歪な食卓と、平穏の味
「お静かに。ここは病室ですよ、騒がしいお姫様たち」
ヒールの音を響かせて入ってきたイヴが、カルテを見ながら呆れたようにため息をついた。
「統くん。結論から言いますと、アルテアの地下要塞『庭』は機能停止。構成員たちは四散し、オウルは事実上の壊滅状態です。アルテア自身も致命傷を負い、当分は表舞台に出てこられないでしょう」
「……そうか。じゃあ、俺の勝ちらしいな」
「ええ。ただし、あなたの右腕も限界です。砕け散った『機巧神の籠手』の修復と、あなた自身の魔術回路の回復には、また数ヶ月の時間を要します」
手札の最強カードである【6】が、再び完全に封じられた。
だが、あの150年の王の鼻っ柱をへし折ってやったのだ。安い代償だ。
「まあいい。……帰るぞ、お前ら。母さんの飯が食いたい」
数日後。俺は無事に退院し、西東京市の自宅へと帰還した。
「……で?」
玄関のドアを開けた瞬間、そこには腕を組んで仁王立ちする幼馴染、葵の姿があった。
「スウェーデンからの留学生の次は、赤い髪のヤンキー(紅刃)が『遠い親戚の居候』として転がり込んできたって? ……統、あんた本気で頭おかしくなったの!?」
「いや、これは親戚っていうか、その……ボディガード?」
「警察呼びますよ!?」
葵の怒声が西東京市の平和な住宅街に響き渡る。
セリアが「私が正妻ですが」と余計なことを言い、紅刃が「アタシの方が戦闘力高いから第一夫人だろ!」と応戦し、葵が完全にパニックを起こして卒倒しかける。
地獄のようなカオス。だが、命を奪い合う『ダイス・マキア』に比べれば、天国のようなドタバタ劇だ。
その日の夜。
御堂家の食卓には、母さんが作ったハンバーグや唐揚げが所狭しと並んでいた。
「ほら紅刃ちゃん、いっぱい食べなさいねー。うちの息子が迷惑かけてない?」
「え、あ、はい……! いただきます……っ」
紅刃は、フォークを握る手を微かに震わせていた。
『庭』での食事は、栄養ブロックを水で流し込むだけの「生存のための作業」だった。誰かと食卓を囲み、温かい料理を分け合い、笑いながら食べる。そんな「当たり前の平穏」は、彼女の17年間の人生に一度も存在しなかったのだ。
「おい、ストーカー女。俺の唐揚げ勝手に食うなよ」
「うるさい、早い者勝ちだろ、ハズレ枠」
紅刃は口いっぱいに唐揚げを頬張りながら、不意に、ボロボロと涙をこぼした。
「……おいしい。こんなに……おいしい飯、初めて、食った……」
「紅刃……」
「アタシ、絶対に……この場所を守る。何があっても……っ」
彼女の流した涙は、もう恐怖や絶望の涙ではない。
俺は黙って自分の皿の唐揚げを一つ、彼女の皿に放り投げた。この歪で騒がしい日常は、俺だけでなく、彼女にとってもかけがえのない『テリトリー』になったのだ。




