閉ざされた村と、屍王の影
数時間後。ヨーロッパの辺境、深い山々に囲まれた死の谷。
俺たちは崖の上から、眼下に広がる邪教の村を見下ろしていた。
谷底は濃密な瘴気に覆われ、腐敗した死体の臭いが鼻を突く。
村の中心には血で描かれた巨大な魔法陣が赤黒く発光し、その中央から、山よりも巨大な『二つの頭を持つ腐肉の蛇』が、ズルリ、ズルリと現世へと這い出そうとしていた。
そして、その蛇神を待ち構えるように、無数のアンデッドの軍勢が陣形を組んでいる。
「見えたよ。あれが歴120年の六王……『屍王・ゼイン』だ」
レヴィが指差した先。骸骨の玉座に座り、不気味な緑色の毒のオーラを纏った、痩せこけた男の姿があった。
『ギシャァァァァァァッ!!』
ウロボロスが産声を上げると同時に、ゼインが指揮杖を振るう。
アンデッドの軍勢が一斉に神へ群がり、ゼイン自身も強烈な『腐敗の毒槍』を次々とウロボロスに叩き込み始めた。
神の肉体が腐り落ちるが、周囲の村人たちから吸い上げた生命力によって、瞬時に新しい肉体が『超再生』していく。ゼインの毒と、ウロボロスの再生の削り合い。まさにレイドバトルの真っ最中だ。
「さて、僕の役目はここまでだ」
レヴィは崖の上に、どこから出したのか優雅なパラソルとビーチチェアを広げ、紅茶を飲み始めた。
「言っただろう? 僕はあくまでパトロン。手を出せばゼインと全面戦争になる。君が神のトドメを奪う瞬間を、ここから特等席で観戦させてもらうよ。死なないようにね」
「……性格悪すぎだろ、あの300年」
俺は呆れながらも、眼下の戦場を睨みつけた。
「統。どうやってあの神に近づく? 下はアンデッドの海だ。右腕が使えないオマエじゃ、数秒で骨にされるぞ」
紅刃が真剣な顔で問う。
「だから、『隠れんぼ(ステルス)』をするんだよ」
俺は左手で自身の胸を叩いた。
「俺の【1】(ウェイト・ダウン)で、俺自身の『質量』を極限までゼロに近づける。質量がなければ、足音は鳴らない。空気を押し退ける風切り音も、地面に残る足跡も、すべて『ゼロ』になる」
物理法則を無視した、完全無音のゼロ・ステルス。
「俺がゼインの死角を抜けて神の懐に潜り込む。お前らは、派手に暴れてゼインの目を俺から逸らせ。……村人たちの鎖をぶっ壊すのも頼んだぞ」
「承知しました。我が雷光で、邪悪なる死者の軍勢を浄化しましょう」
セリアが白銀の刀を抜き放つ。
「死なせねえよ、誰一人な」
俺たちは崖を蹴り、死の谷へと静かに滑り降りた。




