泥棒のペナルティと、運命の積み込み(イカサマ)
俺の意識は肉体を離れ、精神世界へと飛ばされた。
目の前には、いつもの巨大なルーレット……ではなく、神殺しの証である『神判のダイス』を乗せた緑色のベルベットのテーブル。
そして、その奥に立つ運命の女神は、かつてないほど不機嫌そうに目を細めていた。
『……神の討伐を確認。ですが、貴方の「神へのダメージ貢献度」はわずか0.1%未満。これは闘争のルールの極めて悪質なハック……いわゆる「横取り」です』
「人聞きの悪いこと言うなよ。効率的なラストヒットって呼んでくれ」
俺が軽口を叩くと、女神は冷ややかな手つきで、テーブルの上のサイコロを俺に滑らせた。
『ペナルティとして、貴方に与えられるダイスは「偏重心」の呪いがかかっています。99%の確率で【1】や【2】のハズレが出るように細工された、呪われたサイコロです。……さあ、振りなさい。コソ泥の王様』
サイコロを受け取ると、確かにズシリと嫌な重みがあった。
普通に振れば、間違いなくハズレが出る。この右腕は治らず、現実に戻った瞬間に激怒した屍王に殺されるだろう。
だが、俺は絶望するどころか、思わずニヤリと凶悪な笑みを浮かべてしまった。
「……女神サマ。俺みたいな根っからのイカサマ師に、『細工されたサイコロ』なんて渡すもんじゃないぜ」
俺は痛む右腕を庇いながら、左手の中でそのサイコロを高く弾き飛ばした。
そして、空中で回転するサイコロに向かって、俺自身の魂(ルビ:リソース)を削りながら権能の干渉を叩き込んだ。
「——権能解放!! 対象・サイコロの『重心』!!」
俺のハズレ能力【1】は、対象の質量を軽くする、あるいは重くする能力だ。
俺は空中で回るサイコロの『【1】の目』が刻まれた面だけを極限まで「重く」し、逆に『【6】の目』の面を「ゼロ」まで軽くした。
イカサマの基本、『鉛入りダイス(ローデッド・ダイス)』の強制的な後付け。
サイコロがテーブルに落ちた瞬間。極端に偏った重心(質量)の暴力によって、重い【1】の面がテーブルに激突して底に張り付き、その真裏にある面が、まるで起き上がり小法師のように上を向いてピタリと静止した。
『なッ……!? 貴方、神聖なるダイスの質量を改ざんして、物理的に出目を……ッ!?』
「運命なんて、サイコロ振る前から決めてやるんだよ」
出目は、上天を向いた【6】。
俺は唖然とする女神に向かって、ウインクをして見せた。
『……出目は【6】。……最高位の権能を譲渡します。貴方は本当に、最悪の詐欺師ですね』
「最高の褒め言葉だ」
現実世界。
俺が目を覚ました瞬間、ゼインの鼓膜を破るような絶叫が死の谷に響き渡った。
「貴様ァァァァァッ!! どこのコソ泥か知らんが!! 私が120年かけて準備した神を、よくも横からァァァァッ!!」
ゼインの全身から、先ほどとは比べ物にならないほど濃密な「死と腐敗のオーラ」が噴き出している。
だが、俺はゼインの怒号を無視して、自分の右腕を見つめていた。
イカサマで引き当てたウロボロスの【6】。その効果は絶大だった。炭化し、ピクリとも動かなかった右腕の細胞が、早回しの映像のように「シュルシュル」と音を立てて再生していく。
千切れた魔術回路が繋がり、焼け焦げた皮膚が剥がれ落ち、真新しい健康な肌が顔を出した。
「……すげえ。これが、ウロボロスの【6】……『不死性(超再生)』」
完璧な力強さが戻った右手を軽く握り込み、俺はゆっくりとゼインの方へ振り返った。
俺の顔と、その異質な『学生服』を見た瞬間、ゼインの血走った眼球が見開かれる。
「その姿……極東でアルテアを退けたという、ハズレ枠の新参か……!? なぜ日本のガキが、ヨーロッパのこんな辺境にいるッ!」
「修学旅行だよ。アンタのレイドボス、経験値が美味そうだったから拾わせてもらった」
「——舐めるな! 貴様の肉体をドロドロに溶かし、永久に私のアンデッドとしてこき使ってやる!!」
ゼインが狂乱し、俺に向けて致死量の「猛毒の沼」を津波のように放った。触れれば一瞬で骨まで溶ける即死攻撃。
「統ッ!! 逃げろ!!」
遠くから紅刃が叫ぶ。
だが、俺は逃げない。完治した右腕をだらりと下げたまま、真正面からその猛毒の津波を全身に浴びた。




