狂戦士の転校生と、崩壊する日常
俺のささやかで平穏な高校生活は、春休みの終わりと共に完全に息の根を止められた。
西東京市、都立のしがない高校。新学期を迎えた教室は、新しいクラスメイト同士の浮かれたざわめきに満ちていた。
「えー、静かにしろ。今日はウチのクラスに転校生が『2人』来てる」
担任の言葉に、クラス中が色めき立つ。俺、御堂統だけは、机に突っ伏して胃薬を所望していた。嫌な予感しかしない。
「入ってこい」
ガラッと教室のドアが開き、最初に現れたのは、息を呑むような白銀の髪をなびかせた美少女だった。透き通るような碧眼と、モデル顔負けのプロポーション。男子生徒たちのどよめきが爆発する。
「セリアです。スウェーデンから来ました。日本のサムライスピリットを学ぶため、御堂統の家にホームステイしています。彼に危害を加える者は、私が斬ります」
「おいバカ! 最後の余計だろ!」
俺のツッコミも虚しく、教室は「同棲!?」「あの地味な御堂と!?」と阿鼻叫喚に包まれる。セリアはどこ吹く風で、俺の隣の空き席にスッと座った。厳重な布でグルグル巻きにした退魔の刀を「長尺の定規です」と言い張りながら。
「……はぁ。で、もう一人は?」
担任がため息混じりにドアの外へ声をかける。
ドンッ! と、蹴り破るような音と共に、二人目が教室に入ってきた。
燃えるような赤髪をツインテールにくくり、着崩したブレザーの下にはドクロ柄のインナー。耳には複数のピアス。隠しきれない凶暴な獣のオーラを漂わせる、生粋のヤンキー少女。
——京都で俺を丸焦げにしようとした【簒奪者派】の狂戦士、紅刃だった。
「紅刃だ。よろしくな」
彼女は黒板に名前だけ書き殴ると、チョークをへし折り、一直線に俺の席へと歩いてきた。そして、俺の前の机をバンッ! と両手で叩き、顔を近づけてニィッと犬歯を剥き出しにする。
「……席、ここにするわ」
「そこ、誰か座る予定……」
「文句あるか? 新米の『王様』」
周囲の男子たちが「ヤバい奴が来た」とドン引きする中、俺の胃痛はマッハで加速していた。
* * *
昼休み。当然のように、俺の机は二人の異常者に包囲されていた。
「……で? 何のつもりだよ、ストーカー。学校ごと燃やす気か?」
俺が声を潜めて睨みつけると、紅刃は購買で買った焼きそばパンを齧りながら鼻で笑った。
「安心しな。アタシが所属してる組織『オウル』の上層部から待ったがかかったんだ。オマエの【6】の権能が極上に熟すまで、手出し無用で観察しろってね」
「観察?」
「ああ。だからしばらくは休戦だ。オマエが隙を見せたら、いつでも喉笛を食いちぎれる特等席で、じっくり監視させてもらうよ」
「させません」
冷たい声と共に、セリアが俺と紅刃の間に割り込んだ。手にはなぜか、俺の母さんが作った手作り弁当(三段重)が握られている。
「統は私が守護します。簒奪者の野蛮な犬は、さっさと自分の犬小屋へ帰りなさい」
「あぁん? やるかエリート気取り。その布巻きの棒切れ、まとめて灰にしてやろうか?」
「上等です。私の刀のサビになりなさい」
紅刃の持つ【4】の爆炎の魔力と、セリアの退魔の雷の魔力が、教室の中でバチバチと火花を散らす。窓ガラスが微かに震え、クラスメイトたちは怯えて遠巻きに見ている。
「やめろお前ら! ここは神話の闘技場じゃねえんだぞ!」
俺が必死に二人を止めようとした、その時だった。
「すばるー! お昼一緒に……って、えええええ!?」
教室の入り口に立っていたのは、幼馴染の葵だった。
彼女の目に映ったのは、一人は特大の弁当箱を掲げた同棲中の絶世の美女。もう一人は机に身を乗り出して俺に顔を近づけるヤンキー美少女(紅刃)。そして、その間でオロオロしている俺。
「と、統……あんた……春休みデビューにも程があるでしょ!! 何よそのハーレム! いつからそんなチャラ男になったのよ!!」
「違う! これは命を狙われてて、こっちは護衛で!」
「最低! もう知らない!!」
バンッ! と教室のドアを閉めて走り去る葵。
俺の平穏な日常は、完全に終わった。
胃を押さえて項垂れる俺を他所に、二人の少女の睨み合いは続く。
しかし、この時の俺たちは誰も気づいていなかった。
セリアの雷も、紅刃の炎も、そして俺が手に入れた最強の【6】の力すらも児戯に等しい——真なる『原初』の絶望が、この学園の屋上で静かに微睡んでいることなど。




