託された熱意
香川のバスジャック事件は、警視庁という組織の根幹に、拭い去ることのできない巨大な亀裂を残した。
現職刑事、それも捜査一課の人間が引き起こした未曾有の凶悪犯罪。
人質となったのは、政界の重鎮や大企業の経営者たち。
さらに、犯罪者の釈放という前代未聞の要求に対し、形ばかりとはいえ屈してしまった事実。
警視庁に向けられた世間の眼差しは、建前すら通用しないほどに冷え切っていた。
「何らかの形で、誰かが責任を取らねばならん。それも、国民が納得するほどの巨大な首をだ」
警視総監のその判断が下された直後、緊急の記者会見が行われた。
「この度の……いえ、これまでの一連の凶悪事件を未だ解決できずにいるのは、一重に我々警察の不甲斐なさゆえであります。集団自殺事件、バスジャック事件、そして銀行占拠事件……。犯人を一人として逮捕できず、あまつさえ解決のためとはいえ拘留中の凶悪犯を解放したことは、断じて許されるべきではありません」
「そんな……。それは、相手の策が狡猾だっただけで……!」
「……仕方ないよ、司ちゃん。犯人を捕まえられない警察なんて、世間から見れば無能と同じ。追及されるのは当然の理だ」
司令室のモニターに映し出される会見を、特務課の面々は食い入るように見つめていた。
その中で、北条だけが射抜くような鋭い視線を画面に固定している。
「僕が一番解せないのは、そこじゃないんだ……」
北条が呟いた直後、画面の中の男が動いた。
「つきましては――私、警視監・高橋はこの一連の失態の責任を取り、辞職いたします。しかし、誤解しないでいただきたい。私の辞職はこの戦いの『敗北』ではない。私に続く将来有望な警察官たちが、必ずや、皆様が安心できる世の中を取り戻すことをここに約束いたします!」
静まり返る会見場。
警視庁が選んだ落としどころは、現在の警察組織における「カリスマ」であり「炎の刑事」と称えられた高橋警視監を、生贄として世間に差し出すことだった。
「カリスマの首を差し出すか……。これ以上ないほど、鮮やかな幕引きだよね」
北条がチッと小さく舌打ちし、その辞職が持つ真の意味を解き明かす。
「高橋さんにすべての泥を被せて、組織としての責任問題を強制終了させた。だが、あの人はただでは転ばなかったね。辞め際の言葉に、僕たちへの『バトン』を隠して渡したんだよ」
そう、高橋はただ辞職を受け入れたわけではなかった。
自分の悔しさを、警察官としての誇りを、そして未解決のまま残された事件の完遂を、残された「特務課」に託したのだ。
「そうだね。皆が安心して眠れる夜を取り戻すまで、僕たちの戦いに終わりはない。……さあ、気を引き締めて捜査を続けよう。『神の国』……。その中枢で糸を引いている怪物を、必ず僕たちの手で引きずり出すんだ」
北条の決意に満ちた号令が、静まり返った司令室に静かに、だが熱く響き渡った。




