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SEVEN~警視庁特務課~  作者: 桂木 京
第7話:破滅へのドライブ

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刺客

「身寄りがないんです」


配属された初日、香川は無機質な声でそう言った。


捜査中、どこか自分の命を投げ出すような無謀さを見せる香川を見て、稲取は確信した。

こいつは、自分の価値を信じていないのだと。


「身寄りがないから命を粗末にするってんなら……今日から俺がお前の親父になってやる。死んだら悲しむ奴がいる。そう思えるだけで、少しは自分の命を大切にできるんじゃねぇのか?」


あの日から、稲取は香川が命を省みない行動をとるたびに、本気で怒鳴り、時には拳を振るった。


「稲取くんもね、本当の息子さんを亡くしているから。香川くんのことを、どうしても重ねて見ていたんだろうね……」


北条が、稲取に聞こえないほどの小さな声で無線に呟く。


「『バカな息子だけど、必ず一課のエースに育ててみせる。北条、あいつはあんたより優秀な刑事になるぞ』……そう自慢げに話していたのが、つい昨日のことのようだよ」


稲取は、亡くした息子の面影を追うように、不器用ながらも全力で香川と向き合ってきたのだ。


「なぁ香川……もう、やめようや。お前はもう、一人じゃないんだ。警察に恨みがあるなら、俺と一緒に調べよう。俺は現場叩き上げで課長になった男だ。上層部にコネも忖度もねぇ。だから……!」


「でも、僕はもう、あの組織の色に染まってしまった。……もう、戻れないんです」


「馬鹿野郎! 『戻れない』じゃねぇ、『戻る』んだよ! お前は誰かに手を引かれなきゃ、一生あの連中の言いなりで終わるつもりか? 違うだろ! お前の人生だ、お前が自分で決めろ!」


「僕の……人生……」


魂を削り出すような稲取の咆哮に、香川の心の氷が、音を立てて溶け始めていく。


「俺は教えたはずだ。命を粗末に扱うなとな! ……さあ、そんな物騒なもんは今すぐ脱げ」


稲取は一歩、香川へと踏み出した。


「でも、僕は……」


「バスをジャックした。人質に怪我もさせた。だがな……まだお前は、誰も殺しちゃいない! まだ、間に合うんだよ!」


じりじりと、稲取が距離を詰める。


「稲取くん、まだ危険だ!」


「下がって、一課長!」


「爆弾の起動は止まってねぇぞ!」


北条、あさみ、辰川が同時に制止の声を上げる。だが、稲取の耳には届かない。


「来るな……! 来ないでくれ、稲取さん……!」


「何年かムショに入ることになってもいいじゃねぇか。しっかり償って、もう一度やり直せ」


稲取の手が、香川の肩に届くほどの距離。


「これ、爆弾なんですよ……! 死にますよ、貴方まで……!」


震える声で香川が叫ぶ。しかし、稲取は躊躇うことなく、その細い身体を力強く抱き締めた。


「っ!?」


「馬鹿野郎が……。息子が死と隣り合わせの場所にいるってのに、親父が安全なところで指をくわえて見てられるかってんだ……」


稲取は香川の肩に顔を埋め、幼い子をあやすように、その頭を優しく小突いた。


「う……あぁ……っ、稲取さん……!!」


香川の瞳から、堰を切ったように涙が溢れ出した。


その瞬間、香川の指が、起爆スイッチから完全に離れた。



「さぁ、爆弾を外すんだ」


「しかし……僕は……」


「ごちゃごちゃと余計なことは考えなくていい。あとのことは俺たちがやる。お前はただ、犯した罪を認め、真っ当に償うことだけを考えろ」


稲取の優しく、しかし有無を言わせぬ父親の口調に、香川は震える手で爆弾の固定具を解いた。


「虎太郎くん、香川くんが爆弾を外したら、隙を見て人質を誘導して。辰さんは爆弾の処理を」


「了解」


「あいよ。遠目で見た限りじゃ、そこまで時間はかからねぇ。道具を積んできて正解だったぜ」


北条の冷静な采配に二人が応じた、その時だった。


「都庁ロータリーに猛スピードで侵入する車両を確認! 護送車の後方です!」


志乃の切迫した声が無線を突き抜ける。


「反対側からも来る! どちらも盗難車、増援だよ!」


続いて悠真が、挟み撃ちの形で迫る脅威を告げた。


タイヤを悲鳴させ、強引に停車した二台の車両から、それぞれ三名ずつ、漆黒のスーツを纏った男たちが飛び出してきた。


「こっちかい……!」


彼らが真っ先に向かったのは、北条の守る護送車。


「香川くんの失敗を見越して、証拠隠滅(掃除)に来たってわけか……」


北条は舌打ちと共に拳銃を抜く。

敵は計六名。

だが、彼らは抜刀も発砲もせず、徒手空拳のまま北条に肉薄する。

こちらから発砲すれば過剰防衛を問われかねない、狡猾なまでの「丸腰」の襲撃。


(不味いね、このままじゃ……)


北条が覚悟を決め、引き金に指を添えた刹那。


「北条さん、伏せて!!」


爆音のようなエキゾーストノート。

あさみのバイクが男たちの背後に滑り込み、物理的な壁となって割って入った。


「こいつら全員丸腰! 私がなんとかするから、北条さんは犯人を守って!」


あさみはバイクを蹴り倒して盾にすると、一瞬だけバスを振り返り大声を出す。


「ほら、あんたもいつまで『人質ごっこ』してるつもり? さっさと仕事しなさいよ!」


「うるせぇ! 言われなくてもやってやるよ!」


バスの割れた窓から、弾丸のように虎太郎が飛び出してきた。

着地と同時に一番近くの黒服をラリアットでなぎ倒し、そのまま二人目の懐に飛び込む。


虎太郎、あさみ、そして六人の刺客による、新宿の夜を揺らす激しい格闘が始まった。


「ったく、こんな物騒な中で解体作業かよ。……俺に危険手当は出るんだろうな?」

喧騒を余所に、辰川は香川の手から離れた爆弾を「宝物」のように慎重に抱えると、バスの死角へと運び、手際よくケースを広げた。


「バスのみなさーん! 今のうちに全力で逃げて! ほら、走って!」 辰川の怒鳴り声に、ようやく我に返った人質たちが一斉に外へ飛び出していく。


「……見たか、香川。これが今の警察だ。お前一人が全てを背負わなくても、こうして泥を被りながら、命を懸けて事を収める連中がいる」


稲取は、震える香川の肩を強く抱き寄せた。


「だから、お前はちゃんと償え。これ以上の犠牲者を出さないために、持っている情報を全て吐き出すんだ。……昔のお前のような、悲しい人間をこれ以上増やさないためにな」


これが、最後の一押しだった。

香川は、自分を守るために戦う特務課の背中と、自分を抱きしめる師の温もりを感じ、ようやく本当の「涙」を流した。


新宿の夜風が、激闘の熱を冷ますように、激しく吹き抜けていった。



「そんな……こんなの、聞いてないぞ……」


事態が急展開を見せる中、爆弾を外した香川がひとり、呆然と呟いた。


「『あの人』は、僕は必ず成功すると信じているって……そう言ったのに。ジョーカーは、僕を……」


目の前で繰り広げられている、黒服たちと特務課の激しい格闘。

その光景は、彼が描いていた「大義のための殉教」とはあまりにかけ離れていた。


「お前……こいつらのこと、知らないのか?」


隣で香川を支える稲取が、鋭く問いかける。


「この事件は、僕一人で完結する予定だった……。要求が通らなければ、バスごと都庁に突っ込み、爆弾を起爆させて果てる。成功すればそのまま逃走する。……それ以外の計画なんて、聞いていない……!」


香川にとって、謎の黒服の存在は完全な想定外だった。


「志乃ちゃん!」


北条の呼びかけに、即座に志乃の冷静な声が返る。


「はい、付近の防犯カメラに、ナンバーの一致する車両を確認しました。数時間前から、都庁に即座に乗り入れられるポイントで待機していた形跡があります」


「……同じ組織の仲間でありながら、君が失敗することを前提に『後始末(クリーニング)』の準備をしていた、というわけか」


「ちっ……胸くそワリィ。トカゲの尻尾切りってわけかよ!」


北条と虎太郎が、苦い表情を男たちにぶつける。


「そんな……じゃあ、僕は……僕が信じた正義は何のために……」


支えを失った操り人形のように、香川がその場に崩れ落ちそうになる。


「おい、香川! しっかりしろ!」


稲取が香川の両肩を掴み、その眼を覗き込んだ。


「組織のこと、詳しく俺に話せ! これだけお前の覚悟を、お前の人生をコケにしてる奴らだ。仲間意識なんて初めからありゃしねぇ。こんな組織、今すぐお前から捨ててやれ!」


稲取の必死な訴え。

香川をこの泥沼から救い出し、一刻も早く『神の国』という呪縛から解き放ちたい。

犯罪者としての裁きは免れなくとも、せめて魂だけは取り戻してやりたかった。


「『神の国』……その組織の、本当の姿は……」


香川が、震える唇を割り、稲取にしか聞こえない微かな声で話し始めた、その時だった。


――パァン!――


渇いた破裂音が、夜の都庁前ロータリーを切り裂いた。


「拳銃!?」


真っ先に反応したのはあさみだ。

視線を音のした方向へ跳ね上げる。


「違う、ライフルよ! 全員、遮蔽物の陰へ!!」


あさみの鋭い警告。

北条、虎太郎、辰川は、即座にバスと護送車の死角へと身を隠した。

北条が咄嗟に本宮と桜川を車内へ押し戻していたことが功を奏し、彼らが狙われることはなかった。


「……っ、どこからだ!」


虎太郎が歯噛みしながら、周囲を警戒する。


「風は止まってる……。弾道のブレは最小限。このロータリーを俯瞰できて、なおかつ射線を確保できる高層ビル……」


あさみは目を凝らし、暗闇に沈むビル群の窓を一つずつ、獲物を探す獣のような鋭さでスキャンしていく。


「志乃さん、近隣ビルの屋上と非常階段の熱源を至急確認して! 狙撃手がいる……ジョーカーが送り込んだ『スナイパー』よ!」


新宿の夜空に、見えない死神の視線が突き刺さる。

本当の地獄は、ここから始まろうとしていた。

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