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神殺しのダイス・マキア ~最弱ギャンブラー、命をチップに傲慢な理を物理で粉砕する~  作者: kiro


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傍観者の懺悔と、越えられない【5】の壁



屍王ゼインが逃亡し、巨大な蛇神ウロボロスの死骸が光の粒子となって完全に空へ溶けた頃。


死臭と猛毒の瘴気に覆われていた谷底に、冷たく澄んだヨーロッパの夜明けの光が差し込み始めていた。


「ゆっくりでいいですよ。深呼吸して、温かいお茶を飲んでください」


セリアが白銀の刀を鞘に収め、泥だらけになった村人の背中を優しくさすりながら、手持ちの魔力で沸かした湯を振る舞っている。


少し離れた場所では、紅刃こうじんが怯える子供の前に不器用にしゃがみ込み、「……ほら、アタシの毛布、やるから。もう誰も死なねえよ」

と、ぶっきらぼうに頭を撫でていた。かつて『庭』で使い捨ての駒として生きるしかなかった彼女が、今は誰かの命を守るために手を差し伸べている。


俺はその光景を、完治した右腕の感覚を確かめながら、静かに岩場から眺めていた。


ウロボロスの超再生。切断された魔術回路すら一瞬で繋ぎ合わせる、狂気的な神の力。だが、その強大すぎる力を手に入れても、俺の心にあるのは高揚感ではなく、ひどく冷え切った疲労感だけだった。


「やれやれ。他人のレイドボスを横取りするつもりが、随分と大掛かりな人助けになっちまったな」


俺が小さくぼやくと、隣に立っていたレヴィが、どこから取り出したのかアンティークなティーカップを傾けながら、面白そうに目を細めた。


「偶然じゃないだろう、統。君は最初から、彼らを助けるつもりで盤面を組んでいた」


レヴィの銀色の瞳が、俺を真っ直ぐに射抜く。


「君はウロボロスにトドメを刺す時、広範囲の殲滅魔術や巨大な瓦礫を使わなかった。わざわざ廃教会の『石の十字架』を選び、その質量を極限まで操作して、神の神核コアだけをピンポイントで圧殺した。……アルテアやゼインなら、村人が何十人巻き込まれようとお構いなしに辺り一帯を更地にしている」


レヴィは、まるで珍しい昆虫でも観察するように俺の顔を覗き込んだ。


「神殺しの闘争ダイス・マキアにおいて、周囲への被害を考慮するなど無駄なリソースの極みだ。君は自分の命を削る土壇場で、その『甘さ』を捨てなかった。……君は本当に、ひどく矛盾していて、おかしな王様だ」


「うるせえよ。俺のイカサマは、関係ない奴の日常を奪うためには使わねえって決めてるだけだ」

俺がそっぽを向いて鼻で笑った、その時だった。


「——統! 前方より、多数の魔力反応ッ!!」


村人の救護にあたっていたセリアが、弾かれたように立ち上がり、再び白銀の刀を抜き放つ。紅刃も即座に子供を背後へ庇い、両腕にマグマのような爆炎を滾らせた。


谷の入り口に渦巻く残霧の中から、黒いロングコートを着た十数人の集団が、重い足取りでこちらへ向かってくるのが見えた。


衣服には土と血がこびりつき、その全員から明確な魔力の波動——『神殺し』特有の、濃密な死線の匂いが漂っている。ゼインの残党か、と俺も無意識に右腕に魔力を込めた。


だが、集団の先頭を歩いていた初老の男は、俺たちから十メートルほど離れた位置でピタリと足を止めると、敵意を見せることなく、部下と共に深々と頭を下げ、冷たい泥の地面に片膝をついたのだ。


「……警戒なさらないでください、極東の王。そして、絶対零度の王よ」


初老の男の声は、ひどく掠れ、深い疲労と悲哀に満ちていた。


「私はこの地帯の裏社会を管理している無派閥の魔術結社『鉄の盟約』の代表、ハインリヒと申します。……本日は、あなた方に懺悔と感謝を伝えるため、恥を忍んで参上いたしました」


「地元の魔術結社……? 懺悔だと?」


俺が訝しげに眉をひそめると、ハインリヒと名乗った男は、顔を上げずに苦渋に満ちた表情で唇を噛み締めた。


「我々は、ゼインの配下である邪教組織が、この村の無辜の民を拉致し、神降ろしの儀式の生贄にしている事実を、一ヶ月前から掴んでおりました」


「知ってて、見殺しにしたってのかッ!?」


紅刃の怒声が谷に響く。彼女の両腕の炎が、殺意を伴って大きく燃え上がった。自分と同じように、理不尽に消費される弱者を見捨てた大人たちへの、純粋な怒り。


だが、ハインリヒは逃げずに、その炎の熱を真っ向から受け止めた。


彼の目から、大粒の涙が泥の地面へとこぼれ落ちた。


「……手が出せなかったのです。私は神殺しの闘争の参加者であり、ダイスの目は【5】を引き当てました。この結社の者たちも皆、【3】や【4】の強力な異能を持つ、歴戦の魔術師たちです」


ハインリヒは、震える両手で自身の胸を強く握りしめた。その指の関節が白く変色するほどに。


「我々は五十年間、血を吐くような鍛錬を積み重ねてきました。しかし……相手は【6】の最高位の権能を持つ、歴120年の屍王ゼイン。そして原初の力に連なる蛇神ウロボロス。……【5】と【6】の間には、どれほど魔術の研鑽を積もうとも、どれほど命を懸けようとも、決して覆すことのできない『次元の壁』が存在するのです」


彼の言葉には、圧倒的な実力差の前に全てをへし折られた者の、本物の絶望が宿っていた。


神殺しの世界は残酷だ。努力や絆など、サイコロの出目一つで容易く踏みにじられる。彼らが結社を挙げて戦ったとしても、ゼインの毒とアンデッド軍団の前には、文字通り数秒で全員が骨すら残らず溶かされていたはずだ。


「我々が下手に介入すれば、結社の人間だけでなく、周辺の街の住人十万人ごと、屍王の怒りに触れて毒の沼に沈む。……だから我々は、己の無力さを噛み殺し、毎夜、馬車で運ばれていく彼らの悲鳴を、ただ指をくわえて見ていることしかできなかったのですッ……!」


ハインリヒの懺悔の叫びが、夜明けの谷底に虚しくこだました。


それは、弱き者が生き残るために選ばざるを得なかった、極めて現実的で、残酷な生存本能の結論だった。


紅刃はハッとして、振り上げていた炎の拳をゆっくりと下ろした。彼女もまた、『庭』で圧倒的な力の前に平伏し、親友を見殺しにした過去を持つからだ。


「……顔を上げなよ、ハインリヒさん」


俺は小さくため息をつき、片膝をつく初老の男の前に歩み寄った。


「あんたらの判断は間違ってない。理不尽なバケモノ相手に、死ぬと分かってて突っ込むのはただの馬鹿だ」


俺は完治した右腕で、泥だらけになったハインリヒの肩をポンと叩いた。


「それで? ただ泣いて謝るために、わざわざ俺たちの前に出てきたわけじゃないだろ。……あんたらの本当の目的を言ってみろ」


俺の問いかけに、ハインリヒは泥に塗れた顔を上げ、決死の覚悟を宿した瞳で俺を見つめ返した。

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