質量と重力の終着点(パラドックス)
ドグォォォォォォンッ!!!
俺の振り抜いた白銀の籠手。その拳の先端に、突如として『数万トン』という規格外の質量が発生した。
音速の突進エネルギー(速度) × 数万トンの質量 × 神の蹂躙概念。
物理法則を根底から破壊する、最弱のイカサマ師による悪魔のフルベット。
「な、ば、かなッ……!?」
アルテアの瞳孔が、極限まで収縮した。
だが、彼は150年を生き抜いた六王だ。絶望的な状況下でも、彼の戦闘本能は「敗北」を受け入れなかった。
「僕を、舐めるなァァァァッ!! 新米がァッ!!」
アルテアは防御を捨てた。
彼は残された全魔力を自身の右腕に一点集中させ、空間そのものを破壊するほどの『極小の超重力核』を拳に纏い、俺の特大質量の拳に向かって、真っ向からクロスカウンターを放ったのだ。
ガギィィィィィィィィィンッ!!!!
世界から、音が消えた。
数万トンの質量(俺の拳)と、全てを圧殺するブラックホール(アルテアの拳)が、地下要塞の中心で激突した。
矛盾の極致。
物理の限界を超えた二つの力がぶつかり合った瞬間、巨大なジオフロントの空間そのものが耐えきれずに悲鳴を上げ、白い閃光と共に次元の断層が弾け飛んだ。
「ガ、アァァァァァァァァッ!!?」
俺の右腕の『機巧神の籠手』が、激突の余波に耐えきれずにメキメキと砕け散っていく。装甲が吹き飛び、代償の肩代わりが限界を迎え、俺の生身の右腕の骨が粉砕される嫌な音が響いた。
だが、アルテアも無事では済まなかった。
「ゴハァッ……!!?」
俺の特大質量がアルテアの重力核を強引に押し潰し、彼の右腕の骨をへし折りながら、その胸部へと深々とめり込んだ。
アルテアの口から大量の鮮血が吐き出され、彼の白スーツがボロボロに引き裂かれる。
ドゴォォォォォンッ!!
凄まじい衝撃波が闘技場を吹き飛ばし、俺とアルテアは、互いの放った威力の反動によって、真逆の方向へと数十メートルも弾き飛ばされた。
「統ぁぁぁぁぁっ!!」
紅刃とセリアの悲鳴が聞こえる。
俺は崩れた瓦礫の壁に激突し、血溜まりの中でピクリとも動けなくなった。
右腕は完全に力なく垂れ下がり、全身の魔力は一滴残らず枯渇している。意識を保っているのが不思議なほどの、完全な満身創痍。
数十メートル先の瓦礫の山。
そこから、血に塗れたアルテアが、折れた右腕を庇うようにして、ふらつきながら立ち上がった。
胸骨が砕け、肺が破れ、息をするたびに血の泡を吐いている。150年間、いかなる神の攻撃も寄せ付けなかった彼の絶対的な威容は、完全に泥に塗れていた。
「……ハァ、ハァ……。バカな……この僕が、ただのイカサマ師と相打ち……だと……?」
アルテアは、信じられないものを見るように俺を睨みつけた。
彼の周囲の重力は完全にコントロールを失い、不規則に明滅している。あと一撃加えれば、あの古参の王を完全に殺せるかもしれない。
だが、俺にはもう指先一つ動かす力はなく、紅刃とセリアも限界を迎えて膝をついていた。
沈黙が降りる。
殺し切れない俺たちと、これ以上戦闘を継続すれば「死」のリスクがあるアルテア。
数秒の睨み合いの後、アルテアは血まみれの口元を歪め、壊れたように低く笑った。
「……クックック。……素晴らしいよ、御堂統。君のその泥臭い執念と、デタラメな盤面破壊。確かに、君は僕の『王冠』に傷をつけた」
アルテアは左手で自身の胸の傷を押さえ、背後の空間を重力で歪めて「転移の門」を開いた。
「今日は僕の負け(ドロー)にしておこう。……だが、忘れるな。君がその玉座に座り続ける限り、僕の重力はいつでも君の日常を押し潰しにいく」
アルテアの冷酷な青い瞳が、最後に紅刃を一瞥する。
「その出来損ないの命、せいぜい大事に飼っておくことだね。……また会おう、最弱の王様」
アルテアの身体が歪む空間に飲み込まれ、完全に姿を消した。
圧倒的な重圧が嘘のように消え去り、地下要塞に静寂が戻る。
「……ハッ、強がり言って……逃げ帰りやがって……」
俺が血の混じった声で軽口を叩いた瞬間、張り詰めていた緊張の糸が完全に切れ、俺の意識は泥のような暗闇へと落ちていった。




