軍神の矛盾(パラドックス)と、王の激痛
神の概念が、俺の重い血によって一時的に物理空間に固定されたコンマ数秒。
俺は右腕に宿る黄金の刻印を、限界を超えて起動させた。
「——神判行使!! 【6の目】・二重展開!!」
俺の右腕から、夜の闇を消し飛ばすほどの黄金の魔力が爆発する。
「背後に顕現しろ、『不落の大盾』!!」
エレボスのすぐ後ろに、巨大な絶対防御の黄金盾が壁として出現する。退路は断った。
「そして正面から轢き潰せ!! 『万軍の戦車』!!」
俺の正面からは、黄金の炎を纏った神の戦車が猛烈なスピードで顕現し、エレボスへと突進する。
「まさか、己の権能同士を……ッ!」
エレボスが事態を悟るが、数万トンの重力アンカー(俺の血)に縫い留められた彼は回避できない。
絶対の蹂躙(戦車)が、原初神を挟み込む形で、絶対の防御(大盾)に激突した。
『矛と盾』の矛盾。決して交わらないはずの二つの頂点の概念が衝突し、空間そのものが耐えきれずに崩壊する。
ドゴォォォォォォォォンッ!!
世界が白く染まった。
廃工場が吹き飛び、西東京市の夜空を覆っていた『原初の闇』が、超高密度の概念爆発によって粉々に砕け散る。
そして同時に——。
「ガ、アァァァァァァァァァッ!!?」
俺の右腕が、内側から爆発した。
二つの【6】を同時行使し、さらに概念崩壊の余波をゼロ距離で受けた代償。右腕の筋肉はズタズタに裂け、骨が粉砕される嫌な音が頭蓋骨に響いた。
全身の神経をバーナーで焼かれるような激痛。視界が真っ赤に染まり、俺は血溜まりのアスファルトに崩れ落ちた。
土煙が晴れた先。
そこには、片膝をついた黒須先輩——エレボスの姿があった。
彼の『右腕』は、概念の矛盾爆発によって肩から先が丸ごと消し飛んでいた。ボタボタと、神の血が地面を濡らす。
「統ッ!!」
セリアと紅刃が駆け寄ってくる声が遠く聞こえる。俺は激痛で身悶えしながら、薄れゆく意識の中でエレボスを睨みつけた。
だが、エレボスは残された左手で自身の失った右肩に触れると——。
「……アハハハハハハッ!!」
狂気に満ちた、腹の底からの歓喜の笑い声を上げた。
「素晴らしい! まさかただの人間に、僕の闇を物理で縫い留められ、矛盾で腕を吹き飛ばされる日が来るなんて! 最高のイカサマだ!!」
エレボスの瞳には、怒りではなく、極上の玩具を見つけた子供のような輝きが宿っていた。
「御堂統……君は本当に面白い。やはり、こんな所で殺すのは勿体ない」
エレボスはゆっくりと立ち上がり、周囲の影へと溶けていく。
「君の力が完全に熟すまで待ってあげるよ。……もっと強くなって、僕を楽しませてくれ。僕の可愛い『宿敵』」
原初の神が完全に姿を消し、圧倒的な重圧が嘘のように消え去った。
だが、俺にそれを喜ぶ余裕はなかった。
「あ、がっ……ぁ……!」
アドレナリンが切れ、右腕の破壊による次元の違う『激痛』が、津波のように脳髄を襲った。
「統! 大丈夫ですか! 右腕が……すぐに治癒魔術を……!」
セリアが血相を変えて魔術をかけ始めるが、破壊された神の刻印の反動は、簡単な魔術で癒えるものではない。
「……オマエ、バカか。なんでアタシなんかのために、原初神相手に右腕吹き飛ばして……」
紅刃がポロポロと大粒の涙をこぼし、俺の顔を覗き込んでいる。
「……ば、かはお前、だ……ストーカー……。明日も……弁当……」
強がりを言おうとしたが、口から出たのは血の泡だけだった。
これ以上は、もう無理だ。
「統!? しっかりしてください、統!!」
「おい! 死ぬなよ、バカヤロウッ!!」
二人の悲痛な叫び声が、水底に沈むように遠ざかっていく。
俺の望む「平穏な日常」は守れたのだろうか。それとも、さらに地獄の釜の蓋を開けてしまっただけなのだろうか。
思考はそこで途切れ、俺の意識は、底なしの暗黒へと完全にシャットダウンした。




