目覚めと、狂戦士の涙
「……っ、痛ぇ……」
目を開けると、そこはまたしても見慣れた真っ白な天井だった。
西東京市の地下セーフハウスにある、魔術協会の医療室。全身の骨が鉛のように重く、息をするだけで肺が軋む。特に右腕は、ぐるぐると分厚い包帯と呪符で固定され、微かに動かすことすらできなかった。
「……気が、ついたか……バカヤロウ」
掠れた声。ベッドの脇で、真っ赤な髪の少女——紅刃が、両手で顔を覆いながら震えていた。
その指の隙間から、ポロポロと大粒の涙がシーツにこぼれ落ちている。
俺は痛む頭をゆっくりと動かし、自分の右腕を見た。
「あーあ。せっかく当てた1/100のイカサマ籠手、粉々になっちまったな……。まあ、あの150年の化け物と正面衝突して、腕が消滅しなかっただけマシか」
俺が力なく笑うと、紅刃は耐えきれなくなったようにベッドにすがりつき、俺の無事な左手を両手でぎゅっと握りしめた。
「なんで……! なんでアタシなんかのために、あんな無茶したんだよッ! オマエ、死ぬところだったんだぞ……ッ!」
紅刃が、子供のように声を上げて泣きじゃくる。
孤児として『庭』に拾われ、アルテアの絶対的な重力と恐怖に支配され続けてきた彼女の心。その重くて冷たい鎖を、俺のデタラメなイカサマと特大質量が、物理的にブチ壊したのだ。
「オマエが死んだら、意味ないじゃないか……っ。アタシは、オマエの……あの騒がしい日常に、これ以上迷惑を……」
「……迷惑なら、もう一生分かけられてるよ、ストーカー女」
俺は左手で、泣き顔の紅刃の頭を乱暴に撫で回した。
「言っただろ、俺の日常から勝手に消えるなって。……アルテアは逃げた。あの地下要塞も半壊した。お前を縛る『庭』も『重力』も、もうどこにもねえんだよ」
俺の言葉に、紅刃は息を呑み、そしてさらに激しく泣き崩れた。
ずっと張り詰めていた狂戦士の虚勢が完全に剥がれ落ち、ただの一人の少女として、生きていることの温かさに縋るように。
「アタシ……っ、アタシ……生きてて、いいのか……?」
「当たり前だ。これからは、俺の家でタダ飯食う分、きっちり家事と護衛で働いてもらうからな」
「——統が目覚めましたか!!」
バンッ! と勢いよく医療室のドアが開き、両手に山盛りのリンゴを抱えたセリアが駆け込んできた。
「おお、統! 神々のご加護に感謝を! 私はあなたが冥界へ旅立たないよう、三日三晩、一睡もせずに祈りを捧げて……」
「嘘つけエリート気取り! オマエさっきまで廊下の長椅子でよだれ垂らして爆睡してただろうが!」
涙を拭った紅刃が、即座にセリアに噛み付く。
「なっ……! 私は瞑想による魔力回復を……!」
「よだれ垂らしながら瞑想するか、バカ騎士!」
いつものようにギャーギャーと喧嘩を始める二人。
俺は全身の激痛に耐えながらも、ふと、口角が緩んでしまうのを止められなかった。
俺の愛する、騒がしくてちぐはぐな日常。右腕の激痛と引き換えにしたが、どうやら無事に、この手の中に守り抜くことができたらしい。




