使い捨ての命と、血の錨(アンカー)
西東京市の外れにある廃工場地帯。
そこは今、紅刃の放つ悲壮な炎と、エレボスの生み出す絶対的な暗黒によって、この世の終わりのような光景と化していた。
「アァァァァァッ!!」
ボロボロの紅刃の全身から、血の混じった炎が噴き出している。彼女は自身の魂の根源である『神核』を暴走させ、自爆のカウントダウンを始めていた。組織の命令通り、自らの命を燃やして原初の防壁の底を引き出すために。
「……人間の執念ってのは鬱陶しいな。自爆ごと『闇』に溶かしてあげるよ」
エレボスが指を鳴らそうとした、その瞬間。
「——待てよ神様! その野良犬には、まだ弁当の惣菜奢ってもらってないんだよ!!」
夜空を裂いて雷光が降り注ぐ。セリアの渾身の斬撃がエレボスの気を引いた一瞬の隙に、俺は紅刃の首根っこを掴み、強引に後方へと放り投げた。
「なっ……! エリート気取り!? それに、ハズレ枠……なんでッ!」
地面を転がった紅刃が、驚愕に目を見開く。
「俺の日常で、勝手に誰かの都合で死ぬんじゃねえ!」
俺が前に出ると、エレボスは冷たい瞳で笑った。
「僕の昼寝を邪魔した罰だ。まとめて消えなよ」
エレボスの周囲から、上下左右の感覚を奪う『絶対的な暗黒空間』が波のように押し寄せてくる。
俺は逃げずに、真正面からエレボスの闇へと突っ込んだ。
「死にに来たの? 物理は効かないって言っただろ」
エレボスは動かない。俺の拳は再び彼の身体をすり抜けようとし——その瞬間、俺は自ら、エレボスの周囲に渦巻く不可視の「概念の刃」に自身の左腕を押し付けた。
ザシュッ!!
「ガァッ……!」
左腕が深く切り裂かれ、俺の鮮血が宙を舞う。そして、その血飛沫が、実体を持たないエレボスの「人型に擬態した影」の顔や胸にベットリと付着した。
「……何の意味が?」
眉をひそめるエレボス。
俺は血に塗れた口角をニヤリと吊り上げた。
「暗黒(お前)には質量がない。だが、俺の『血』には物理的な質量がある」
俺は、エレボスに付着した【自らの血液】を対象に取り、権能を起動した。
「——権能逆転!! 【1の目】、対象・俺の血!!」
その瞬間、エレボスの身体に付着した数十滴の血が、一滴あたり「数トン」の超質量へと変貌した。
物理法則の暴力。極限の重力源と化した血が、実体を持たないはずのエレボスを、強引に「物理世界」へと縫い留め、大地へと縛り付ける。
「なッ……!? 僕の概念が、物理の重力に引っ張られ……ッ!」
初めてエレボスの顔が驚愕に歪み、その身体が重圧に耐えかねて数ミリ、地面へと沈み込んだ。
「今なら物理の攻撃が当たるだろ! イカサマの時間だ、神様!!」




