消えたジョーカーと、姿なき胴元
西東京市、地下の八咫烏作戦司令室。
奪われた第一騎士・セリアを奪還するため、俺はウロボロスの超再生で強引に右腕のズタズタの傷を塞ぎ、東欧への転移陣の起動を待っていた。
「統。……転移の前に、極めて深刻な報告があります」
メインモニターに映るイヴの無機質な声が、かつてないほどに切羽詰まっていた。
「どうした。転移陣の座標がズレたか?」
「いえ。……中東の砂漠に拠点を置く、『氷王・レヴィ』の生命反応が、先ほど完全にロストしました」
「……は?」
俺は、包帯を巻いていた手をピタリと止めた。
「現地の衛星映像です。……彼の拠点であった古代遺跡は、半径数キロにわたって異常な絶対零度で凍結され、跡形もなく崩壊しています。現場にはレヴィの他に、複数の巨大な神威が激突した痕跡が残されています。……それが他のいずれかの『王』によるものなのか、あるいは『神』の襲撃なのか、解析不能なほどに盤面が荒らされています」
「誰かが……あのレヴィの拠点に直接乗り込んで、あいつを潰したっていうのか?」
俺は、背筋に冷たい氷柱を突き立てられたような悪寒を感じた。
300年を生きる絶対零度の王。そう簡単にやられるタマではないが、少なくともただ事ではない。
隣の屋敷の翠蓮が、処刑神の対策のために中国へ一時帰還した。
その直後、俺の元にカルマが襲撃を仕掛け、セリアを奪った。
そして同時刻、俺の最大の手札であるレヴィが、何者かの急襲を受け、生死不明の行方不明となった。
「……偶然じゃねえ」
俺は奥歯をギリッと噛み締めた。
「誰かが、意図的に俺の手札を削り、孤立するように仕向けている。……このふざけた盤面の裏で、イカサマのカードを配ってる狂った胴元がいるぞ」
『これほど大規模な襲撃を同時に引き起こせる存在など、規格外としか……。背後に得体の知れない強大な悪意を感じます』
イヴの推測に、傍で聞いていた紅刃と雅が息を呑む。
「……上等だ」
俺は、血の滲む右腕の包帯をきつく縛り上げた。
「裏で糸引いてる見えない胴元が、神だろうが他の王だろうが今はどうでもいい。……イヴ、転移陣を開け! まずは目の前のテーブルからだ。東欧の泥棒猫をブチ殺す!」
同時刻。東欧、カルパティア山脈。
鋼王カルマの居城である『鋼鉄の城』の玉座の間。
壁に鎖で拘束されたセリアが睨みつける中、鋼王カルマは虚空に浮かぶ『黒い霧のような立体映像』と会話を交わしていた。
『——ご機嫌はいかがかな、鋼の若き王よ』
霧の中から響くのは、深く、重く、そして絶対的な支配欲を孕んだ壮年の男の声。
覇王アーサーの通信魔術だった。
「気分は悪くないぞ。貴様の言う通り、極東に揺さぶりをかければ極上の『白銀のコレクション』が手に入った。……これほど美しく、気高い武器は初めてだ」
カルマは、一切の温もりを感じない鋼の指先を打ち鳴らした。
『それは重畳。……氷王は盤面から退場させた。間もなく、激昂した極東のイカサマ師が、その娘を奪い返しに貴様の城へ現れるだろう。……カルマよ、極東の王の力量を測り、その首を我が元へ献上しろ』
極東の最弱王は、見えないアーサーの糸に完全に絡め取られていた。
だが、温もりや痛覚だけでなく「恐怖」という感情すらも鋼に置き換わってしまったカルマは、第一位の命令に不気味に肩を揺らして嗤った。
「我に命令するな、古き王よ。貴様の盤面遊びなど興味はない。我はただ、我が城に攻め入る愚か者を粉砕し、この気高き白銀の心を完全にへし折るだけだ」
通信が切れ、黒い霧が晴れる。
カルマはゆっくりと玉座に座り、城の外部センサーが捉えた「三つの熱源」を見下ろした。
「……来たか、極東の最弱王。我が『青銅の軍団』の前に、どれだけその命を散らすことができるかな」
ズゴォォォォォォンッ!!!!
カルパティア山脈の吹雪の中。
鋼鉄の城の巨大な正門が、凄まじい爆発と共に内側へと吹き飛んだ。
「待たせたな、鉄クズ野郎ォォッ!!」
紅刃が両手から特大のプロミネンス(紅炎)を放ち、分厚い城壁をドロドロに溶かして強引な突破口を開く。
その炎の道を駆け抜け、俺と雅は城の広大なエントランスへと足を踏み入れた。
だが。
「……なるほどな。お出迎えの準備は万端ってわけだ」
俺は、目の前に広がる光景を見て、獰猛に口角を吊り上げた。
エントランスを埋め尽くしていたのは、人間ではない。
全身を鋼鉄の装甲で覆い、無機質な赤い単眼を光らせる『鋼鉄の自動人形』の軍勢。その数、ざっと見積もっても数千を下らない。
【3】の権能『青銅の巨人』によって生み出された、決して死なず、決して疲労しない、
カルマの無尽蔵の防衛機構だ。
「紅刃、雅! 雑魚に構って魔力を削られるな! 最短距離で玉座の間までブチ抜くぞ!」
「了解です、統!」
「アタシの背中から離れるなよ、ハズレ枠!」
姿なき悪意が張り巡らせた絶望の盤面。
俺たち三人は、数千の鋼の軍団が待ち受ける死線へと、躊躇なくその身を投じた。




