神判のルーレットと、白銀の反逆
『ガァァァァァッ!!』
俺が自ら口元に飛び込んできたのを見て、魔犬は炎のブレスをキャンセルし、三つの巨大な顎で俺の身体を空中で噛み砕こうと牙を剥いた。
セリアが悲鳴を上げる。
だが、これでいい。俺の狙いは「口を開けさせること」だ。
噛み砕かれる直前。俺は左手で、自身の制服のポケットに入っていた『セリアの折れた刀の破片(アレス戦で使ったもの)』を握りしめた。
そして、それを魔犬の中央の口の奥底、喉仏めがけて全力で放り投げた。
「——権能解除!! さらに逆位置!!」
俺の体が魔犬の牙に触れる寸前。
魔犬の喉の奥へと吸い込まれた小さな刀の破片が、俺の魔力によって「限界まで重く」質量を増大させた。
数十トン、いや数百トン。小さな破片に圧縮された規格外の質量が、魔犬の柔らかな喉の内部を強引に引き裂き、そのまま重力に従って内臓から心臓へと真っ直ぐに突き抜けた。
『ギィィィッ!? ア、ガァァァ……ッ!!』
内部から心臓を極大質量で破壊された魔犬は、俺を噛み砕く力を失い、そのまま白目を剥いて地響きと共に倒れ伏した。
俺は血まみれのまま地面に転がり、全身の激痛でピクピクと痙攣した。
「ハァ……ハァ……。ざまぁ、みろ……」
魔犬の巨体が、光の粒子となって消滅していく。そして、パチンと世界が静止した。
俺の意識は肉体を離れ、精神世界へと飛ばされた。
目の前には、巨大な『ルーレット盤』。そしてディーラーの運命の女神。
『神獣の討伐を確認。神判のルーレットを回しなさい。1枠が【望む神器】、残り99枠は完全ランダム抽出です』
女神の無機質な声。ルーレットの盤面を見ると、確かに黄金に輝く「Jackpot(大当たり)」の枠が一つだけある。残りの99枠には、「名剣・エクスカリバーの欠片」のような当たり枠もあれば、「意思を持つ不気味なフランス人形」「絶対に水が漏れるバケツ」など、意味不明なガラクタがびっしりと並んでいた。
「……こんなの、どうやって当てろってんだよ」
完全に運任せだ。もしここで呪物やガラクタを引けば、俺の右腕は治らず、1ヶ月後に紅刃はアルテアに処刑される。
プレッシャーで胃が吐き気を催す。
『さあ、勝者よ。運命のボールを』
「……神様、一つだけ聞くぞ」
俺は、女神から渡された小さな銀色のボールを左手で握りしめた。
「この精神世界のカジノに、『物理法則』は通用するのか?」
女神が、わずかに首を傾げる。
『ここは魂の空間。ですが、神殺しである貴方の『概念』は、この空間の法則に一定の干渉を……』
「——なら、やることは一つだ」
俺はボールをルーレット盤の中に勢いよく投げ込んだ。
カラカラカラ! と勢いよくボールが弾け、回転する盤面の上を滑っていく。
「【1の目】……ッ!!」
俺は幽体である自分の魂を削りながら、回転するルーレットの『盤面そのもの』に権能を叩き込んだ。
盤面の「Jackpot」の枠以外の、99枠すべての質量を「ゼロ」に近づけ、逆に「Jackpot」の枠だけを「極限まで重く」する。
物理法則のイカサマ。
ルーレットの盤面が、重力の偏りによって目に見えないレベルで『すり鉢状』に歪んだ。
弾かれていたボールが、重力の底——黄金の枠へと、まるで磁石に吸い寄せられるように転がっていく。
『な……貴方、神聖なる神判のルーレットに、物理干渉のイカサマを……ッ!?』
女神が初めて取り乱した声を上げるが、遅い。
カランッ。
ボールは、寸分の狂いもなく100分の1の確率——『Jackpot』のマスに収まった。
「……運命なんて、サイコロ振る前から決めてやるんだよ」
俺は魂の疲労で意識が遠のく中、女神に向かって中指を立てて笑った。
現実世界。
俺が目を覚ますと、セリアが涙ぐみながら俺の体を揺さぶっていた。
「統! 気づきましたか! あなたの右腕が……!」
俺はゆっくりと身を起こし、自分の右腕を見た。
黒く炭化してピクリとも動かなかった右腕が、眩い銀色の光に包まれている。光が収まると、右手の指先から肘にかけて、機械的で美しい装飾が施された**『白銀の籠手』**が装着されていた。
「イカサマの勝利ですね、統くん」
通信越しにイヴの呆れたような、それでいて感心したような声が響く。
「それは『機巧神の籠手』。あなたの右腕の神経と魔術回路を外部から強制的に補強し、【6】の権能を使用した際の『代償(負荷)』を全て肩代わりしてくれる専用神器です」
俺が右手を軽く握り込むと、嘘のように痛みが消え、力がみなぎってくるのが分かった。
「……やってやったぞ、アルテア」
俺は白銀の籠手を夜空に掲げ、ギリッと拳を握りしめた。
「俺の右腕は、今治った。ここから1ヶ月……お前の『重力』をブチ破る、最悪のイカサマの特訓の始まりだ」
ハズレ枠の王の、泥臭くて非常識な反逆の狼煙が、奥多摩の山中で高らかに上がった。




