殺せない猟犬と、氷河の王
「チィッ……! ダメです坊や! こいつら、私たちの魔力を食って際限なく自己進化しています!」
翠蓮が肩で息をしながら、絶望的な事実を口にする。
統もまた、強引にウロボロスの再生を回しながら、全身から血を流して奥歯を噛み締めた。
(クソッ、原初神の時より厄介なイカサマを使ってきやがる……!)
このまま削り合えば、間違いなくこちらが先にジリ貧になって死ぬ。
物理も魔力も通用せず、殺すことすらできないシステムの防衛機構。
「……仕方ねえ。とっておきのジョーカーを切るぞ!」
統は、ポケットから青白く輝く氷の結晶——『氷星の涙』を取り出し、躊躇なく力一杯握り潰した。
パキィィィィィンッ……!!
燃え盛っていた戦場が、一瞬にして『絶対零度』の静寂に包まれた。
大気中の水分が一瞬で凍りつき、美しいダイヤモンドダストが舞い散る中、空間がパリンと割れて、一人の男がゆっくりと姿を現した。
「……随分と待たせたな、すばる。僕の氷が恋しくなったか?」
銀色の瞳を細め、極寒の冷気を纏う男。歴三百年の絶対零度の王、レヴィだ。
「遅えよレヴィ! こいつら、物理も魔力も通用しねえ、クソみたいなバケモノだ!」
統が叫ぶと、レヴィは処刑神を一瞥し、そして——その隣でへたり込んでいる翠蓮を見て、露骨に顔をしかめた。
「……チッ。なぜ、上海のうるさい武闘派女がここにいるんだ。一気に空気が澱んだぞ」
レヴィの冷ややかな声に、翠蓮も青筋を立てて立ち上がる。
「それはこちらのセリフです! なぜ陰気な氷柱男が、極東の坊やの助っ人に来ているのですか! あなたが来ると、戦場が寒苦鳥の地獄になるでしょうが!」
「お前ら、知り合いかよ!?」
「昔、何度か殺し合い(じゃれあい)をした仲だ。……最悪だ、僕はこの女のガサツさが世界で一番嫌いなんだ」
「私もあなたのそのネチネチした根暗な性格が一番嫌いです!」
「夫婦喧嘩は後にしろッ!! 来るぞ!」
統の怒声と共に、自己進化を終えた処刑神の無慈悲な刃が、三人に迫る。
「チッ……鬱陶しい雑魚が」
レヴィは銀色の瞳を鋭く光らせ、処刑神に向けて『絶対零度の氷槍』を無数に放った。
ガキンッ、ガキィィンッ!!
だが、処刑神はそれを『冷気を相殺する熱量の結界』を展開し、強引に弾き落とした。
「……なに?」
レヴィの瞳に、微かな驚愕が走る。
彼は、自身に迫り来る刃を氷の盾で防ぎながら、処刑神の不可解な「波形」を観察した。
アレスのような闘争心もない。原初神のような圧倒的な「概念の質量」すらない。
ただただ、目の前の敵の魔力構造を計算し、それを打ち消すためだけの「方程式」が、彼らの体内で高速に回り続けている。
「……なるほどな」
数合打ち合った後、レヴィは後方に跳躍し、統と翠蓮の横に並び立った。
「こいつらは『神』じゃない。神殺しを狩るためだけに設計された、『プログラム』だ」
レヴィは、忌々しそうに舌打ちをした。
「原初神のように概念を司っているわけでもない。だからこそ、どんな異常な権能をぶつけても、それ自体を『バグ』として処理し、適応してくる」
「じゃあ、どうすんだよ! 殺せねえってことか!?」
統の問いに、レヴィは薄く笑った。
「ああ、殺せない。……だが、完全に停止させることならできる」
レヴィは、両手に膨大な冷気を圧縮させ始めた。
「すばる。こいつらは、外部からの攻撃に適応する『殻(防壁)』と、その奥にある『核』で構成されている。……僕の魔眼で、奴らの時間の概念を一瞬だけ凍結させる」
レヴィの作戦は、イカサマ師の統にもすぐに理解できた。
「その一瞬の隙に、俺と女帝様の最大火力で、奴らの防壁の『殻』をぶち破れってことだな?」
「その通りだ。……中身の核が剥き出しになった瞬間、僕の氷で核ごと永遠の氷河に沈める。それしか、この猟犬を止める方法はない」
「上等だ! 行くぞ女帝様!!」
「……ええ! 坊やの背中は、私が守りますッ!」
翠蓮は、限界を超えた体に鞭を打ち、自らの残されたすべての生命力を燃やして構えを取った。
「行くぞ……!」
レヴィの銀の魔眼が光り輝き、戦場の時が一瞬だけ『凍結』する。
処刑神の動きが完全に停止した、そのコンマ一秒。
「絶華・神威崩壊ッ!!」
翠蓮の放った、複数の【6】を束ねた美しい拳が、処刑神の展開していた『対・六王結界』の装甲を粉々に打ち砕く。
「権能反転・特大質量ッ!! ぶっ飛べェェェェッ!!」
すかさず統が、アレスの神威を乗せた無限大の質量パンチを叩き込み、神の強固な物理装甲の奥深く……心臓部にある『核』を完全に剥き出しにした。
「……終わりだ。永久に凍てつけ」
防壁を失い、無防備になった処刑神の核に向けて。
レヴィが指を鳴らした瞬間。絶対零度の極低温が、2柱の神を原子の活動限界から完全に『凍結』させた。
一切の自己進化すら許さない、神話の威厳すらも閉じ込める、美しくも残酷な永遠の氷の牢獄の完成だ。
ピキィィィィィンッ……!!
凍てつく風が吹き抜け、三日三晩続いた西日本の死闘は、絶対零度の静寂とともにようやく幕を下ろしたのだった。




