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神殺しのダイス・マキア ~最弱ギャンブラー、命をチップに傲慢な理を物理で粉砕する~  作者: kiro


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氷王の詰問と、純情なる女帝の素顔



西日本の山奥。三日三晩に及ぶ規格外の死闘は、完全に凍結された異形の猟犬(処刑神)たちを封じ込めた、美しくも残酷な『永遠の氷河アイスバーグ』の完成によって幕を下ろした。


「……ハァ、ハァ……終わっ、たか……」


ウロボロスの再生も限界を迎え、統は泥だらけの地面に仰向けに倒れ込んだ。


その隣で、中国の女帝・翠蓮もまた、魔力を完全に使い果たし、荒い息を吐きながらその場にへたり込んでいる。


「ふん。とりあえずは盤面を止めてやったぞ、すばる」

絶対零度の王・レヴィは、氷漬けになった神々を一瞥すると、冷気を纏ったまま統を見下ろした。


だが、その銀色の瞳には、先ほどの共闘の熱とは違う、鋭く冷ややかな光が宿っていた。


「……ところで、すばる。帰る前に一つだけ聞かせろ」

レヴィの低い声に、周囲の大気がピキリと凍てつく。


「数日前。極東の海に『原初神』の悍ましい気配が顕現し、お前の住む町で膨大な質量がぶつかり合うのを感じた。……なぜあの時、僕を呼ばなかった?」


レヴィは、統が胸元に下げていた『氷星のティアーズ・オブ・コキュートス』の残骸を指差した。


「僕の氷を信用できなかったか? それとも、一人で神を殺せると過信して、死にかけたのか?」


冷酷な詰問。


だが、統は泥だらけの顔のまま、気怠そうに笑って首を横に振った。


「過信じゃねえよ。ただのイカサマのロジックだ」


統は、ゆっくりと上体を起こし、レヴィの銀色の瞳を真っ直ぐに見返した。


「あの原初神の絶対防壁は『向かってくる質量と魔力を海に沈める』理不尽な概念だった。……最初からお前を呼んで真正面から氷をぶつけても、凍る前に沈められて、お前の最大火力を無駄撃ちさせることになったはずだ」


「……」


「お前の『絶対零度』は、俺の持つ手札の中で一番強くて、一番確実なジョーカーだ。……だからこそ、俺が光速の質量パンチであいつの防壁をブチ抜いて、万が一仕留め損なった時の『最後のトドメ』として、ギリギリまで温存してたんだよ」


もし自分のイカサマが通じず、原初神の懐で俺が死にかけたなら。その時はゼロ距離で氷を砕き、お前にすべてを託すつもりだった。


そう語る統の言葉に、レヴィは数秒間沈黙し——やがて、フッと口元を綻ばせた。


「……なるほど。お前は本当に、頭のイカれた恐ろしいギャンブラーだよ。この僕を、保険のジョーカー扱いするとはな」


「悪かったな、手荒な使い方して」


「いや、いい。……お前が僕の氷の『価値おもさ』を誰よりも理解しているということが、よく分かった」


レヴィは満足げに頷くと、チラリと横目で翠蓮を見た。


「疑問も解けたことだし、僕はさっさと中東に帰る。……すばる、僕は上海のガサツな武闘派女の顔を見るだけで反吐が出るんだ。空気が澱む前に消えさせてもらう」


「あ、おいレヴィ! 待て……!」


「また美味い酒でも用意して呼べ。じゃあな」


統の制止も聞かず、レヴィは早々に転移陣を開き、そそくさと砂漠へと帰ってしまった。


「……まったく。相変わらず、可愛げの欠片もない男ですね」 


翠蓮は呆れたように肩をすくめた。


だが、強がって立ち上がろうとした瞬間。限界を超えて酷使し続けた彼女の足からガクンと力が抜け、その体が前のめりに倒れ込んだ。


「あ……っ」


泥の地面に顔から突っ込む——そう思った瞬間。


「っと。……無理すんなよ、女帝様。三日三晩もバケモノ相手に暴れ回ってたんだからさ」


統が、自身の傷だらけの体を滑り込ませ、翠蓮の体をしっかりと受け止めていた。


「……坊や」


翠蓮は、至近距離で統の顔を見上げた。


今まで「強き女帝」として、弱みを見せることなど誰にも許されなかった彼女の人生。だが、この少年の腕の中は、不思議なほど温かく、そして絶対的な安心感があった。


「ほらよ。チャイナドレス、ズタズタだぞ。風邪引くから着とけ」


統は、自分の着ていたボロボロの学生服の上着を脱ぐと、肌が露出して泥だらけになった翠蓮の肩に、乱暴だが優しくバサリと掛けた。


「……っ」


その瞬間。

大人の女を演じていた翠蓮の胸の奥で、どうしようもないほどの激しい動悸ドクンッが鳴り響いた。


(な、なんですか、これ……)


原初神の腕を吹き飛ばし、光速で神を殴り飛ばす狂気のイカサマ師。


けれど、今目の前にいるのは、ボロボロになりながらも自分を気遣ってくれる、ただの不器用で優しい『男の子』だ。


その強烈なギャップと、背中を預けられる圧倒的な頼もしさ。


生まれてから一度も恋を知らなかった純情な生娘の心は、統の匂いが染み付いた上着の温もりに包まれ、完全に「恋」へと落ちてしまったのだ。


「……ありがとう、ございます。すばる、君」


翠蓮は、頬を真っ赤に染め上げ、統の胸元に顔を埋めた。それは、中国の裏社会を牛耳る女帝ではなく、ただの一人の少女としての、初めての甘えだった。


明け方。 


八咫烏の事後処理部隊が到着し、戦場に簡易的なテントが張られた。


統と翠蓮は、並んで椅子に座り、傷の応急処置を受けていた。


「すばる君。……あなたはなぜ、神殺しの闘争なんていう地獄の盤面に立っているのですか?」


温かいお茶を両手で包み込みながら、翠蓮が静かに尋ねた。


「私のような黒社会の人間ならともかく、あなたはただの高校生のはず。……なのに、原初神や猟犬を相手に、あそこまで命を懸けられる理由が分からない」 


「理由なんて、大層なもんじゃねえよ」


統は、完治した右腕に巻かれた包帯を解きながら、気怠そうに笑った。


「家に帰ったら、うるさい居候たちがメシを作って待っててくれる。……俺は、その『下らなくて温かい日常のテーブル』を、誰にも壊されたくないだけだ」


その言葉を聞いて、翠蓮はハッとした。

(……ああ。なんて、綺麗で、強欲な人)


世界を救うためでも、力を誇示するためでもない。自分の愛する半径数メートルの日常を守るために、神様相手に命を賭けてイカサマを仕掛ける男。


翠蓮は、膝の上でギュッと両手を握りしめた。

(……決めました。私、この人のその『日常』の隣に、どうしても座りたくなってしまった)


「すばる君」


翠蓮は、スッと立ち上がり、統の真正面に立った。

頬はほんのりと赤いままだったが、その瞳には、かつてないほどの真剣な光が宿っていた。


「私の命を救ってくれた恩義、王 翠蓮は一生忘れません。……私の生きてきた世界では、命の恩義は『すべて』をもって返すのが絶対の流儀です」


「いや、だから恩に着る必要は……」


「ですから、私と義理の『さかずき』を交わしてくれませんか?」


「……はぁ?」


統が間の抜けた声を上げる。


「盃って……お前、俺を中国の黒社会ヤクザに入れる気か!?」


「違います! これは、その……家族になるための、儀式のようなものでして……!」 


翠蓮は、恥ずかしさを誤魔化すように早口でまくし立てた。


「当然、盃を交わす以上は、今日から私たちが『家族』ということになります! ですから、坊や……いえ、すばる君の家に、私も一緒に住むことになりますね! 食費と護衛は私が一生保証しますので、よろしくお願いします!!」


それは、裏社会の女帝が、ありったけの勇気と「極道の理屈」を盾にして放った、事実上のプロポーズにして同居宣言だった。


「いやいやいや、ちょっと待て女帝様! 家族って、お前いきなりウチに住むって……!」


統がパニックになって後ずさった、その瞬間。


バンッ!!!


テントの入り口が、凄まじい勢いで吹き飛ばされた。

そこに立っていたのは、統の治療が終わるのを外で待機させられていた、セリア、紅刃、雅の三人だった。 


「……はぁぁぁぁぁぁッ!?」


セリアが、白銀の刀を引き抜きながら般若の形相で絶叫した。


「か、家族ゥ!? 住むゥゥゥ!? ふざけるなァァァ! この中国産の大泥棒猫ォォォォッ!!」


「統のファーストキスをロリ神に奪われたばっかりなのに、今度は巨乳のチャイナ女に同居されるだと!? アタシの炎で丸焼きにしてやる!!」


紅刃が、両手から物騒な爆炎を噴き出しながらテントを燃やし始める。


「すばる君……。私というものがありながら、少し目を離した隙に……。女帝さん、あなたのその自慢の髪、黒曜で一分刈りにして差し上げましょうか」


雅が、完全にハイライトの消えた漆黒の瞳で、妖刀の刃をチャキンと鳴らした。


「あ、あら。坊やの家には、随分と騒がしい小娘たちが住み着いているのね」


翠蓮は、一瞬ビクッとしたものの、すぐに「大人の女帝」の余裕の顔を作り、フフッと笑って統の腕にギュッと抱き着いた。


「でも残念。私は命の恩人として、すばる君に正式に『盃』を申し込んだ身。……小娘たちは、お姉さんの後で大人しく順番を待っていなさいな」


「だ、誰が小娘ですかッ!! 統は私と……!!」


「抜け駆けすんな女帝! まずはアタシと勝負しろ!!」


「……お前ら、頼むから俺を休ませてくれェェェ……」


四人の美少女たちの修羅場(殺し合い)の中心で、極東の最弱のイカサマ師は、頭を抱えて深い絶望のため息を吐き出した。


西日本の山奥を更地にした恐るべき処刑神との戦いは終わった。


だが、最強にして純情な女帝様を新たな『手札かぞく』として迎えた御堂家の食卓は、さらなるカオスと騒がしさへ向けて、絶賛増築中なのであった

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