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受付は、すべてを見ている

泣き声は、静かな校舎の空気を裂くように響いていた。

「……お願いです、先生……話を聞いてください……っ」


初等部の少女が、廊下の端で肩を震わせている。

周囲の生徒たちは遠巻きに見ているだけで、誰も近づこうとしない。


——関わりたくないのだ。

その理由を、皆なんとなく察しているから。


だが、少女の前に立つ教師は、困ったように視線を逸らした。

「……それは家庭の問題だ。学院が関与することではない」

「でも……っ!」

「規則だ。私にはどうにもできない」


それだけ言い残して、教師は去っていった。


残されたのは、泣き崩れる少女だけ。

そして、それを見ている私。


(ああ、懐かしいな)


前世、日本で働いていた学校でも、同じ光景を何度も見てきた。

立場の強い大人ほど、面倒ごとから逃げる。

そして、そのしわ寄せは、いつだって子どもに向かう。


ヘーゼル・ロンド。

それが今の私の名前だ。


前世では、富裕層の子どもたちが通う学校で受付事務として働いていた。

政治家、芸能人、経営者、医者——

表向きは華やかでも、その裏では親の問題や子ども同士のトラブルが絶えない。


そして——その処理をしていたのは、いつも受付だった。


私は一歩、前に出る。

「……受付でお話しませんか?」


少女が、涙で濡れた目をこちらに向けた。

「……え?」


「ここでは人目があります。落ち着いて話せる場所で伺います」

ゆっくりと、安心させるように言葉を選ぶ。


近くにいた教師が眉をひそめた。

「君、受付だろう。これは——」


「生徒間のトラブルであれば、一次対応は受付の管轄です」

淡々と返す。事実だけを置くと、人はそれ以上踏み込めない。


教師は、何も言えなくなった。


受付室。

少女はカップを握りしめたまま、しばらく俯いていた。


やがて、ぽつりと口を開く。

「……先日の王子殿下のお茶会で……ある方に、無礼だって言われて……

……それで今日、先生から自宅謹慎だって……」


私は小さく息をついた。

(少女より上の位の令嬢が、陥れるために言ったのだろう)


まだ初等部の子どもだというのに。

覚えなくていい大人の悪質なものばかり、よく覚えてくる。


そして事実確認もせず、位の高い生徒の言葉を鵜呑みにする教師。

(……本当に、質が悪い)


「その場にいた方々の名前は?」

私は淡々と確認していく。感情は挟まない。

必要なのは、同情ではなく——情報だ。

事実だけを拾えば、答えは自然と浮かび上がる。


放課後。

私は担当教師と数名の令嬢を受付室へ呼び出した。

空気が、一気に張り詰める。


「……受付風情が、何のつもりですの?」

中心に立つ侯爵令嬢が、冷ややかに言う。


圧をかけてくるタイプ。けれど——関係ない。


「事実確認です」

ただ、それだけを返す。

「王子殿下のお茶会において、こちらの少女が無礼なことをしたと伺いました」

「ええ。場の空気を乱す行為でしたわ」

「具体的には?」

「それは——」


言葉が止まる。——やはり、曖昧。


「では確認します」

私は静かに続ける。

「王子殿下ご本人が、そのようにおっしゃったのですか?」


沈黙。誰も、即答できない。


「先生」

視線を教師へ向ける。

「事実と評価は分けてください」

「誰が、何を、どのように問題視したのか」

「それが不明確なままでは、処分の根拠になりません」


反論は、出なかった。出せるはずがない。

最初から——根拠など存在しないのだから。


その結果。

少女への自宅謹慎は取り消され、通常通りの登校が認められた。


張り詰めていた空気が、わずかに緩む。


令嬢たちは悔しそうにこちらを見ていた。

受付のくせに。そんな声が聞こえてきそうな顔だ。


けれど。私はそっと歩み寄り、彼女たちの頭を軽く撫でた。

「何かあったら、いつでも相談に来てくださいね!何度でも聞きますから」

(……この子たちにも、見えていない事情があるのかもしれない)

だから、切り捨てない。


一瞬、彼女たちは露骨に顔をしかめた。

けれど振り払うことはしなかった。


ちゃんと話を聞いてくれる大人がいる、その存在を知ったのであった。

彼女たちはまだ、不満そうな顔をしている。

それでも、ほんのわずか安心したような顔が見えた。



いつからか、学院に噂が広がり始める。


「受付に、とんでもない人間がいる」

「教師でもない。ただの男爵風情が、お節介をやいている——」


その中心にいる私は、ただ思う。


(……また仕事が増えたな。絶対。)


そして、数秒後。


(あああああああああ今日も終わらないいいいいい!!

 絶対クレーム来るやつううううう!!)


静かな受付室に、心の叫びだけが響いた。


前世から変わらず。

ヘーゼルはお節介にも、困っている子どもを見捨てられない性分なのであった。

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