約を破棄したいと申し出る。その場合、息子をどうするか?」
「陛下に申し上げます。汚物塗れの者など、我が家門の者にあらず。廃嫡した上放逐……だけでは、どこぞに騒動の種を蒔くかもしれませんので、処分いたします」
フィンドレーの額から、冷や汗が流れる。
「具体的に申し上げるのなら、断種の上放逐。もしくは眠っているときにでも棺桶に入れ、墓地に埋葬させます」
フィンドレーは震えだすが、他の貴族たちは「然り」と頷くだけだ。
「きちんと埋葬するとはレッドメイン伯爵はお優しいですな」と告げるものさえいた。
生きたまま、棺桶に入れられ、埋葬される……。
もしや、リリアンたちもそのような目に遭ったのか……。
フィンドレーの身体がガクガクと震えだした。
「身分を乗り越えた愛……か。身分制度をなくしたいというのが、次期国王たるお前の願いなら、お前が国王となった後、そうすればいい」
「ち……、ちち……、うえ……」
「だが、身分差のない社会というのは、王族の特権などはないのだが? 身分ではなく、個人の実力で物事を成す社会で、お前は生き延びられるのか?」
「じ、じつりょく……」
「お前の婚約者のシャーロット・オーヴ・エズモンドは実に優秀だ。学園での成績だけではなく、人心掌握、その他。他者の追随を許さない。王家に忠誠を誓わず、実力でこの国を左右してよいと命じられれば……、王太子であるお前などさっさと捨て、実力で、この国の頂点に君臨する。その頂点の名称が女王となるのか、議会民主制の議長となるのか、彼女にとっては、名称の違いだけだな」
壁際の貴族たちは、国王の言葉に深く頷いた。
「真実の愛だとか何とか、ふざけた病に侵されているお前などは、実力主義の社会では、何の役にも立たん。お前どころか、今、王族として君臨していた我らミューケルトの血筋など、小銭ほどの価値もなくなるだろうよ。断種する必要もない、わざわざ墓に埋める必要もない。身ぐるみはがして放置すればいい。実に簡単な話だ」
それまで玉座に座っていた国王がゆっくりと立ち上がる。
「儂もこの椅子から追い払われるやもしれんな。それだけの力がシャーロットやエズモンド侯爵家の者たちにはある」
「ち、父上……」
「我らが王として、王太子として、皆の上に君臨できているのは、身分制度のある社会だからだ。身分差のない実力社会になれば……、無能者など豚も同然」
「ぶ、ぶた……」
「わかるか、豚息子。身分のある社会の恩情で、お前は王太子の位に就いていられるにすぎんのだよ」
壁際の貴族たちが嗤う。
学園の成績も悪い。
社会的な常識もない。
何か特技があるわけでもない。
ただ、王の息子に生まれただけ。
それだけで、王太子となったフィンドレー。
父王の言葉を理解して、フィンドレーは、よろよろとした足取りで謁見室を出て行った。
***
翌日、貴族学園の放課後。
昨日と同じカフェの席でシャーロット・オーヴ・エズモンドは令嬢たちと一緒に香りの高い紅茶を楽しんでいた。
その席に向かってフィンドレーがやってきた。
シャーロットはすっと視線を流す。
すると同席の令嬢たちが立ち上がり、隣のテーブル席へと移った。
空いた席に青い顔のフィンドレー王太子が座る。
背を丸めて座り……、そのまま何も言わない。
何か発言をしようと口を開いても……言葉が出ない。
シャーロットは言った。鈴を鳴らすような澄んで美しく響く声で。
「フィンドレー王太子殿下。復讐はなさいませんの?」
フィンドレー王太子がのろのろと顔を上げた。
シャーロットは笑みを浮かべていた。
まるで聖母のように美しい笑顔。
「ふく……、しゅう……」
「ええ、だって。殿下は昨日怒っていましたでしょう?」
フィンドレー王太子はシャーロットを見る。
復讐できるのならやってみろという煽りなどはない。
今日は良いお天気ですわねとでも言うような口調。
もしくは、単なる確認。
もしも……と、フィンドレー王太子は思う。
もしも今、ここで席を立ちあがり、自分の手でシャーロットの首を絞めようとしても……、きっとそれは叶わない。細い首に手をかける前に、護衛の騎士か誰かによって止められてしまうだろう。
では、騎士に、王太子の命令だとして、シャーロットを捕らえさせようとしても……、きっと、誰も動かない。
答えられないフィンドレー王太子。
シャーロットは笑う。
「愛する者のための復讐する気概もございませんの?」
あるとも、ないとも……言えなかった。
「あなたは王太子。後の国王。そのあなたがやろうと思えば何でもできるのに。王太子と男爵令嬢が結ばれるような身分差のない社会を目指すのであれば、恋に浮かれているのではなく、まず、あなたの考えに賛同するものを集める。婚約者であるわたくしにもお命じになればよろしかったのよ。身分差のない平等な社会を作りたいから力を貸せと」
「言えば……、力を貸してくれたのか……?」
「ええ、もちろん」
微笑みを崩さないまま、シャーロットは続けた。
「ただし、王太子や王族といった身分の特権など完全に撤廃して、王政から実力主義の民主制にいたしますけれどね」
「え……?」
「実力があるものがトップに立ち、ないものは淘汰される。そのような社会で王太子殿下、あなた様は生き延びることがお出来になりますか?」
実力などない。
貴族学園での成績も、悪くはないが、平均値程度。
入学以来、常にトップを取り続けているシャーロットとは異なり、王太子という身分がなければ、フィンドレーなど、何の特長も特技もないごく平凡な男に過ぎないのだ。
シャーロットは違う。
王太子妃として、後の王妃として、国の中心に入れなくなったとしても。
実力主義の社会で、その力を発揮し、国のトップに立つだろう。
昨日、国王が言った通り、名称が異なるだけなのだ。
王政の国であれば、王妃もしくは女王となり。
議会民主制の国であれば、議長と呼ばれる。
シャーロットが本気を出せば、できるのだろう。
「……その場合、ボクとの婚約は……」
「身分差のない平等な社会。それはとても素敵なお題目ですわね。ですが、その場合、王命による婚約なども、自由に破棄できるということですの。わたくし、あなた様とはご縁を切らせていただき、有能な男性をパートナーに選ばせていただきますわね。殿下……、いえ、平等な社会というのであれば、殿下という地位も敬称も、当然なくなりますね。どうぞ、お一人の力でご自由に生きてくださいませね?」
復讐などはできない。
自力で生きていけるほどの力もない。
王太子だから、王族だから、ある意味庇護されているのだと理解をした。
「あなた様ができることは二つ」
「え……」
「傀儡の王としてわたくしに使われるか。それとも王位継承権を返上して、どこかの田舎で余生を過ごすか」
シャーロットは立ち上がり、そして、告げる。
「どちらを選んでいただいてもわたくしは構いませんわ」
お前など、居ても居なくても大差はない。
言外にそう告げられて、フィンドレー王太子は、力なく笑い……、そして、声も上げずに泣き続けた。
終わり
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誤字を量産しております、ランドウです!
誤字職人の皆様、いつもありがとうございます! 感謝です!
この話を錬成していた時の誤字? は、いくら何でも……というレベルでした。
最後の二行。
「言外にそう告げられて、フィンドレー王太子は、力なく笑い……、そして、声も上げずに泣き続けた。」
↓
「言外にそう告げられて、フィンドレー王太子は、力なく( ´艸`)……、そして、声も上げずに泣き続けた」
い、いくら何でも……、この誤字? は……。ORZ
推敲がんばる……。




