摩耗する女帝と、極東の乱入者
西日本の深い山奥。かつて青々とした木々が茂っていた連峰は、三日三晩に及ぶ規格外の神威の衝突により、岩肌が剥き出しの無惨な荒野へと変貌していた。
「……ハァッ、ハァッ……! 流石に、息が切れてきましたね……ッ」
深いスリットの入った紅のチャイナドレスを血と泥で汚しながら、中国の黒社会を束ねる女帝・王 翠蓮は、荒い息を吐きながらも不敵な笑みを崩さなかった。
彼女の眼前に立つのは、神話の威厳など微塵も感じさせない、ただひたすらに無機質でグロテスクな異形の【2柱の神】。
「絶華・崩山ッ!!」
翠蓮が右拳から【6】の絶大な破壊エネルギーを放つ。だが、片方の神が『泥のような結界』を展開し、物理法則を無視してそれを完全に吸収してしまう。
そしてすかさず、もう片方の神が翠蓮の背後に転移し、『六王の権能を強制解除する刃』を無慈悲に振り下ろしてくる。
「——甘いッ!」
翠蓮は、右拳から放った権能の強烈な反動(代償)を、左足に宿した別の【6の目】をマイクロ秒単位で発動させて相殺し、ギリギリで死の刃を躱した。
複数の【6】を完璧に制御する、歴史上類を見ない変態的な魔力コントロール。それが彼女を「世界最強の一角」たらしめる所以だ。
だが、三日間の不眠不休の戦闘は、彼女の精神と魔力を限界まで削り取っていた。
(なんと厄介な。私たち神殺しの力を無効化し、狩るためだけに作られた存在……!)
足の踏み込みが、ほんの数ミリ遅れる。
その一瞬の隙を、処刑神は見逃さなかった。無機質な凶刃が、彼女の美しい首筋へと容赦なく迫る。
(……ここまで、ですか)
翠蓮が死を覚悟し、静かに目を閉じた、その時だった。
「——神判行使。【1の目】・特大質量ッ!!」
ズドォォォォォォォォンッ!!!!
上空から、隕石のような『目に見えない質量の塊』が処刑神の頭上に直撃し、その巨体を泥の地面へと深くめり込ませた。
「なッ……!?」
驚愕して目を開けた翠蓮の細い腰を、スッと力強い腕が抱き寄せた。
砂埃の中から現れたのは、ボロボロの制服を着た、あどけなさの残る日本の少年だった。
「……あなたが?」
翠蓮は、至近距離で少年の顔を見つめ、微かに目を細めた。
「アルテアを退け、原初神の腕を吹き飛ばしたという異常な波形……。噂には聞いていましたが、あなたが『極東のイカサマ王』ですか。……随分と、可愛らしい坊やですね」
翠蓮は、絶体絶命の死地だというのに大人の余裕を崩さず、統の胸元にそっと指を這わせた。
「美しいお姉さんがピンチの時に駆けつけるなんて、まるで白馬の騎士ですね。……坊や、私を助けてどうするおつもり? 望みなら、この体で払ってあげてもよくてよ?」
それは、黒社会のトップとして何人もの男を手玉に取ってきた彼女の、計算し尽くされた『女帝の誘惑』だった。
だが。
「可愛らしくて悪かったな。それに、体なんていらねえよ」
統は顔色一つ変えず、処刑神から目を離さないまま気怠そうに口を開いた。
「あんたみたいな『最強』がここで死んだら、次にこのバケモノどもに狙われるのは、一番近くにいる俺だろ。……俺のテーブルを荒らされないために、あんたに『貸し』を作りに来たんだよ、女帝様」
(……えっ?)
その極めて冷徹で合理的な「損得勘定」と、不意に自分を突き放した統の態度に、翠蓮の心臓がトクンッと大きく跳ねた。
今まで彼女に群がってきた男たちは、皆彼女の美貌にへりくだるか、権力に怯えるかのどちらかだった。こんな風に「対等の手札」として、自分の色気に見向きもせず損得を語る男など、彼女の人生で初めてだったのだ。
(な、なな、何ですかこの子! 私の色仕掛けが全く通じないどころか、この状況でなんて落ち着き……っ)
百戦錬磨の女帝を演じているが、実は『男と付き合ったことすらない純情な生娘』である彼女の顔が、内側からカッと熱くなる。
「ちょっとォォォ! そこのチャイナドレス!! 統から離れなさいこの泥棒猫ォォォッ!!」
「あのエロいスリットごと、アタシの爆炎で丸焼きにしてやろうか!?」
「すばる君! やっぱり私たちは監視に来て正解でしたねッ!」
転移陣から遅れて飛び出してきたセリア、紅刃、雅の三人が、翠蓮を見るなり般若のような顔で一斉に殺気を放つ。
「お前ら、今は外野で騒いでる場合じゃねえ! 来るぞ!!」
統の叫びと共に、地面にめり込んでいた処刑神が、無傷で立ち上がった。
「坊や! 奴らは並の神とは違います! 物理的な破壊はすぐに……!」
「分かってる! だから限界以上の火力で、再生ごと消し飛ばす!」
統が【1の目】で自身の質量をゼロにし、一瞬で処刑神の懐へと潜り込む。
「万軍の戦車ッ!!」
質量を特大へと反転させ、ウロボロスの再生を回しながらアレスの黄金の拳を叩き込む。翠蓮もまた、統の作った隙を見逃さず、複数の【6】を連携させた中国拳法を神の急所に次々と撃ち込んでいく。
ドガァァァァァァンッ!!
空間がひしげ、山が丸ごと吹き飛ぶほどの破壊の嵐。極東の王と、中国の女帝。最強格の二人のコンビネーションは、どんな神格であろうと一瞬で塵にするほどの絶大な威力を誇っていた。
「……キサマ、モ、ル、ル……規格外火力、適応開始……ッ」
だが。
土煙の中から現れた処刑神たちは、倒れていなかった。
それどころか、統の黄金の炎を打ち消す『対消滅の結界』を展開し、物理的な質量を無効化する『スライム状の装甲』へと、その肉体をグロテスクに作り変えていたのだ。
彼らは「神殺しを殺す」ためのシステム。
受けた攻撃を瞬時に学習し、六王の特攻兵器としてリアルタイムで『進化』し続けるバケモノだった。




