悔恨
悪夢のようなバスジャック事件から、一週間。
都心の喧騒を離れた静かな霊園に、特務課の面々と稲取の姿があった。
「……結局、みんなここに来るんだねぇ」
「まぁ、報告がてら、な」
北条の言葉に、稲取が短く応える。
一行が立っているのは、香川とその母親が眠る墓の前だった。
「無縁仏にならなくて良かった。お袋さんの墓には、昔……香川に連れてこられたことがあってな。少し早すぎはしたが……同じ墓に入れてやれて、本当に良かったよ」
他に身寄りのなかった香川の葬儀は、稲取が喪主として執り行った。
一課の若手からベテランまでが参列する中、稲取は終始涙を見せることなく、凛とした態度で「息子」を送り出したのだ。
「葬儀での稲取くんの姿、まるで本物のお父さんみたいだったよ」
北条が、ねぎらうように稲取の肩を叩く。
「そうか……。親より先に逝くバカ息子の葬儀だったからな、涙なんて出なかったんだろうさ」
稲取は照れ隠しのように鼻を鳴らしたが、その横顔には深い慈愛が刻まれていた。
「……さて、僕たちはそろそろお暇しようか。あまり長々と居座ってたら、『親子の会話』の時間が減っちゃうからね」
北条の合図で、一人ひとりが墓前に花を手向け、静かに手を合わせる。
「あぁ、そうだな。……テメェは最初から最後までムカつく野郎だったが、刑事としては見習うべきところもあった……と、少しだけ思ってるぜ」
最後に虎太郎がぶっきらぼうに声をかけ、背を向けた。
「……二人きりに、なっちまったな」
仲間たちが去り、墓前には稲取一人が残された。
冬の冷たい風が、線香の煙をさらっていく。
「なぁ、香川よ……。これは、現実なんだよな? お前、本当にこの下で……眠ってるんだよな……」
稲取はその場に崩れ落ちるように座り込むと、手にしていたコンビニ袋からワンカップの酒を二つ取り出した。
「ほら、お前の分だ」
二つの栓を開け、自分の分を一気に喉に流し込む。
安酒の刺激が、胸の奥に溜まった澱をかき乱す。
「馬鹿野郎……。俺は、こんな風にお前と飲みたかったわけじゃねぇ。俺は、お前と……」
葬儀の時から張り詰めていた糸が、ぷつりと切れた。
ずっと押し殺してきた感情が、決壊したダムのように溢れ出す。
「うっ……俺は……俺は……お前と『親子として』差し向かいで飲みたかったんだ……。こんな、石ころを相手にじゃなくて……!」
止めどなく涙が溢れ、アスファルトに黒いシミを作る。
「……ちくしょう! ちくしょう……!!」
やり場のない怒り、そして『息子』を喪った、えぐられるような悲しみ。
稲取は子供のように声を上げ、数分の間、香川の名を呼びながら泣き続けた。
霊園の入り口で足を止めた北条が、一度だけ振り返る。
遠くに見える、震える稲取の背中。
その姿は、北条の心の中に、今まで以上に熱く鋭い炎を灯した。
(今はしっかりと泣いておくといい。これからはきっと、立ち止まることすら許されない戦いが始まるからね……)
北条はコートの襟を立て、前を見据えた。
香川が遺した爆弾の手がかり。
そして、組織『神の国』の尻尾。
必ずその全てを暴き、白日の下に引きずり出す。
特務課の決意は、新宿の冬の空よりも冷たく、そして激しく燃え上がっていた。




