魔女の教えと、神を縫い留める楔(くさび)
紅刃が死地へと向かってから数十分後。
俺は旧校舎の図書室の扉を、蹴り破るような勢いで開け放った。
「イヴ! いるんだろ! 教えてくれ、あの『原初の闇神』に一撃入れる方法を!」
夕闇が差し込む図書室の奥。司書のデスクで優雅に紅茶を飲んでいたイヴは、小さくため息をついた。
「無駄です。彼は『闇』という概念そのもの。実体がない以上、物理攻撃も魔術もすり抜けるだけ。紅刃という少女は、組織のデータ取りのために死ぬ運命です。見捨てなさい」
「断る。昨日まで隣の席で弁当食ってた奴が、俺の日常で勝手に使い捨てられるのは、死ぬほど胸糞悪いんだよ!」
俺の怒鳴り声に、イヴはしばらく沈黙し……やがて、妖艶な笑みを浮かべて分厚い魔道書を開いた。
「……本当に、愚かで魅力的な王様ですね。良いでしょう。実体のない神を殺すには、彼を『物理』に引き摺り下ろすしかありません」
イヴの指先が、魔道書のページをなぞる。
「あなたがアレスから奪った【6】の権能。『不落の大盾』と、『万軍の戦車』。絶対の防御と、絶対の蹂躙。この二つを同時に展開し、正面衝突させたらどうなると思いますか?」
「……『矛盾』か」
「その通り。神の概念同士の衝突は、空間そのものを崩壊させる『概念爆発』を引き起こします。それならば、原初の闇をも引き裂ける。……問題は、どうやってその爆発の中心に、実体のない彼を留まらせるか、ですが」
俺は自分の手を見つめた。
俺の手札は、あと一つ。触れたものを少しだけ軽くする、最弱のハズレ能力【1】(ウェイト・ダウン)。
軽くして、速く動く戦法はもう見切られている。質量をゼロにして特攻しても、闇には届かない。
——なら、逆に。対象を重くする「逆位置」を、俺自身の『肉体の一部』に使えば?
「……アンタの言う通り、俺は最弱のイカサマ師だ」
俺の脳内に、極めて悪魔的で、自傷すれすれのイカサマのピースが組み上がった。
「ただし、二つの【6】の同時行使は、未熟なあなたの右腕を完全に破壊しますよ」
イヴの忠告を背に、俺は図書室を飛び出した。
校門では、布を解かれた白銀の退魔の刀を握るセリアが待っていた。「地獄の底までお供します」と言う生真面目な騎士を連れ、俺は紅刃の待つ夜の廃工場へと駆け出した。




