凍土の叱責と、白き配当(レイズ・アップ)
「……バカ、バカバカッ!! またそうやって、自分ばっかり命を……ッ!」
極寒のシベリア。真っ白な灰が降り注ぐすり鉢状のクレーターで。
血を吐いて膝をついた俺の胸ぐらを、銀髪の第一騎士・セリアが涙目で掴んで揺さぶっていた。
「……ふざけんなッ!! テメェ、アタシたちを置いて勝手に灰になろうとしてんじゃねえよ!!」
さらに反対側の胸ぐらを、紅刃が乱暴に掴み上げる。
普段は勝気な彼女の瞳には、大粒の涙がボロボロと溢れ、ギリッと噛み締めた唇から血が滲んでいた。
「統が死んだら、誰がアタシの背中を守るんだよ……! 勝手にテーブルから降りるなんて、絶対に許さねえからな……ッ!」
「すばる様……っ。私たちが不甲斐ないばかりに、また、あなたに重い負債を背負わせてしまいました……」
雅が刀を握りしめたまま俺の右腕に縋り付き、翠蓮が背後から俺の身体をすっぽりと包み込むように抱きしめる。
「……すばる君。約束しましたよね。あなたが破産する時は、私も一緒に地獄へ落ちると。……抜け駆けは、お姉さん許しませんよ」
セリア、紅刃、雅、翠蓮。
氷点下のシベリアの風の中で、極東が誇る四人のヒロインたちの体温と、四者四様の重すぎる愛の叱責が俺をがんじがらめにしている。
寿命を削り取られた喪失感と強烈な疲労で視界がチカチカしていた俺だが、この物理的にも精神的にも逃げ場のない包囲網の前では、気絶することすら許されそうになかった。
「……ハハッ、わりぃ。だけどよ、お前らが俺の目の前で消えちまうくらいなら、寿命の数年くらい、安いチップ(掛け金)だろ」
俺が掠れた声で強がると、セリアと紅刃が「安くないっ!」と見事なハモリで怒鳴り、雅と翠蓮がさらに強く俺の身体を抱きしめてきた。
「……チッ。やれやれ、これだから自己犠牲のヒーロー気取りは反吐が出る」
遠くで剣を肩に担いだレオンが呆れ顔で吐き捨て、レヴィが「まったくだ」と同意するように溜め息をつく。
だが、彼らの瞳の奥にも、俺という最悪のディーラーに対する確かな『信頼と苛立ち』が入り混じっている。
その時だった。
「……ん?」
俺は、灰の降り積もるクレーターの中心——名もなき神の『1柱目の執行者』が燃え尽きた跡地に、奇妙な光が集まっているのに気づいた。
神を殺した時に訪れる、精神世界へのダイブではない。
星の淘汰システムそのものである執行者を『原初の炎』で喰らい尽くしたことで、俺のイカサマ師としての権能が、現実世界で直接『払い戻し』を行おうとしていたのだ。
光の粒子が、俺の掌に向かって収束していく。
そしてカチンッ、と硬質な音を立てて、一枚の真新しいカジノチップが実体化した。
それは、ブラックチップのような禍々しい熱を持たない。
純白の象牙のように美しく、神聖な魔力を帯びた『白のチップ』だった。
チップに触れた瞬間、脳内に新たなルールの説明が直接流れ込んでくる。
『——新たな権能:【白き配当】』
「……マジかよ。こいつは……」
俺は、手の中の白きチップを見つめ、ゴクリと息を呑んだ。
執行者の「無へ還す」理を反転させ、神の魔力を純粋な『強化バフ』として変換する能力。
この白のチップを俺の仲間(手札)に投げ与えた瞬間、俺が過去の神殺しで得てきた莫大な魔力と身体能力の限界突破を、仲間にそのまま『上乗せ(レイズ)』することができる。
つまり、俺が一人で矢面に立って寿命を削るのではなく、六王以外の仲間たちも【一時的に神の領域まで強制強化】し、一緒に神を殴り殺すための『分配のイカサマ』だ。
「おいお前ら。……どうやら俺の寿命と引き換えに、とんでもねえ大穴の払い戻し(ジャックポット)を当てちまったらしいぞ」
俺が白のチップを指先で弾き飛ばしてキャッチすると、紅刃が真っ赤な目を擦りながら顔を上げた。
「……統、なんだよそれ。随分と綺麗なメダルじゃねえか」
「俺の持ってる神の力を、お前らにチップとして貸し付ける権能だ。これを使えば、お前らの火力や身体能力は一時的に数倍に跳ね上がる。……執行者の理不尽な攻撃だって、力で弾き返せるようになるはずだぜ」
俺の言葉に、四人の女たちの瞳が、ハッと大きく見開かれた。
「……すばる様。それは、つまり」
「ああ。次は俺が一人で命を張る必要はねえ。……お前らに俺の魔力を全賭け(オールイン)して、バケモノどもをぶった斬ってもらう」
雅は力強く立ち上がり、鯉口を鳴らした。
「……承知いたしました。すばる様が命を削って手に入れたその白きチップ、私の魂に懸けて、決して無駄にはいたしません」
紅刃も、涙を乱暴に拭い去り、獰猛な笑みを浮かべて拳を鳴らす。
「……チッ。そういうことなら、次からはその白いヤツをアタシに全賭けしな。バケモノだろうがなんだろうが、アタシが全部消し炭にしてやるからよ!」
翠蓮が艶やかに微笑み、セリアも力強く頷く。
「頼もしいぜ、俺の手札ども」
俺が不敵に笑い、セリアと紅刃の肩を借りて立ち上がった、その時だった。
「……見事な手並みだ、極東の狂人」
クレーターの縁。
幻王の霧が晴れた崖の上から、先ほど道を譲った死王軍の『死霊将』が、俺たちを見下ろしていた。
死霊将の兜の奥で、赤い眼光が忌々しげに光る。
『星の理を灰に変え、あまつさえその力を奪い取るとは。……貴様らは、本当に星のシステムから外れた「バグ」そのものだ』
「ハッ、褒め言葉として受け取っとくぜ。……で? お前らの王は、この結果を見てなんて言ってんだ?」
俺の挑発に、死霊将は槍を地に突き立てた。
『我が主、死王ゼイン様からの伝言だ。「良い囮になったな、イカサマ師。残る4つの掃除屋も、その命を削ってせいぜい綺麗に片付けてみせろ」……と』
「……チッ。あの野郎、どこまで上から目線なんだ」
レヴィが、ギリッと奥歯を噛み締めて冷気を放つ。
死王と幻王は、俺たち極東が執行者と潰し合うのを安全圏から高みの見物し、漁夫の利を得るつもりなのだ。
『だが、狂人よ。喜ぶのは早すぎるぞ』
死霊将が、骸骨の軍馬の首を返しながら冷酷に告げる。
『1柱目が斃れたことで、星のシステムは危機感を覚え、残る4つの胎動の「孵化プロセス」を強制的に加速させた。……猶予はないぞ。世界が削り取られる前に、次のテーブルへ急ぐことだな』
霧と共に、死王の軍勢が完全に凍土から撤退していく。
『——統。死霊将の言葉は事実です』
イヴの緊迫した声が通信機から響いた。
『残る4つの大陸の光点が、急激に魔力を増大させています。特に、北米大陸の中心で脈打つ【2柱目の執行者】の孵化が、あと数時間で臨界点に達します!』
「……休む暇も与えてくれねえってわけか。タチの悪い胴元だぜ、まったく」
俺は、手の中の『白のチップ』を強く握りしめた。
寿命を削るブラックチップ。そして、仲間を神の領域へ引き上げるホワイトチップ。
二つの規格外の手札を手に入れたイカサマ師は、凍土の風にマントを翻し、振り返った。
「行くぞお前ら! 飛行機の中で傷を治せ! 次のテーブルは北米だ……一匹残らず、身ぐるみ剥がして破産させてやる!」
名もなき神が仕掛ける、世界を巻き込んだ大粛清。
次なる北米大陸の死地へ向け、極東の家族たちは互いの絆と新たな権能を胸に、再び飛び立つのだった。




