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ダイス・マキア  作者: kiro


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恋の自覚と、迷子の幼女



翌朝。俺の休日は、キッチンから漂う極上の出汁の香りで幕を開けた。


「すばる君、おはようございます。朝食、できてますよ。お味噌汁の味見、してくれますか?」

フリルのついたエプロン姿の雅が、お玉を持って俺の顔を覗き込んでくる。昨日まで結社の暗殺者だったとは思えない、完璧すぎる新妻ムードだ。


「お、おう。美味いな」


俺が一口飲んで頷くと、雅は「よかったぁ」と花が咲いたように微笑み、そのまま俺の腕にすり寄ってきた。


「今日はすばる君のお休みの日ですよね。もしよかったら、駅前にお買い物に……」


「——待ちなさい京極さんッ!! 統の休日は、この私が護衛として一日中付きっきりで……!」


「抜け駆けしてんじゃねえぞ泥棒猫! アタシも行くに決まってんだろ!」


リビングのドアをバンッと開け放ち、パジャマ姿のセリアと紅刃が血相を変えて飛び出してきた。


「あら。護衛なら、八咫烏の術者たちが家の外に結界を張ってくれていますわよ? セリアさんたちはゆっくり休んでいてくださいな」 


雅が余裕の笑みで躱す。


「ぐぬぬ……! 統、騙されてはいけません! あの女は絶対、買い物の途中であなたを人気の無い路地裏に連れ込んで……!」


「セリア、オマエの想像の方がよっぽど変態くせえよ」


朝から繰り広げられる、三人の美少女による熾烈なポジション争い。


セリアも紅刃も、雅という「明確な好意を向けるライバル」が現れたことで、自分の中にある『すばるへの本気の恋心』を自覚し始めてしまい、今までのようにただの居候として振る舞えなくなっているのだ。


「ああもう、うるせえ! 買い物なら俺が一人で行ってくる! 昼飯用にお前らの好きなもん買ってきてやるから、家で大人しくゲームでもしてろ!」


俺は三人から逃げるように財布を掴み、逃亡するように家を飛び出した。


初夏の心地よい風が吹く西東京市。


スーパーで大量の食材(四人分の食費はバカにならない)を買い込み、俺は【1】の権能でレジ袋の質量を極限まで軽くして、鼻歌交じりに公園の横を歩いていた。


(……やれやれ。家に帰ればあの三人が待ち構えてると思うと、胃が痛てえな)


俺がため息をつきながら自販機で缶コーヒーを買おうとした、その時だった。


「……むむぅ。なぜだ。なぜこの鉄の箱は、我の要求に応えないのだ」


自販機のすぐ横。


見慣れない、銀色に輝く長い髪をした十歳くらいの幼い少女が、クレープの移動販売車の前で、メニューの看板をジッと睨みつけていた。

ゴシック調の、フリルがふんだんにあしらわれた奇抜で可愛らしい黒いドレス。


西洋人形のような、人間離れした整った顔立ち。 


「おい、どうした。財布でも落としたのか?」

俺が声をかけると、少女はパチリと瞬きをして、大きな赤い瞳で俺を見上げた。


「おお、人間のオスよ。この甘い匂いのする布巻き(クレープ)が食べたいのだが、店主が『お金』という紙切れを要求してきてな。我はそんな下等な物は持っておらんのだ」


やけに古風で偉そうな口調。


俺は呆れてため息をついた。親とはぐれた中二病の迷子か。


「あのな、お金がなきゃ物は買えねえんだよ。……ほら、一個買ってやるから、食ったらさっさと親のところに帰れよ」


俺は財布から小銭を出し、チョコバナナクレープを一つ買って、少女の小さな両手に押し付けた。


「なんと! 貴様、我が望みを叶えてくれるというのか! 素晴らしいぞ、人間のオスよ!」


少女は目を輝かせ、クレープにかじりついた。口の周りにクリームをつけながら、幸せそうに頬を緩める。


「……美味い! この極東の島国は、なかなかに面白いものを生み出しておるな!」


「はいはい。じゃあな、迷子」


俺は軽く手を振って、その場を立ち去ろうとした。


いくら俺が冷めた人間でも、目の前で腹を空かせている子供を見捨てるほど腐っちゃいない。ただの気まぐれな人助けだ。


だが。


すれ違いざまに、俺のイカサマ師としての『直感』が、背筋に冷たい氷を押し当てられたように、微かにチリッと粟立った。


(……なんだ? 今の、妙な違和感は)


俺が足を止めて振り返ると、少女はすでにベンチに座り、無邪気に足をパタパタと揺らしながらクレープを頬張っている。


「……気のせいか」


俺は首を振り、再び家路へと足を踏み出した。

一方。


俺の背中が見えなくなった後。


銀髪の少女は、クレープの最後の一口を飲み込むと、その赤い瞳を細め、三日月のように口角を吊り上げた。


「……ククッ。ハハハハハ! 面白い! なんと面白いのだ!」


少女の周囲だけ、公園の空気が『物理的』に歪み、足元の雑草が一瞬にして枯れ果てて砂と化していく。


それは、結社が総力を挙げても感知できないほどに、完璧に圧縮され、秘匿された『絶望的なまでの神威の残滓』だった。


「ただの脆弱な人間の分際で、あのウロボロスの【6】と、アレスの【6】を内に隠し持っておるとはな。……おまけに、我の気配に一瞬勘付くほどの嗅覚」


太平洋で顕現し、姿を消した正体不明の神。

それが、この無邪気な銀髪の幼女の姿をとって、西東京市に現れたのだ。


「退屈しのぎの遊戯ゲームには、丁度いい盤面やもしれぬ。……さあて、どう引っ掻き回してくれようか。極東の『ハズレ枠』の王よ」


幼き女神の邪悪で無邪気な笑い声が、初夏の公園にひっそりと溶けていった。

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