極東初の【王】と、最古の結社の平伏
新幹線で京都に降り立った俺たちは、イヴのハッキングと情報網を頼りに、洛北の山奥深く——結社『八咫烏』の幹部たちが集う、巨大な隠れ寺へと足を踏み入れていた。
「……よくぞ参られた、御堂統殿。そして、愚かな出奔者の雅よ」
石段を登り切った静寂の境内で待ち受けていたのは、殺気立った兵隊たちではなかった。
整然と正座し、深く頭を下げる数十人の黒装束の魔術師たち。そしてその中心の縁側に、三人の着物姿の老人が静かに腰を下ろしていた。
その内の一人、鋭い眼光を持つ白髪の老人が、雅の祖父であり結社幹部の『京極弦斎』だ。
「お祖父様……」
雅が息を呑み、無意識に俺の背中の服をギュッと握りしめる。
「警戒なさるな、極東の新たなる王よ。我々はあなたと『殺し合い』をするつもりなど毛頭ない」
弦斎は扇子を静かに閉じ、俺の目を真っ直ぐに見据えた。
「【5】のダイスしか持たぬ我々が、万軍を呼ぶアレスと不死のウロボロス、二つの【6】を宿すあなたに武力で勝てる道理がないことなど、百も承知。……我々の目的は、あくまで『交渉』だ」
弦斎の言葉に、セリアと紅刃が訝しげに眉をひそめる。
「交渉だと? ハニートラップなんてふざけた真似を仕掛けておいて、今更どの口が言ってんだ」
俺が冷たく言い放つと、弦斎は深く、重いため息をついた。
「この極東の島国に、神殺しの闘争を勝ち抜いた『史上初の日本人の六王』が誕生した。……その事実は、世界中の神々や他の王たちをこの国へ呼び寄せる強烈な『餌』となる。このままでは、日本は間違いなく闘争の火の海に沈む」
弦斎の声には、数百年この国の裏側を管理してきた者としての、本物の焦燥があった。
「だからこそ、我々はあなたという強大な『抑止力』を、結社の完全な管理下に置きたかったのだ。雅を使った搦め手も、あなたを傷つけずに確実に取り込むための苦肉の策。……御堂統殿。今からでも遅くはない、我々『八咫烏』の神輿に乗ってはいただけないか。あなたの日常も、ご家族も、結社が総力を挙げてお守りしよう」
それは、裏社会の胴元からの、極めて合理的で魅力的な提案だった。
だが、俺は背中に隠れる雅の震える手を感じながら、鼻で笑ってそれを一蹴した。
「断る。身内の女の子一人を道具扱いして、平気でスクラップにしようとする奴らの言う『保護』なんて、信用できるわけがねえ」
俺の明確な拒絶の言葉が響いた瞬間。
弦斎の顔から、一切の感情が消え失せた。
「……左様か。交渉は決裂だ。ならば、痛みを伴う『強制手段』に移行せざるを得ない」
弦斎が扇子を振り下ろすと同時。
境内の四隅に隠されていた『四つの古びた石碑』が、爆発的な光を放ち始めた。
「なッ……!? 統、足元が!」
「チィッ、なんだこれ! 体が、石みたいに重く……ッ!」
セリアと紅刃が膝をつく。俺の体も、目に見えない何重もの鎖で縛り付けられたように動かなくなった。
「神殺しの王を殺す火力は、我々にはない。だが、千年の長きに渡って我が結社が秘匿してきた神話級の遺物……『時空封縛の陣』ならば話は別だ」
弦斎が、冷酷な目で俺を見下ろす。
「あなたの時間を止め、魔力回路を完全に世界から切り離し、生きたまま『永遠の箱』に封じ込める。王の火力など、撃たせなければ何の意味もないのだ。……ここで数十年の眠りにつき、我々の洗脳術で従順な人形に生まれ変わるがいい!!」
それは武力ではなく、ルールの書き換え。
暴力による殺害ではなく、概念的な『隔離』。これこそが、直接戦闘を避けて裏社会を牛耳ってきた八咫烏の、真の恐ろしさだった。
「すばる君……ッ!」
動けなくなった俺の腕を、雅が必死に引っ張ろうとする。彼女もまた、結社の恐るべき結界の重圧に顔を蒼白にしていた。
だが。
「……なるほどな。火力で勝てないから、箱に閉じ込める。ディーラーらしい、よく練られたイカサマだ」
俺は、ピクリとも動かないはずの右腕を、ゆっくりと、しかし確かな力強さで持ち上げた。
「ば、馬鹿な!? 千年の封縛陣の中で、なぜ肉体が動く……!」
驚愕する弦斎の目の前で、俺は右腕を天に掲げた。
「イカサマ師の基本その二だ。……他人の用意した『箱』の中で遊んでやる義理は、どこにもねえ」
ズガァァァァァァァァンッ!!!!
次の瞬間。俺の右腕から、黄金の炎(アレスの神威)と、赤黒い生命力の渦(ウロボロスの超再生)が、天を衝くほどの極太の柱となって爆発的に噴き上がった。
それは、魔術の密度や術式の複雑さなどという次元を遥かに超えた、『世界そのものを支配する絶対的な権力』の物理的な顕現。
ピキィィィィィンッ!!
空間を縛っていた千年の封縛陣が、俺から放たれた『六王の威圧』のあまりの質量に耐えきれず、文字通りガラスのように粉々に砕け散った。
「ヒッ……!? あ、あああぁぁぁ……ッ!!」
境内にいた数十人のエリート魔術師たちが、俺の放つ神威のプレッシャーを直接浴びて白目を剥き、次々と泡を吹いてその場に昏倒していく。
「バカ、な……。千年の遺物が、ただ『力を解放しただけ』で、紙切れのように……! これが、これが本物の【王】の……次元の壁だというのか……ッ!」
弦斎たち幹部も、もはや立っていることすらできず、脂汗を滝のように流しながら、泥の地面に両手をついてガタガタと震えていた。
彼らは、完全に思い知ったのだ。
自分たちが手綱を握れると勘違いし、安易に手を出そうとしていた少年が、どれほど理不尽で、人間の手に負えない『怪物』であったかを。
「……申し訳、ありませんでした……ッ!」
弦斎は、すべてのプライドをへし折られ、泥の地面に額を強く擦り付けた。
「我々の、完全なる慢心……! どうか、八咫烏を滅ぼすことだけはご容赦を……ッ!」
「分かればいいんだよ。お前らがこの国を守ろうとしてたってのは嘘じゃなさそうだから、今回だけは、お前らの不格好なイカサマを大目に見てやる」
俺は、放っていた威圧をスッと収め、いつもの気怠げな高校生の顔に戻った。
「その代わり。雅は、俺が貰っていく。二度とこの女に組織の命令を下すな」
俺の言葉に、雅がハッとして俺を見上げる。
弦斎は深く息を吐き出し、「……承知、いたしました」と力なく頷いた。
「雅には二度と手出しはしませぬ。……雅よ。許せとは言わん。だが、王の傍で生きるというのなら、せめてこれを持っていけ」
弦斎は、震える手で懐から一つの『封印の札が貼られた白木の箱』を取り出し、雅の前に差し出した。
箱が開かれると、そこには漆黒の鞘に収められた一振りの『日本刀』が鈍い光を放って横たわっていた。
「それは……! 京極の血筋にしか扱えないとされる、呪われた神器……ッ」
雅が息を呑む。
「いかにも。かつて我らの祖が神獣を討ち手に入れた、使い手の魔力を刃に変える妖刀『黒曜』だ。八咫烏からの、御堂統殿への最大限の謝罪と、和解の証として……お前に託そう」
それは、ただの道具としてではなく、雅を「一人の戦士」として認めた祖父からの、不器用な手向けの品だった。
雅はゆっくりと進み出ると、その漆黒の日本刀を手に取った。
鞘から引き抜かれた刀身は、雅の魔力に呼応するように、美しくも妖艶な『黒い桜の花びら』のようなオーラを纏った。
「すばる君……」
雅は妖刀を構え、涙の乾いた凛々しい瞳で俺を振り返った。
「私……もう、守られるだけの人形じゃありません。この剣で、あなたの『日常』を……私の居場所を、一緒に守らせてください!」
「……ああ。頼りにしてるぜ、雅」
俺がニヤリと笑うと、セリアと紅刃が「ちょ、新入りがいきなり正妻ヅラしないでください!」
「アタシの爆炎の方が強いからな!」とギャーギャー騒ぎ始めた。
「御堂統殿……いや、極東の王よ」
弦斎たち八咫烏の幹部が、全員揃って深く頭を下げる。
「我ら八咫烏は今後、一切の敵対行動を放棄し、あなたの『目と耳』として、全力でサポートさせていただくことを此処に誓いましょう」
最古の結社からの、完全なる絶対服従の誓い。
こうして、最弱のイカサマ師による「胴元への殴り込み」は、圧倒的な実力差を見せつけることで、日本の裏社会すべてを味方につけるという最高の勝利で幕を閉じたのだった




