配られなかった手札と、夜明けのカチコミ
深夜の自室。
窓枠に足をかけ、すべてを背負い込んで夜の闇へ消えようとしていたセリアは、背後からの声にビクッと肩を震わせた。
「……す、統? なぜ、起きて……」
「お前の嘘の隠し方が、絶望的に下手くそだったからだよ。ポンコツエリート騎士」
ジャージ姿の俺は、ポケットに両手を突っ込んだまま、ゆっくりと部屋の中へ足を踏み入れた。
セリアの背中から無造作に奪い取った羊皮紙。
そこに記されていたのは、【鋼王・カルマ】からの脅迫状だった。
『極東の白銀の騎士を引き渡せ。さもなくば西東京市を火の海にする』
「なるほどな。……俺のシマを焼かれたくなきゃ、お前が大人しく向こうのコレクションになれってことか」
俺が羊皮紙を読み上げると、セリアは耐えきれなくなったようにポロポロと涙をこぼし、床に膝をついた。
「……ごめんなさい、統。私がいたら、またあなたの日常が壊されてしまう」
セリアは震える両手で顔を覆った。
「統はもう、十分ボロボロじゃないですか。これ以上、私なんかのために王を敵に回す理由なんてどこにも……!」
「理由ならあるぞ」
俺は羊皮紙をゴミ箱に放り捨て、膝をつくセリアの頭にポンと手を乗せた。
「セリア。俺はギャンブラーだ。……自分のテーブルで、手持ちのチップ(手札)を他人にタダでくれてやるような真似は絶対にしない。お前が俺にメシを作って、くだらないことで笑う。それ全部ひっくるめて、俺が死守したい『俺の所有物』なんだよ」
俺がニヤリと笑うと、セリアは子供のように声を上げて泣き出し、俺の胸に強く飛び込んできた。
騒ぎを聞きつけ、紅刃と雅が部屋に駆け込んでくる。
「……で、統。どうする気ですか? 相手は鋼王ですよ。また命懸けの戦いになることは必至です。」
雅が妖刀の柄に手をかけながら尋ねる。
「決まってんだろ」
俺は立ち上がり、首をポキポキと鳴らした。
「向こうがこの西東京市に攻めてくるのを待つ気はねえ。シマを焼かれる前に、こっちから敵の懐に『カチコミ』に行くぞ」
八咫烏の諜報によれば、鋼王カルマの尖兵である修道騎士たちが、東京湾の巨大な廃倉庫群に『極東の前線基地』を構築し始めているという。
「だが統、隣の女帝様は中国に帰ってていねえぞ。手札が足りねえんじゃないか?」
紅刃の言う通り、翠蓮は先の『千年の粛清』の情報を組織に共有し、自国での防衛と対策を練るために一時帰還していた。
だが、俺は鼻を鳴らして笑い飛ばした。
「だからなんだ。配られなかったカードをぼやいて勝負を降りるような三流じゃねえよ、俺は。……今テーブルにある手札だけで、あの泥棒猫の顔面をぶん殴る」
俺はジャージのジッパーを首まで上げ、口角を獰猛に吊り上げた。
「夜明けと同時に、その廃倉庫を丸ごとぶっ潰す。俺の第一騎士を脅した落とし前、きっちり払わせてやる」
数時間後。夜明けの東京湾。
海風が吹きすさぶ巨大な廃倉庫群に、俺たちは正面から堂々と足を踏み入れた。
「止まれ! 貴様ら、ここをどこだと……ギャァァァァッ!?」
見張りの武装した修道騎士たちを、紅刃の爆炎と雅の妖刀が一切の容赦なく吹き飛ばしていく。
俺も【1の目】で質量を操作しながら、シャオとの特訓で得た泥臭いインファイトで敵の陣形を崩し、セリアが雷光で俺の背中を守る。
極東の王と騎士たちによる強襲は、敵の前線基地をたった数分で半壊状態へと追い込んでいた。
「……おかしいな」
だが、コンテナの山の上で周囲を見渡した俺は、イカサマ師としての『直感』が強烈な警鐘を鳴らすのを感じていた。
敵の抵抗が、あまりにもアッサリしすぎている。まるで、俺たちがここに『自分から飛び込んでくるのを待っていた』ような……完全に開け放たれた裏口。
その時だった。
『——よくぞ自ら足を運んでくれた、愚かな極東の王よ』
廃倉庫の空間全体から、金属が擦れ合うようなひどく耳障りな声が響き渡った。




