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SEVEN~警視庁特務課~  作者: 桂木 京
第8話:東京の最も長い1日

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思惑

「はい、はい……分かりました。こちらで受けます。通話は共有にしますので、各課、準備をお願いします」


特務課司令室に、志乃の張り詰めた声が響く。

彼女の指先がコンソールを叩き、回線が暗号化通信へと切り替わった。


「司令!『F』と名乗る男から入電です。特務課を指名しています……!」


「Fって……まさか、あの銀行立て籠もり事件の!?」


「このタイミングで姿を現すとは、随分と不敵だねぇ……」


司と北条が顔を見合わせる。

死者2名を出したあの忌まわしき事件。

実行犯の死亡で幕を閉じたかに見えたが、その裏で糸を引いていた首謀者の一人『F』は、警察の網をあざ笑うかのように霧の中へと消えていた。


「おいおい……。せっかく上手く逃げ仰せたってのに、わざわざ自分から死に場所を報告しにきたってのかよ」


虎太郎が苛立ちを込めて舌打ちする。


「……いいわ、繋いで。私が対応するわ」


司が志乃からヘッドセットを受け取り、鋭い眼差しでマイクをセットした。室内にスピーカーを通して、ノイズ混じりの声が響く。


「特務課司令、新堂よ」


『おやおや、特務課のトップは若い女性ですか……。さぞかし切れ者なのでしょうね』


受話器越しでも伝わる、Fの余裕に満ちた口調。

司はそのゆったりとした空気に呑まれぬよう、冷徹なトーンを維持する。


「貴方が自分から連絡してくるなんて予想外だわ。自首でもする気になった?」


『残念ながら……。自首をすれば、私の命はありませんからね。私はこれでも、「少しだけでも」長生きがしたい(たち)なのです』


「じゃあ……何の用かしら?」


司の背筋に、冷たい汗が伝う。

仲間を切り捨てて自分だけ脱出した冷酷な男が、わざわざ連絡をよこす理由など、ろくなことではない。


『……都庁を、占拠しました』


その言葉が落ちた瞬間、司令室の空気が凍りついた。


「……え?」


「何だって!?」


メンバー一同が絶句する中、北条が即座に指示を飛ばす。


「悠真、都庁の映像を! 全カメラ出力!」


「はいよ! ……あれ?」


メインモニターに映し出されたのは、いつもと変わらぬ都庁の威容だった。

周辺に怪しい車両はなく、パトカーがサイレンを鳴らす様子もない。

一見すれば、平穏な午後の光景だ。


「なんともねーじゃねぇか。ハッタリか?」


虎太郎がモニターを睨むが、北条の眼鏡の奥で瞳が鋭く収縮した。


「……いや。人の出入りがまったくない。東京都庁という巨大な施設で、一人の影も見当たらないのは異常だ」


「あ……本当だわ」


司もその異質さに気づき、マイクを強く握りしめた。


「今ならまだ、監視の目を盗んで逃げ出す人もいるはずよ。それとも、もう全員殺したとでも言うの?」


Fは、愉悦を隠しきれない様子で低く笑った。


『殺す? そんな野蛮な。……ただ、逃げ出すのは無理な話ですよ』



Fが、電話の向こうで低く、愉悦を孕んだ笑い声を漏らす。


「都庁を占拠したのは、私一人ではありません。有能な『同志』と共に、です。彼らは一兵卒に至るまで徹底した戦闘訓練を受けています。……警察の皆さんも、下手に動かない方が身のためですよ」


「くっ……。テメェの言い方じゃ、人質が少しでも動けば容赦しねぇって聞こえるぜ」


「……ええ。こちらの許可なく脱走を試みる者、あるいは反抗の意思を見せる者は――例外なく、死んでもらいます」


何の躊躇い(ためらい)も、一切の感情の揺らぎもない。

Fは、まるで事務連絡でもするかのように人質の殺害を宣告した。


「ちくしょう……ふざけやがって!」


「まぁまぁ、そういきり立たないでください。こちらもただ占拠し続けたいわけではない。要求さえ呑んでいただければ、すぐにでも撤収しましょう。誰にも危害を加えず、静かにね」


「その……要求は何よ」


司が、怒りを押し殺した冷徹な声で問いかける。


「私たちは、新しい仲間を求めているのです。この腐りきった日本を粛清し、再構築するための真の同志を。そのためには、法や倫理といった下らない概念に縛られず、一般市民を平然と踏み越えていけるような苛烈な人材が必要なのです」


「一般市民を踏み越えるような、人材……?」


司令室内に、肌を刺すような緊張が走る。


「……我々『神の国』は、現在国内に収監されている、全ての死刑囚の即時釈放を求めます。これは『要求』ではありません。我々からの『勧告』です」


穏やかで、それでいて有無を言わせぬ圧力を帯びたFの声。


「な……なんだと!?」


「……正直、耳を疑うような要求だねぇ……」


虎太郎と北条が、都庁を映し出すモニターを射抜くように睨みつける。


「そんな無茶苦茶な要求、呑めるわけがないわ。……第一、先日逮捕された貴方の仲間たちはどうするの? まだ死刑が確定していないメンバーだっているはずよ」


「あぁ、彼らは結構です。今回の我々が必要としている人材ではありませんから」


「つまり……。役に立たない仲間は切り捨てる、ということかな?」


「おやおや、その声はいつぞやの……。あの頃はお世話になりました、北条さん。貴方のおかげで、危うく一生を鉄格子の向こうで過ごすところでしたよ」


ようやく北条の声に気づいたFが、懐かしむように小さく笑う。


「そして、要求はもう一つ。……北条さん、我ら『神の国』は貴方を是非、幹部として迎え入れたい。これは我が盟主(ジョーカー)の直々の意向です」


全く想定外の、あまりに突飛な要求に、司令室は再び深い沈黙に包まれた。


「馬鹿な……。貴方たちを捕まえるためにこれまで捜査の指揮を執ってきた北条さんを招き入れるだと!?」


「ぶっちゃけ、あり得ないわ。何の冗談よ……」


メンバーたちが口々にFの狂言を否定する中、北条だけは表情を変えず、押し黙ってモニターを見つめていた。


不意に、北条がポケットからスマートフォンを抜き出すと、隣に立つ虎太郎にだけ見える角度で、画面をトントンと指で叩いた。


(…………?)


虎太郎が恐る恐るその画面を覗き込む。

そこに表示されていたのは、一通のメッセージ。


『今度は、僕が人質みたいだよ。』


その一文の意味を理解した瞬間、虎太郎の背筋に凍りつくような戦慄が走った。


「馬鹿なことを言わないで。現役の刑事が貴方達のような組織に……!」


「おやおや、現役の刑事がバスをジャックし、同志の釈放を要求したばかりではないですか……」


Fの声には、隠しきれない嘲笑が混じっていた。

彼は香川の事件の詳細を、警察内部の人間並みに把握している。


(ただ逃げ回っていたわけではなさそうね……組織の深部で、次の牙を研いでいたってことか……)


司はFの言葉の端々から、彼の背後にあるネットワークを分析しようと試みる。

だが、その思考は北条の静かな一言によって、無残に打ち砕かれた。


「……分かった。OKするかどうかは、直接そっちへ行ってから決めるよ」


「……え?」


司令室にいた全員の思考が停止した。


「ちょっ……何言ってるのよ北条さん!」


「おいおい、冗談キツいぜ! 正気かよ!」


あさみと辰川が詰め寄るが、北条の眼差しは冷徹なまでに据わっている。


『……おやおや、一番有り得ないと思っていた答えが返ってきましたね。いや、その方がこちらとしては好都合ですが』


電話越しのFも、一瞬の戸惑いの後、即座に次のチェス盤を組み立てたようだった。


『いいでしょう。貴方にも思うところがあるのでしょうね。この後、お一人で都庁へ。同志が丁重にお迎えに上がります』


「そうかい。手厚い歓迎を頼むよ。もしかしたら君たちの『同志』とやらになるかもしれないんだからね」


『ええ、期待しておりますよ。死刑囚の釈放の件は、北条さん、貴方がこちらに到着してから進めることにしましょう。それでは……』


無機質なツーツーという音が室内に響き、通話が切れた。


「……さて、と」


北条が、何事もなかったかのように上着を手に取り、出口へ向かう。


「ねぇ、待ってよ!」


「らしくねぇぜ、北条! 相手の口車に乗るなんて!」


「本当に行っちゃうの……?」


メンバーたちが北条の背中に声を投げかける。

その必死な訴えを背に受けながら、北条は歩みを止めない。


「北条さん……本心ですか?」


司の問いにも、北条は振り返ることはなかった。

そのまま、迷いのない足取りで司令室を出ていく。


残されたメンバーたちは、ただ呆然と、彼が消えた自動ドアを見つめるしかなかった。

裏切りか、あるいは狂気か。

特務課の頭脳を失った衝撃が、室内を重く支配する。


「………………」


ただ一人、虎太郎を除いて。


北条と長くバディを組んできた彼だけは、戸惑いに呑まれてはいなかった。


(北条さんは、あんな簡単に犯罪者に寝返るようなタマじゃねぇ。それに……)


脳裏に焼き付いているのは、先ほど見せられたスマホの画面。


『今度は、僕が人質みたいだよ。』


(『人質』になるってことは、敵の内側に入り込んで、あいつらと心中する覚悟で距離を詰めるってことだ。なら……)


虎太郎は顔を上げ、未だ動揺の渦中にいるメンバーたちに向けて、怒鳴るように言った。


「……行っちまったもんは仕方ねーだろ! 俺たちには都庁を奪還するっていう仕事が残ってんだ。いつまでも腑抜けてんじゃねーぞ!」


北条が、あの極限の場面で自分にだけメッセージを残した意味。

それは、「今の時点では誰にも悟らせるな」という沈黙の指令であり、自分への「後を頼む」という絶対的な信頼の証だと虎太郎は確信していた。


「……やるしかねーんだよ。俺たちで。北条さんが戻ってくる場所を、俺たちが守らなくてどうするんだ!」


虎太郎の咆哮が、特務課の火を再び灯した。

北条を欠いたまま、彼らは最大級の「人質救出作戦」へと動き出す。

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